工房での説明で予期せぬ抗議 <C2249>
寺子屋組と一緒に戸塚様が工房へやって来るのでした。
寺子屋組は、以前は武家の子供と、帰宅方向が逆になる下菅村・細山村の一部の子供は参加していなかったが、いつの間にか全員が工房へ奉公に来ることとなっていた。
その代わり、下菅村の子供は日没までに帰りつく時間に工房の作業を終了して良い決まりとなっている。
この工房では寺子屋通いの総勢37名もの子供等が、奉公という名の手伝いにはせ参じているのだ。
午前中は4組だった練炭製造作業の編成は、各組の副長が休止していた組の組長となって8組編成に変わり、全体の生産量を引き上げる格好になっている。
更に従来は全員揃っての昼休憩だったのだが、これもシフトを組んで切れ目無く生産する格好になっていた。
寺子屋組は到着すると、簡単な昼食を手早く済ませ、助太郎の訓示・指示を聞いてから各担当部署に分かれていく。
助太郎が不在のときは米さんが、米さんも都合がつかないときは梅さんがこの指示を行い、誰が責任者・指示者なのかを絶えず意識付けしているのだ。
寺子屋組と一緒に助太郎の指示を聞いていた戸塚様は、全員が生産作業に移ったことを見取ると、助太郎に案内されて奥の作戦室へ入った。
一緒に米さん、梅さん、それに春さんを連れて義兵衛も部屋に入った。
3人とも流石に気持ちを引き締めてこの場に臨んでくれている。
戸塚様が着座すると、助太郎が説明を始めた。
「私は宮田助太郎と申します。この工房の管理責任者です。さて、この部屋は、木炭加工工房の全体を管理している場所で、作戦室と呼んでいます。
昼と夕方に原材料の木炭の量や、出来上がった製品の数を中間品も含めて把握しています。工房が生産を続けるためには、原材料がどの程度必要なのかの計画をきちんと立てて、不足しないように手当てせねばなりません。また、多く手配し過ぎると、保管場所が不足するなどの深刻な事態になります。
こういった管理の中で重要なのは、失敗品の管理です。物を作るということは、少なからず失敗製品が出るということです。練炭を作るのに失敗したことを隠したくなるのは普通のことですが、原材料と製品の数を突き合わせることで、消えた分・失敗の有無を容易に見つけることができます。失敗品は、同じ間違いをしないために必ず現物を確保し、原因追及をします。
また、傾向を知るためにも記録をつけることは重要で、まだ小さい娘ですがこういったことに秀でている者を担当として仕事を割り振っています」
助太郎は工房の基本的な方針を説明し、管理記録をきちんと付けることの大切さと、実際にそれを実施している春さんをまず紹介した。
「春です。私は他の皆さんのように木炭加工作業を上手く早くできないのです。しかし、帳面をきっちり付けるという作業が得意なことをここに居る米さんや梅さんに見出してもらい、一生懸命頑張っています」
春さんは8歳で、寺子屋に通って3年目になる。
小柄な体躯で愛嬌のある表情も相まって、かなり幼く見えてしまう。
「ほほう、このような小さな子まで、斯くも重要なお役目を果たしているとは、驚きだ。
登戸村の加登屋が言っておったが、働いているのが皆子供というのは、本当のことだったか。なぜ、大人を入れんのだ」
これは義兵衛が答えるしかない。
「そもそもの経緯の話となります」
義兵衛は最初に練炭・七輪を産み出した経緯、工房を立ち上げた経緯を順に説明した。
「それでまず、私と助太郎がまだ16歳の小僧に毛が生えたような者でしかないので、それでも言うことを聞く人を金程村の中で集めたのです。そうすることで、大人の農作業を・年間行事を妨げることはありません。
金程村だけでなく、知行地全体に支援してもらう範囲を広げた時も同じです」
「いや、この後に及んで、例えば荷運びでも大人を巻き込まないのは不自然極まりない。
名目でも名主を頭に頂いて工房を運営すれば問題はなかろう。そうしないのは、何か魂胆があろう」
義兵衛が最初の頃に助太郎に説明した内容を話すしかないが、米さんや梅さん、春さんが同席している場所で話すべきか迷った。
だが、こうなっては言うしかないだろう。
「では、この先起きることも含めた目論見を説明します。
今、練炭を作っていますが、こういった製造・販売を始めたそもそもの目的は、御神託にあった大飢饉を凌ぐための手段でしかないのです。従って、大飢饉をやりくりする食料を確保することさえできれば、目的を達成します。後はある程度村が豊かになれば良い、程度のつもりでした。
そのため、いつでも工房を閉鎖しても構わない、という体制で臨むことが前提だったのです。
そして、村で有効に使われていない労働力ということであれば、子供達です。工房でする仕事が無くなっても元に戻るだけで、村の運営にさしたる影響はない、というのが最初の考えでした。この方針の元、金程村で比較的手が空いている、抜けても影響が小さい者を各家から出してもらったのです」
戸塚様は頷き、先を促した。
「それから、工房で木炭を加工して高値で売るというやり方ですが、ここでなければ出来ない、というものではありません。
後で工房の中も案内致しますが、作業自体はとても単純です。元々は値が付きにくい、もしくは安く買い叩かれる木炭を粉炭にし、これを成型しているだけのものです。ところが、成型したものが結構高値で売れることでかなりの利益が出ます。
そうなると、この工房、金程村、椿井家の拝領地ではなく、他の村でも真似をして同じようなものを作り始めるに違いありません。
結果として、至る所で同様の練炭を作り江戸で売り始めるでしょう。
そうすると、江戸市中に練炭が溢れ高値では売れなくなります。そして、どれだけ安く作るかという勝負になりますが、おそらくここで作る練炭は値段で負けます。
そうして、何年か先には工房で作るものが無くなる、というところまで読んでいるのです。
勿論、簡単に負ける訳には行かないので、いろいろな策は取っていて長く続けるつもりではいますが、他所でどうするかが絡むところなので、あと何年で、ということまでは言えません。
いずれにせよ、木炭加工による工房収入は一時的なものでしかなく、いずれは米で年貢を納めるという格好に戻るのではないかと想定しているのです」
最終的にこの工房が傾くだろうという話は、助太郎には以前説明しているが、米さん達には話したことが無かったので、反応が恐いところだ。
そして、思った通り梅さんが噛みついた。
午前中の続きである。
「義兵衛様、どうしてそのような重大な見通しがあることを今までに私達に話して頂けなかったのでしょうか。皆、この繁盛が永遠に続くと思っていますし、だからこそ誠心誠意奉公しているのですよ」
米さんも驚きから醒め抗議してきた。
「私はこの工房に誇りを持って御奉公しております。なのに、義兵衛様も助太郎様も、この工房をどう閉めようか考えながら仕事をされていたかと思うと、悔しゅうございます。
そして、他所へこの練炭製造方法を教えるという午前中の話は、この工房が終わりを早めるだけではございませんか。義兵衛様はすっかり江戸の人なのですね。この村のことをお忘れになってしまわれたのですね」
春さんは義兵衛の説明の時には平気な顔をしていたのだが、米さんと梅さんの抗議を聞いてからどういったことが話されていたのかをやっと理解できたのか、桃色の柔らかく丸い顔が強張り、顔色も蒼白に変わり、目に涙さえ浮かべ始めた。
米さん、梅さんの抗議はともかく、春さんの涙目には困ってしまいます。
さて、どうするのかは次話です。




