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工房で過ごす午前 <C2251>

聞き取りの日のことです。長くなるため、分割しています。

■安永7年(1778年)5月28日(太陽暦6月22日)


 昨夜、戸塚様の手先とどのような話をしたのかの報告が、各村の名主から甲三郎様の下へ集まってきていた。

 主な質問は『飢饉の神託をいつ誰からどのような形で聞いたのか、飢饉の対策としてどのようなことをしているのか』に集約されるようだ。

 それ以外には『義兵衛、助太郎はどういった子供だったのか、村では二人をどんな風に思っているのか』『高石神社の巫女様について何か知っていることはないか』も随所で聞き取りしている。

 聞き取りの対象は名主だけではなく、田や畑で作業している村人にも手当たり次第聞いて回ったようだ。

 手先2名は夜遅く戸塚様に結果を報告していたようだった。

 そして、甲三郎様も手先が聞きまわった内容と答えた内容について名主からの報告を調べている。

 勿論、爺は寺子屋でのこと、義兵衛は工房でのことを細かく甲三郎様に報告した。

 戸塚様だけでなく甲三郎様もこういった手札を昨夜の内にしっかり揃えて本日の会談に臨んだのであった。


 一夜明けた午前中、館の中では戸塚様と元巫女・富美、甲三郎様を交えて座敷での話が行われている。

 爺や手先の面々は同席せず、三人だけで話をするそうだ。

 爺からの指示では『義兵衛の同席までは求められておらず、今日午前中は勝手に動いて良い』とのことであった。

 そして『午後は義兵衛だけでなく助太郎にも話をしたいので、戻ってくるように』と言われた。

 なので、昨日同様にまず実家に寄ってから工房へ向かい、午後には助太郎と一緒に戻る旨を爺には伝えておいた。

 実家に寄って父・母に挨拶すると、早速に工房に向かった。

 工房では早速に奥の作戦室に通され、昨日と同じ面々、助太郎、米さん、梅さん、春さんに囲まれた。


「さて、昨日の件だが、工房での生産が終わった後、春さんは帰宅して抜けたが、3人で納得いくまで話をした。

 結果としては、義兵衛さんの言うことはもっともで、先のことを考えると仕方ない、ということに尽きる。

 それで、他所で練炭を作るのであれば、やはり工房から道具と指導できる者を出すしかない、という所は納得してもらった。但し、当事者である弥生さんと近蔵にはまだ話をしていない。なので、本人たちやその親が納得してくれるかは定かではない」


 助太郎は、義兵衛が帰った後に行われた話合いの結果を伝えてきた。


「ただ、弥生さんが抜けると1組分の生産ががた落ちとなります。薄厚練炭を毎日5400個生産していますが、弥生組はその内約800個を作っているのです。代わりに誰かを組長にするか、組長の内誰かが2つの組を納める格好にするしかないでしょうが、どちらの方法をとっても、おそらく100~200個は生産量が落ちると思われます。仮の目標である日産6000個達成は、こうなってくると難しいです」


 米さんは、ベテランが抜けることの影響を説明した。


「いや、作業に熟練している弥生さんが抜けてもその程度で済む、というところは実に凄いことなのだ。米さんの指導が良いことの証だろう。

 それから、作業の工程について、少し思いついたことがある。

 捏ねた粉炭を型に入れた後、押し固める作業をしているが、ここの所を人手で対応している。上から重石を載せ時間を見計らって取り除くことで代用できれば、力仕事は減るように思えるがどうだろうか。重石は滑車か天秤の先にぶら下げておき、反対側のおもりを台に載せたり外したりする動作で練炭の型に力がかかったり、重石を動かしやすくなったりすればいい」


 やはり技術屋らしく助太郎は改造案に飛びついた。


「それはいい考えかもしれません。製品寸法がバラつくひとつの原因に、押し固めるときの加減があるように見えていました。重石を天秤の根元に近いところに置き、型の上蓋をしたら重石の下に持ってくる。天秤の反対側の先の方にある軽めの石を台の上に載せると重石が下がって上蓋を押す。それから、さっきの軽めの石を台から降ろすと、重石は持ち上げられ練炭が入った型を抜き取る。これは早速1組作って、どの程度効果があるか確かめたいです」


 米さんも手順・作業内容が変わることの影響を考えているようだった。


「確かに、その方法なら上手く行きそうですね。今の説明通りのことが出来ると、各組とも2~3割は効率があがりそうです。日産6000個は充分行けそうな気がしてきました。

 一番熟練した者を、練炭の型詰めと型押し作業させていたので、型押しが勝手に出来ると都合がいいです。

 各組に2つと言わず複数の重石の道具があれば、重石を載せてじんわりと成型させることができます。どの程度の時間、どれ位の重さの重石を載せれば良いか、早速試してみませんか」


 良い案を聞いた米さんは助太郎をせっついた。


「申し訳ないが、午後は義兵衛と一緒に同心・戸塚様との話し合いと聞いている。出かけるまでに重石は色々な重さのものを用意しておくので、米と梅で色々と試しておいてもらいたい。

 良い組み合わせがわかり次第、簡単に取り扱うための道具を作ってみよう。試すときには、重石を直接持ってもらうことになるが、実際には梃子てこを使って5分の1位の重さのものを左右に動かせば良いようになるよう考えてみよう」


 助太郎はその説明に続けて、懸念していることを口にした。


「それよりも、今日の午後、お館で戸塚様と面談ということが気になっている。一体、どんなことを聞かれるのか、さっぱり心当たりがない」


「私の推測だが、同心・戸塚様は北町奉行の隠密廻りではないかと疑っている。

 江戸では料亭で卓上焜炉を流行らせ、焜炉と小炭団を取り扱っている萬屋さんが大儲けしている。だが、実際にそのお金の一部は商品を作り出しているこの里にもたらされており、そのお金で飢饉対策用の米蔵を作ったりしている。

 おそらく、江戸での商売で集めたお金の流れを追っているのだろう。そして、お上は利益の上前をねる方法を考えているに違いない。

 こういった背景もあって、他所で練炭を作り江戸のお金を他の領地にある工房へ多く還流させる案は、実は好都合なのだ。江戸で不足する125万個の練炭というのは、ここでの5倍の量で、それを作って売ると大雑把に4万両はそちらの工房に還流される。一方、この工房へは8750両。小炭団のおおよそ3000両から比べると3倍の金額になるが、お上が目を付けるとなると、4万両の方が先になるに違いないと思っているのだ。

 1万両を越えると目をつけられるのではないか、と、この里に来る道で戸塚様から聞かされた。

 まあ、ここでいくら心配しても始まらない。この工房には何も隠すことがないので、聞かれたことは正直に話してもいいと思う」


「春さん、原料の木炭の搬入量を確認しておきたいので、後で帳簿を見せておくれ」


 義兵衛の推測を聞き、この里から出て行く費用についてきちんと把握しておく必要性を感じたようだ。

 助太郎は春さんと帳面をめくりながら小声で話しをしている。

 梅さんが話しかけてきた。


「前に大口を叩いた薄厚練炭日産4万個は、やっぱり無理。米さんは6000個目標と言っているけど、それでも私は1万個を目指すわよ。そのためには、今のやり方にもっと多くの工夫が必要なの。私たちは、今のやり方に慣れてしまっていて、このやり方が当たり前になり過ぎてしまって、変える所が考えられないの。義兵衛様にはこの作業場を見て、もっと沢山改善できるところを教えて頂戴」


 義兵衛は昨日、戸塚様を案内した時のことを思い出してみたが、今は何のアイデアもうかばない。


「申し訳ないが、今は重石くらいしか思い浮かばない。何か思いついたら伝えるということで容赦してもらいたい」


 ここいらで時間が来てしまった。

 義兵衛は助太郎と一緒に、逃げるように工房を後にした。


そう簡単に改善点が出る訳がないのです。しかし、梅さんに迫られる義兵衛。

次話では......

お待ちください。

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