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練炭の委託生産の相談 <C2248>

不足する練炭をどう生み出すのかを迫られた義兵衛が説明したのはサブタイトル通りでした。

「生産量が江戸の需要にはるかに及ばない件だが、ここでの生産だけでは絶対に解決できない。

 そこで今、江戸の萬屋さんに委託生産できる場所が他にないか、そこから更に他のところに作り方が流れていくことがないかなどの条件で洗い出ししてもらっている」


 米さんが口を開いた。


「ここで練炭を作っている道具を使い、作る方法をきちんと守りさえすれば同じものは作れますが、そのようなことをしても大丈夫なのでしょうか。

 新しく練炭を製造する所が、七輪と同じように例えば毎月100万個作れるようになってしまったら、この村の工房のものは売れなくなります。

 それに、その場所で沢山作れなくても、作り方をそこにだけ留めておける保証は何も無く、道具も真似したものが作られてこれが拡散して色々な場所で練炭を作るようになってしまえば同じことです。拡散しないように、何か工夫もいるのでしょう。

 私はこの工房で色々なものを作ることが大好きです。作ったものが、江戸という大きな町に運ばれて色々な人の役に立っている、と思うだけでとても幸せな気持ちになれます。

 七輪は作る手が足りず、もうこの工房で作る余地はありませんでした。しかし、練炭は他所で作るものが幅を利かせた結果、この工房で作らなくても良いということになりそうなことを心配してしまいます」


 米さんはここで作る製品に愛情を注いでいることがよく判る主張をしてきた。

 七輪についても、本当はこの工房で作っていきたいという気持ちがあったのだろう。

 そう考えてみると、七輪の製造に使う道具を江戸に送るときの無念さが伝わってくる。

 箱に道具一式を詰める時に、どれだけの思いを込めていたのか、その丁寧な梱包振りを思い出した。

 ここで練炭を作るために積み上げてきたノウハウを他の所に渡す、ということは、七輪と同じ運命になることを心配しているのだ。


「実は、米さんと同じことを懸念する。折角この工房で工夫してここまで漕ぎ着けることができたのだ。何も競合相手を増やすことはない。

 江戸で練炭が不足するなら高く売ればよいだけの話だろ。前に義兵衛が百太郎さんに説明したのを聞いた覚えがある。購入の要望より潤沢に物があると物の値段が下がり、逆に購入の要望の方が物より多ければ値段が上がる、ということで調節されるのだろう。確か市場原理とか言う言葉だったはずだが。

 薄厚練炭が沢山作られれば、利益が出なくなるまで値段が下がっていくことになるのだろう。その結果、ここで練炭を作ることが出来なくなる」


 助太郎が言うのも、もっともなことだ。

 しかし、秋口の時点で練炭が潤沢に無ければ七輪の需要も冷え込んでしまうのだ。


「まず、本当の需要想定から説明し直そう。

 需要だが、普通練炭が充分あって1個200文で安定供給されている場合だが、年末時点で七輪は10万個程度あると見ている。

 そして、年末までにこれに合わせて出る練炭の数は450万個になるというのが実際の予測なのだ。

 売れる先は、武家屋敷・神社・僧房・料亭・木戸番・商家など広範囲に渡っている。

 前に150万個必要と説明したのは、手が届く数値にするため予測値を3分の1にした値なのだ。そして同時に9月頭の時点でこれだけは準備しておかないと需要が頭打ちになる、とした個数なのだ。予測との差である300万個は11月・12月に消費される分になる。残りの150万個が供給されても、まだ150万個不足するため、ここで練炭の価格が高騰すると見ていた。

 だが、9月頭で24万個では、七輪を売り出すと最初から練炭が高騰し、結果として七輪が売れなくなる。その結果、450万個の需要は発生しなくなる。

 これが今の生産の結果として発生する需要に関する見通しとなる。

 次に、他所で生産する練炭について制限を設ける策を取る。

 委託生産する練炭は普通練炭に絞り、薄厚練炭の作り方は教えない。要は、同じ大きさ・寸法精度の普通練炭の塊が出来ればよい訳で、製造途上で薄厚のことを気づくかも知れないが、それは敢えて伝授しない。具体的には、薄厚練炭4個を接合して普通練炭1個を作るやり方ではない、初期の方法を教える。検査器具は普通練炭のものだけを提示する。

 そうすると、供給が安定している普通練炭によって七輪の購入意欲は支えられ、一方需要の強い薄厚練炭の価格は守られる。

 こういった目論見があっての練炭の委託生産なのだ」


 3人は説明内容について一応の理解を示したが、梅さんは反論してきた。


他所よそのところで9月までの4カ月間に125万個の普通練炭を作るなんてことが出来るのであれば、今年の冬はともかく、来年以降はこの工房は用済みとしか思えない。だって、そこの場所では9月から年末までの4カ月間で更に275万個と2倍以上の生産が出来るようになるのでしょう。

 来年の秋・冬は供給が多すぎて1個200文では売れなくなるに違いありませんよ。

 そうなると、薄厚練炭なんて65文で売れる訳ないじゃないですか」


 流石に文句を言い慣れて来ている梅さんだ。

 薄厚練炭の強みである『安い』の優位性が無くなることを指摘してきた。

 その通りなのだ。


「いや、ここに切り札がある。それは助太郎が編み出した強火力練炭だ。こいつは、簡単には真似できないと思っている。

 梅さんが言う来年以降は、薄厚練炭の生産はほどほどにして、この強火力練炭がこの工房の柱になる。そして、強火力練炭は料理する時に使うものなので、夏場でも一定の需要が見込まれる製品なのだ。今回の卓上練炭と同様、料理を作るところが相手になる。その意味で安定した需要が望める。

 小炭団の類似品が安価で出てきた結果、これを作るのをやめ、今薄厚練炭作りに注力しているが、それと同じことが起きて、今度は強火力練炭に注力することになる」


 この説明に3人はやっと深く頷いてくれた。


「それで、実は問題がある。

 まだどこへ委託製造してもらうのか、という肝心なところが決まっていないのだが、こういった事情を理解した上で、最初の練炭の作り方を他の村で教える人が必要なのだ。原料となる粉炭の作り方・不純物の混入程度・捏ね方、原材料の評価の方法、成型方法、乾燥、検査など、結構沢山の工程があって金程村印の練炭は作られている。一連の工程を知っている人材となると、工房立ち上げの最初から居る人に頼むしかないと考えている。1~2カ月の間、その村に行ってもらい指導して貰う必要がある。もちろん最初は私と助太郎で準備を整えるが、実際に生産が始まった時の指導まで手が回らない。

 本当は米さんか梅さんが適任なのだろうけど、2人ともこの工房を運営するのに欠かせない人だから、抜くことはできない。

 この点どうすればいいかに困っている」


 米と梅は顔を見合わせ、しばらくした後、米さんが口を開いた。


「万福寺村から来ている弥生さんに昔の作り方を覚えさせ、さっきの説明を聞かせればなんとかなる様に思えます。確か一番最初に練炭を作ったときの道具も、ちゃんと取ってありますから。ただ、側面の金程印は変えないとまずいし、底の波型もつけないといけないですね。ああ、そうすると、道具は結局全部作り直しかぁ」


「作るほうは道具を作れば良いが、原材料の燃焼検査、出荷前の寸法・重量検査で一定の基準を満たさないものをきちんと弾き出すことも重要なのだ。今、この出荷可否を判断する責任者は近蔵にしてもらっているが、彼も一緒に行かせるしかないと思う」


 流石に助太郎は製造のポイントをしっかり判ってくれている。

 これなら人選は任せてよさそうだ。


「では、もし他所での委託生産ということが本格化した場合は、この2人を送り込むということにしたい。本人達には機会を見つけて説明しておいてもらいたい。多分、6月の中旬から下旬になると思う。それまでに、助太郎には一度江戸に出てきてもらい、一緒に委託生産先の条件を見てもらいたい」


 義兵衛の依頼に助太郎は同意した。

 さあ、この後は戸塚様が寺子屋組と一緒にやって来る頃になった。



米さんの練炭作りへの情熱に水を注したくはなかったのですが、どうにか説得して受け入れてもらえたようです。

ただ、これを実際に行うにはかなりのハードルがあるのです。

次話は、午後の視察・説明の回ですが、聞き取りで色々と問題が起きます(起されてしまいます)。

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