七輪顛末を報告し米問屋に向かう <C2240>
里に戻る前日、し残していたのは籾米の手配関係の交渉です。
■安永7年(1778年)5月25日(太陽暦6月19日)
甲三郎様の悪い方の予想では、再度北町奉行所を訪問した以降はそこで拘束される可能性もある、とのことであった。
そうすると、義兵衛が不在になった時でも、秋口の商売への影響・村の飢餓対策への影響ができるだけ小さくなるようにしなければならない。
そこで養父・紳一郎様へ、七輪の事情を説明した。
要点は、深川・辰二郎さんから七輪が6月4日に1000個出来上がってくること、工房からの卸値は今回1個320文となったこと、但し土の材料費は工房の責とせず負担は当方が負うこと、秋葉神社の御印は1個40文の寄進で済ますことができたことなどである。
この結果、御印も含めた仕入れ値が想定の450文を90文下回る360文になり、これを萬屋へ事前の契約価格700文で卸すと1個あたりの利益は250文ではなく340文となることを説明した。
また、預かった115両について、神社へ10両、工房へ1000個分の前払い80両を使った旨の報告をし、残金5両を見せた。
そして、その差額20両は工房の設備更新を援助するために渡したことを報告した。
「工房へ渡した20両は余計な追加金に思えるが、それは誠に致し方なかったことなのかな。普通、工房の設備は辰二郎がなんとかするものなのであろう。折角交渉して想定より安く出来たのだから、そのまま持って帰れば良いものを」
紳一郎様は義兵衛に珍しく苦情を述べた。
「いいえ、損して得取れです。このようにすることで、辰二郎さんは七輪の卸値の中に色々と経費を上乗せすることを厭うようになるはずです。それが結局は七輪の卸値を安くすることに繋がるはずです。
七輪の製造委託数量は9月までに5万個ですよ。例えば一律10文違えば125両の差になります。年末までにはその倍の10万個。七輪の特殊な土の購入費用を当方で持つことから、価格は納品の都度見直すようなものです。長い目で見て、得する方法を選んだとお考えください」
渋々ではあるが、この独断については納得して貰えたようだ。
「それで、6月~7月は3日毎に1000個がこの屋敷に届く恰好になりますが、保管場所として蔵の一部を空けて頂けませんか。1000個の保管で2間四方程度の場所が必要ですが、結構な重さなので土間に直接置くしかないでしょう。最大で1万個位は収納したいです。
萬屋の倉庫に直接運び込む交渉もしますが、そこで秋口までにどれくらいの量を留め置いてもらえるかが判りません。椿井家から他の薪炭問屋にも卸すのに、萬屋の倉庫から出す訳にもいかないでしょう。椿井家の蔵に積みあがることを覚悟したほうが良いです」
「よし判った。ただし蔵ではなく、空いている家臣長屋から2部屋(おおよそ8畳の部屋を2つ、2万個は収納可能)を選んでそれに充てよう。ただ、結構な重量物ということなので、ここから薪炭問屋街へ運び込むための運賃が嵩むやも知れん。買った店がここまで取りにきてくれるのなら別じゃが、萬屋の近辺で場所を借りることができるのであれば、そこの賃料と比べるのも良いのではないかな。
そういった物を置く部屋のことより、今は馬小屋の整備が先じゃ。とりあえず5疋が飼えるようにせねばならん。物を言わん七輪より生き物のほうが難儀じゃて。早々に里から手伝いを呼ぶ必要がありそうじゃ。6月に甲三郎様が来る時に『屋敷の雑用ができる者を何人か供として連れて来る』と仰っていたが、それを待っていたのでは、間に合わんわい」
椿井家の状況が変わってくることで、全部の雑用が集中する紳一郎様が大変なことになっているのは間違いなさそうだ。
そういった中で、少しでも費用を浮かせようとする紳一郎様に頭が下がる。
本来、義兵衛がその助人になるはずだったのだが、どうやら今屋敷に居る紳一郎様にとって、義兵衛は仕事を増やす存在であったり、逆の効果をもたらしている。
ここは話を変えるのが妥当なようだ。
明日は江戸から里へ戻る予定であり、義兵衛には江戸で済ますべき御用がまだ残っているのだ。
「それで、今日はこれから米問屋に行き、里に蓄える籾米の相談をして参ります。
まずは、この屋敷から里に戻る馬に七輪や籾米を載せ、空荷にならないよう手配したいと考えています。ただ、この籾米の費用は米問屋の付けとなります。いずれにせよ年内に購入する米は年末までに清算の予定ですので、少量の荷駄分だけ先出しと考えて下さい」
「いや、小荷駄分の籾米手配は不要じゃ。秋口に手配する籾米は、里周辺の村で集めたものをあてがうのであろう。わざわざ江戸で購った高い籾米を今手配する必要はない。もっとも、今なら見込みより安く入手できるということであれば、多少は手配しても良いがの。
義兵衛、先に先にと動き回ることが得策でないこともあるのじゃぞ。今手元にある金を出し惜しむのも重要なことじゃ。米問屋はいずれもやり手の商人じゃ。無用なものを買い付けるではないぞ」
紳一郎様が金策で一体どれだけ苦労してきたのかが良く判る意見を背に、六軒掘町の井筒屋へ向った。
しかし、紳一郎様に意見されたことで、今回の訪問で義兵衛の打てる手は無いも同然だったのだ。
「頼も~う。旗本・椿井家が家臣、細江義兵衛が参りました。主人・伝兵衛さんには、すでにお時間を頂いております」
先日の料理比べで目付役になった伝兵衛さんに、別棟での宴会の時に今日の訪問を打診していたのだった。
店の暖簾を腕で払い番頭さんが顔を出すと、義兵衛を手招きして店奥の座敷に案内した。
「これは萬屋さんの時の小僧、失礼、若いお武家様ではないですか。料理比べの席では興行の裏方を仕切る、そのまた裏方の親分と後から聞き仰天しました。主人が大層お世話になったそうで、御礼申し上げます。
主人が細江様のあり様を不思議がっておりましたぞ。興行の折、不意に席から消えたかと思うと横奥の席に座り、時々左右に控えている丁稚達を走らせていたとか。『興行の進行を阻害することを先読みし、それを潰していたのではないか』など、普通では無い遣り繰りをしていたのでは、と主人が言っておりましたが、実のところはどうだったのか興味は尽きないところです」
番頭さんの時間稼ぎ話に付き合っている内に、伝兵衛さんが座敷にやってきた。
「これは義兵衛様、お待たせしました。わざわざ御出で頂きありがとうございます」
義兵衛は、料理比べの目付役をして頂いた御礼を述べ、その後の勧進元・進行での講評を伝えた。
そして、訪問の趣旨である秋口の籾米を里へ運ぶ算段について、引渡し条件を問うたのだ。
「甲州街道沿いの拠点に積み上げる所まではこちら側でしますし、そこで引き渡せればと考えております。
籾米を雨ざらしの野積みで置くという訳にはいきませんので、こちらで贔屓している府中近郷の名主の米蔵に入れた状態で引き渡します。蔵からの全数運び出しは、まあ10日位が限度で、その日までに運び出されなかった俵分は権利放棄と見做します。運び出す人足は義兵衛さんの所で用意してください。蔵を借りれる限度の日までは、米蔵の扉を出た所が双方の受け渡し点、つまり扉を出たところから椿井家の米とします。
確か、今年秋からということで納める数量は500石でしたな。籾米ということであれば、1800俵にもなりましょうから、準備をしておいてください。これで良いですかな」
これは困ったことになった。
伝兵衛さんからは1800俵と言われてますが、実際にはもう少し多くて2000俵くらいになります。玄米の2倍の嵩をとりますが、1俵あたりの重量は少し軽くなるようです。
さて、受け渡し条件を提示されて困った義兵衛さんですが、......
次話がその内容です。




