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登戸村から見える事情 <C2244>

登戸村では色々と用があるのです。


 和泉村から多摩川の堤防を越え河原に出ると、船着場がある。

 ここで河原に建つ小屋の中に声を掛けると船頭が出てきて、随時船を出してもらえるのだ。

 特に荷はないので、一人8文の渡し賃を払い向こう岸まで運んでもらう。

 船には船頭を入れて5人も乗れば一杯という小舟もあるが、大きいものは馬が4疋も乗れそうな平らな板場がついた船や、屋根を載せた立派な船もある。

 この時期は、青梅から木材を流してくる筏がしばらく途切れる時期で、待ち時間無しで渡し船で渡河することができるのだ。

 船で多摩川を渡った対岸が登戸村になる。

 以前は川幅ももっと広がっていたのだが、新田開発によって登戸村が多摩川に張り出すように広くなってきている。

 同様に、登戸村に接する上流側の中野嶋村や下流側の宿河原村も農地が拡大してきている。

 船で多摩川を越えながら義兵衛は先ほど戸塚様から頂いた忠告のことを考えていた。


『それで、戸塚様は卓上焜炉の時に値段の構成を気にして質問していたのか。

 主力は深川製で160文が1万個、400両の売り上げ。皿は100文で250両。小炭団が8文で100万個、2000両か。

 他のものも入れて全部で3000両だから、まだ基準の1万両には届いていないが、にわかに繁盛し始めたことから目を付けられて当然といった感じなのか。

 案外重要なことかも知れない。関係する人には、それとなく伝えておくのがよさそうだ』


 登戸村に入ると少し早めの昼飯時になっている。

 加登屋さんのところで一服させてもらい、昼食を御馳走になった。

 主人が留守の間も、特段問題なく小料理屋は運営できていたようだ。

 多分、江戸に長期滞在した時に留守を預かる丁稚頭が頑張っていた効果が出ているようだ。

 丁稚頭は暖簾分けしてもらって小料理屋でも開くつもり、という話を聞かされた。

 そして、義兵衛達が来る少し前に工房の練炭運びの面々が早めの昼食をとって帰っていった、と教えてくれた。

 そこで運び込まれた練炭や状況を知るため、昼食を食べ終わると加登屋さんと別れ、炭屋へ向かった。


「義兵衛でございます」


 挨拶のための声掛けした瞬間、番頭の中田さんが飛び出してきた。


「今日、細山村へ戻るという連絡がありまして、ひょっとしたらこちらへも顔を出されるのではないかと思っておりました。

 こちらは、どなた様でございましょう」


「北町奉行所・同心の戸塚様とその手先の方でございます。今回、里の様子を見たいということで私と同行しております」


 中田さんは、一行3人を奥座敷へ案内し、ここの状況について説明を始めた。


「金程村からの小炭団の搬入は終わり、代わりに練炭を搬入してもらっております。今のところ毎日200個を搬入してきており、今3600個が積みあがっている状態です。ある程度、そうですね5000個程積みあがったら、今までの小炭団同様に、まとめて船で日本橋へ送り込む積りですが、受け取りについて契約がどうなっているのか、本店からの指示がまだ全然ないのですよ。

 とりあえずは1個140文で卸してもらっている勘定なので、126両の買掛になっております。このままここで受け取り続けていいのか悩み所なのですよ。

 まあ、そうは言っても金程製の卓上焜炉200個と小炭団1万個は江戸に送らずここに留め置いて販売しています。もちろん本店から言われている分はきちんと送った上で、この店の判断としてしたことなのですがな。それが、加登屋さんで出す料理の評判のおかげで、これが上手いこと捌けていくのですよ。そんな訳で、そこそこの現金収入があるので、支店としては買掛が多少あっても大丈夫と踏んでいるのです。

 それで、気になっていることがあります。金程村から荷を運んで来る者に聞いても、工房では七輪は全然作っている気配がないのです。9月になってから一斉に売り出すという方針は聞いておりますし、それまでにある程度の量を確保しておきたいと思っているのですが、一体どうなっているのでしょうか。このままだと大変困ったことになりそうです」


 一旦江戸という大きな市場を視野に入れると、周辺地域やそれ以外の地のことがどうしてもおろそかになってしまう。

 ここは、大丸村のことも含めて、関係するところにどう分配していくのか考えておかねばならない。


「中田さん。七輪については金程村の工房では手が足りず、また資材も適切なものが見当たらないことから、江戸・深川の職人さんに作ってもらうことになりました。

 それゆえ、江戸から回してもらうしかありません。ただ、ちょっとややこしい事情が出来ました。江戸で七論を扱うにあたり、今までと違う点があるのです。それは、深川へ七輪作りを依頼したのが萬屋さんではなく、椿井家ということです。このため、萬屋さんは椿井家に卸してもらうように依頼することになります。勝手が違うようになりますが、そこは御容赦ください。

 それで、深川製の七輪ですが、まだ試作段階で、村で試験する製品も今日3個やっと持って帰っているというのが実情です。試験が終わればいよいよ製造の手配に入りますので、入手できたらこちらにも置かせてもらうことになりましょう。

 それで、ここ、登戸村では一体どの程度の数量を準備されるお積りなのでしょうか」


「まずは100個でしょう。小売りで25両分ですな。

 春先の様子を見ても、間違いなくそれ位は売れるでしょう。青梅の船頭は皆買うでしょうな。あの暖かさを一度知ってしまうと、後戻りできる訳はありません。今はもう問合せされることはありませんが、秋口に売り始めると少々高値でも皆買い求めてくるでしょう」


 どうやら売る先の目途まで付けているようだ。

 本店の商売とは独立し、ここだけで儲けようとしている意志が伝わってくる。


「判りました。量産できるようになりましたら、まずは100個、卸金額で17両2分の予定ですが、こちらに置かせてもらいましょう。ただ、江戸からの運賃をどうするか、多分上乗せするしかありませんので、そこは上乗せすることを勘案してください。もしくは、ここの蔵を借りることで運賃を相殺するという方法もあります。まだ卸す前の練炭や七輪・籾米といったものを、その蔵で一時的に蓄えるつもりなのです。運賃がどれくらいになるかは、まだ決まっていないので、蔵か運賃かは別途お話させてください」


 義兵衛は米問屋の伝兵衛さんの顔を思い浮かべた。

 江戸屋敷・登戸村・細山村で小荷駄運搬ルートが開設できれば、輸送が楽になるのだ。

 そして、府中・川崎街道を使っての登戸村・大丸村ルートが開設できれば、籾米と練炭・七輪を定常的に輸送するルートに載せることができる。

 登戸村は椿井家にとり物資輸送の重要な拠点になる場所なのだ。


「判りました。運賃ではなく蔵を使って頂く方向で考えましょう。木炭を集める蔵なので、結構大きいですぞ。4棟ある蔵の内、思い切って1棟丸ごと義兵衛さんが使えるように割り振りしましょう」


 中田さんは何の躊躇ためらいいもなく、即答してきた。

 おそらく中田さんの頭の中では、工房や御家の財産である練炭と七輪が蔵の中に詰まっている様子を想像しているのであろう。

 更に、江戸から重量物を運び込む運賃については、おそらく想像がついているに違いない。

 そして炭屋にしてみれば、自分の財産ではないが、売り物が詰まっている倉庫が直ぐ側にあるのだ。

 すると、100個を買って自分の所に在庫としておいておく必要はない。

 万一の場合、これを使って商売しても良いという許可が得られれば、委託販売同然のノーリスクで利益だけ出る商売が展開できるのだ。

 従い、椿井家・金程村工房に蔵を貸し出すのは、炭屋にとって決して悪い話ではない。

 また、ここに物を置けるというのは、実は椿井家にとっても損はない。

 義兵衛はこの申し出に頷くと、挨拶をして炭屋を後にした。


炭屋番頭の中田さんと話をして、蔵を1棟丸ごと借りることができました。これは大きい成果です。

次話は、細山村の館に到着し色々報告が始まる、といった話(?)になります。

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この小説を投稿し始めて1年が経過してしまいました。(正確には明日で丁度1年)

このように長く続けられているのも、読んで頂いている皆様あってのことです。

(長編チャレンジ2作目の素人がこんなに長く続けられるとは!!)

ブックマーク、評価、勝手にランキングで御支援頂きありがとうございます。

また、感想やコメントをお寄せくださっている皆様には、本当に深く感謝する次第です。

(常連でコメントなど頂ける方には、感謝の気持ちで一杯です)

きただの趣味で細かくくどい話が延々と続き、エピローグに辿りつくまで、遠い道のりですが、まだまだ頑張りますので、よろしくお願いいたします。

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