村内の木炭加工産業の将来像を語る <C225>
練炭の付加価値を上げる算段を助太郎に伝えます。
義兵衛と助太郎は工房奥で向かいあった。
「まだ分業体制にはしていないのだな」
「それぞれの適性を見極めているところだが、結構早く慣れてくれる感じだ。
見極めた上で担当を決めるが、全部の作業を全員が一通りできるようになっていれば、それぞれの作業を応援するような形にできると考えた。
特に、寺子屋組みがいない昼前は、俺と娘っこ2人だけになるので、それでも練炭や七輪が少しでも作れるような形にできたらと考えてこうしている」
助太郎なりに人選をみた上で、何とかする方法を編み出したのだろう。
「それよりも、義兵衛さん。
守り仏に知恵の神様が宿った、って言ったよな。
豹変振りを考えると、本当のことに思える。
名主の百太郎さんはこのことを知っていて、話しても良いといわれたから話したんだよな。
ちょっと拝ませてもらえないだろうか」
「実は、昨日このことが判ってから、家の仏間に大切に留めおかれているのだ。
僕が持っていて、落したり、壊したりということを考えれば、当然の処置だろう。
ただ、父には思兼命様の声は、まだ聞こえないそうだ。
持っていた時間の長さが僕とは違うから、しょうがないのだけど」
設定通りの説明をする。
「それよりも、七輪の練炭を支える部分に型をつかってギザギザ模様をつけた理由を説明していなかった。
ちょっと込み入った事情があるということで、僕にもにわかには理解できなかった。
実は登戸村で練炭が1個250文(=6250円相当)で売れたんだ。
お告げでは1個100文(=2500円相当)だったのだが、こんなに高値になってしまったことで別なことが起きるというんだ。
凄く簡単に作れるものだけに、実際に250文で売れるとなると、どこででも同じものを作り始めるのじゃないか、ということなのだ。
すると、何かの特徴がないと売れない。
それで、最初に見える特徴として『金程』印をつけよ、と言われたので、型に付けることをお願いしたんだ。
ここまでは、簡単に理解できたのだけど、七輪のギザギザ模様にはもっと違う狙いがあったのだ」
助太郎の理解が追いつくのを待つ。
「練炭は長時間火は持つのがひとつの特徴だが、この火を消すのは、実は簡単ではない。
練炭の上面と同じ大きさの落し蓋を上から被せ、時間をかけると一応消える。
ああ、七輪について火消し用の落し蓋を考えておいてくれ、というのを忘れていた。
七輪に付けて売りたいのだ」
「それで、例えば七輪を使って屋外で調理するという場合、別に長時間火を保たせる必要がない。
そうすると、練炭を輪切りにして使うことが考えられる。
ならば、最初から高さを4分の1位にした大きさの練炭を売ればいいというのだ。
そして、これを4個重ねて入れれば、普通の大きさになればいい。
ただ、重ねた所の接合がギザギザ模様になっていると燃え移りが良いのだ。
この薄い練炭を入れたときの座りを良くするための、型をつかってのギザギザ模様ということだ」
ここまでは、技術的な製造の話しなので、理解は早い。
「そして、普通の大きさの練炭の値段が、やはり100文ぐらいに落ち着くはずだ、と言うのです。
この100文という値段は結構高い値段なので、特定のところにしか売れない。
なので、4分の1の大きさで例えば28文(=700円相当)であれば、1刻だけ暖をとればという向きで1個買ってくれることが期待できる。
こういった丸ごとではなく、安い4分の1の大きさを求める人のほうが、はるかに多い。
この需要のほうが多いと考えると、練炭のほうにも上下にギザギザ模様をつけるという工夫が、重ねることを容易にできることが、おそらく似たものを出してくる他の村との差につながり、金程の練炭を選ぶ一つの理由になる、ということなのだ」
「なんとなくは判るが、効果の程はよくわからないなぁ。
とりあえず、今作っている練炭の上下面にも、ギザギザ模様を刻んでおけばいいのだな。
よその村も似たようなものを作ってくる、というのは良く判る。
なにせ、原料は安く買い叩かれていた木炭で、素人がちょっと手を加えただけで10倍の値段になると判れば、そりゃ真似しないほうがおかしい。
だからこそ、何かの特徴を、というのがご神託なんだろうけど、義兵衛さんの解釈や考えも入っていてこうなっているのだろう」
助太郎がやたら鋭い勘を働かせている。
「それはその、少しは入っている。
思兼命様は、いきなり理解できないような言葉を入れて語りかけてくるので、正直とまどうことも多い。
いきなり、こうしてはどうか、と言われたほうの身にもなってくれよ。
そこは判るだろう。
それよりも、守り仏を身につけていないので、まる裸にされている気分だ」
まあ、実情にあわせて相手に合わせて誤魔化すことも必要だろう。
「しかし、他のところで、大量に安く練炭を作って売りはじめたら、ということを考えると、気になるお言葉はあった。
『練炭と七輪のどちらかを生産の主体に選ぶこともある』ということだ。
練炭はとても単純な製品で、寸法の精度と燃焼時間が一定というところがあれば、まあどこでも作れる。
おそらく難儀するのは、色々な木炭と麩糊の配合程度で、一度解明されてしまえば簡単だろう。
性能が似たものは、どこでも直ぐに作れ、今回のように高く売れることはなくなる。
だからこそ、名前や模様を刻んで多少のごまかしを入れて特徴をつけ、高く売れる期間の延命を図ることを考える」
助太郎は、ウンウンと頷いている。
女子供で作れるものなら、どこでも作れるということと、いずれ値崩れすることを納得している。
「ところが、七輪はちょっと違う。
練炭の持つ力をきちんと引き出すには、それ相応の工夫がいる。
この工夫を積み上げた金程印練炭の専用の焜炉ということだ。
勿論、練炭が同質であることが前提なのだがな。
七輪はこういった工夫をこらす余地が多い分だけ、真似が難しい。
似たようなものを作っても、繰り返し使ううちに差が見えてくる。
いや、簡単に真似して作られたものと差が見える位のものでなければならない」
「ふんだんに労力をかけることができるのであれば、練炭も七輪も両方作ることができる。
しかし、これからの村の将来をかけた新規の取り組みに、なんとか人手を集めてこれだけだ。
だとすれば、いずれどちらか一方に集中したほうがいいという示唆だと考える。
練炭が出回って、これがとんでもなく利益を生むと他の村でも気づいて作り始めるのに1~2年かかると思う。
それまでに、全く同じ品質の練炭を沢山つくって利益を生み出す。
それが受けて、他の村の安い練炭より多少高くても金程印の練炭を買ってくれるのなら、続けよう。
もしそうならなければ、練炭作りはほどほどにして、七輪作りに力を入れるというのが長期的な方向だと考える」
どこまで伝わったかは判らないが一応、将来の方向を助太郎に示した。
助太郎は、この見通しに感心したように頷いた。
実際に、薄切りした練炭は見たことがないです。昭和初期~30年代位が最盛期ということで、当時の資料を探しては見たものの、判らないので、半分想像で作ってします。もし、このあたりのことをご存知の方が居られましたら、ご教授頂けると嬉しいです。
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