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戸塚様、館にて <C2245>

この小説の投稿開始から見て1年越えになります。引き続きよろしくお願いします。

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細山村にある椿井家の館に来る前にひと波乱かな。

 五反田村を過ぎてから高石神社のある丘にぶつかり、その手前の三叉路で津久井往環道を北側に向かい山間に入って10丁(約1km)ほど辿ると細山村の中心である館に着く。

 その三叉路の南側の道・津久井往環道は高石神社の南側に開けた高石村に入り、そこから万福寺村領を避けるように坂を登り「弘法の松」を経て王禅寺村へ、さらにずっと先は津久井へと繋がっている。

 さて、この三叉路から細山村方向に5丁ほど入った所にある神明社しんみょうしゃに一行がさしかかると、その境内から道を見張っていたであろう工房の子供が村に向って飛び出していくのが見えた。

 おそらく、到着を注進するために練炭輸送の担当の子が残っていたのだろう。


「おやおや、椿井家の拝領地は余所者が入らないように厳重に見張られておるのですかな。それとも里に何か隠しているものがあるのかな」


 戸塚様の手先が境内に誰もいないことを素早く確認して報告すると、戸塚様はそう呟いた。


「戸塚様、それは考え過ぎで御座います。今日、私が戻ることはわかっておりますが、いつ館に着くまでは判りかねますので、その先触れということでしょう。前回戻った時にも、木炭加工品を運んだ工房の者がこの境内で待っていたことがありますよ。今回も工房の者でしょう。この神明社から館まで5丁(約500m)の距離なので、館に先触れを出すのに丁度良い場所なのです。

 それから、細山村や金程村には何も隠すようなものはありませんよ。木炭加工の工房さえなければ、山間の寒村です。この機会に存分に見て頂ければと思っております」


 多分そう言ったところで里への見方が変わる訳ではないだろう。

 義兵衛は館まであと少しとなった道程を急ぎ、門が見える所まで来ると、甲三郎様と爺、それとおそらく戸塚様の手先であろう男が道まで出て待っているのが見えた。


「戸塚様、ようこそ我が椿井家の拝領地へ御出で頂きありがとうございます。ここは、山間の田舎で、大したもてなしもできませんが、お役目を果たされるよう、微力ではありますがご協力を惜しみませんぞ」


「これは、ご丁寧に挨拶頂き痛み入ります。30日に江戸に戻る時にも同行させて頂きますので、今日から都合5日間お世話になります。いろいろと見聞きしたいと思っておりますので、便宜を図って頂ければ助かります。手先を2名連れておりますが、こちらの面倒もお願いします」


 甲三郎様と戸塚様は、料理比べ興行のときの控え部屋を隣同士にしており、その折に会話もされているため、無駄がない。

 御奉行様からの公務としては、富美を江戸に連れてくるときの護衛という任務だが、こうも早く来るのは里の状況確認・何か怪しい動きはないかの調査にあるということは見え見えなのだ。

 爺は皆を正玄関へ誘導し、そこから屋敷の客間へ案内した。

 戸塚様が手先と一緒にしばし寛いでいる間に、義兵衛は甲三郎様と爺に経緯説明を手短に済ませた。


「すると、同心・戸塚様は北町奉行で隠密廻りという御用に任じられている可能性があると言うことか」


「はい、通常のお役目は上司として与力の方がいらっしゃるはずなのですが、曲淵様から直接指図されていたり、報告も直接なされている御様子です。それだけではなく、私の見るところ、どなたかは判りませんが勘定奉行とも何がしかの繋がりがある様にも見受けられます。

 実は道行きで『1万両もの金子きんすが集合離散する商いがあるなら、お上からの詮議があるやも知れぬ』との御忠告を頂きました。秋口での練炭販売では当家が目につくこと間違いありません。表面おもてつらは萬屋・千次郎さんということでしょうが、実際に稼いでいるのは椿井家です。当家で七輪・練炭を作り、それで5万両もの利益を上げていることを察すると、そこから公儀へ金の流れを作るように動くのは有り得ることです」


「これは厄介なことよのぉ。当面はまだ稼いでおらぬ銭のことゆえ、今は何を探られても無いものは無いで通すことができる。しかし、義兵衛が先日言ったように、上げた利益を運用して利息で御家の暮らしを済ませるようになると、これは唯では済まんぞ」


 甲三郎様の返事に納得いかない義兵衛は聞きなおした。


「甲三郎様、『利息で暮らして唯では済まない』というのは理解し兼ねますが、どういったことでございましょう」


「珍しいこともあるものよ。義兵衛にも見えないことがあるのか。

 武家というものは、主家より禄を頂いてこそ主家に忠義を働くものなのじゃ。忠義が先か禄が先かは問わんが、結果としてこれが釣り合っておるのじゃ。もし、主家からの禄が要らぬということになれば、長い目で見て主家に忠義を働くであろうか。命を投げ出すのは、家に対する禄を保証してくれておるからではないか。

 最悪、稼いだ金子の大半を諦めるか、この拝領地を返上するかの選択を迫られることも考えておく必要があるやも知れぬ。

 なので、滅多なことは口にするでないぞ」


 この説明で合点がいった。

 大金を運用する構想について、萬屋さんに話をしているものの、まだ稼いでもおらぬ銭ゆえ、今の所心配はない。

 それ以上に、萬屋さんは今後の発展に向けた商売構造の革新に大わらわとなるに違いないだろう。


「さて、客人を待たせる訳にもいかんので、座敷で歓談でもしようかのぉ。富美には言い聞かせてから出すようにするので、義兵衛は先に行って繋いでおれ」


 義兵衛が座敷に入って暫くすると、爺が戸塚様を案内してきた。


「あれ、手先の両名はどうかなされましたか」


「いや、夕餉までまだ1刻ほどはあると聞いたので、地理に馴れてもらおうと近辺を散歩させておる。

 義兵衛のいた村は、年貢など如何様いかようであったのかな」


 早速にも手先は細山村の状況を視察しているに違いない。

 各村の石高などの基本的な情報はもう入っているであろうことから、ざっくりとではあるが返事をした。


「椿井家は500石の知行地を拝領しております。4村を治めており、下菅村と万福寺村については年貢が相給あいきゅうとなっておる村で、細山村と金程村は全石高が年貢の対象です。

 私の出身である金程村は石高70石で年貢は米35石ですが、内15石は木炭で商売した売掛金で払い、残りの20石分を玄米50俵でこの館に納めるというのが先年までのありようでございました。

 今年は木炭で商売をした金子が潤沢にあることから、年貢を全て木炭の売掛金で済ませる目論見でございます。

 また、この館においても飢饉に備えた米蔵を造り始めておりますが、各村の名主の家のところへも同様に米蔵を造る予定です。

 年貢になるはずの米をこの蔵に蓄え、飢饉を乗り切る算段にございます」


「なに、年貢を米ではなく金子きんすにて納めると申すのか。どの村も同じように金子で納めるのか」


「申し訳ございませんが、他の村の有り様は知りません。ただ、今年の秋は米問屋へ年貢米を卸すのではなく、米蔵に蓄える籾米を買い入れる予定です。最終的に200石入る蔵を知行地全体で10棟建てようとしており、これを米で満たすまでは金子で年貢を納めることになるでしょう」


 この程度のことであれば、問題なさそうと思っていたところに甲三郎様が富美さんを連れて座敷に入ってきた。


「義兵衛、それは少し違うぞ」


義兵衛の説明では問題ありと咄嗟に判断した甲三郎様です。

その問題点は、次話になります。

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