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萬屋での後半戦・卓上焜炉の扱い <C2239>

卓上焜炉の類似品が、秋葉神社を委託元として深川で作られることなどを報告し了解を得ようとします。

そして、深川製七輪の披露です。

「義兵衛さん、今日はどういったお話でしょうか」


 義兵衛は、真っ直ぐ千次郎さんを見据えて話を始めた。


「話は七輪と卓上焜炉のことです。

 まず、深川の辰二郎さんの工房で秋口から売り出すための七輪が出来上がりました。お手元にあるものがそれで、以前村で作って持ち込んだものと外観からして変わりました。椿井家として、とりあえず1000個作ってもらう依頼をしています。椿井家から萬屋さんへ卸す価格については、色々な事情、特に材料となる特殊な土の値段が変動する可能性があるため、再検討せねばなりません。

 そういった理由で、七輪については経過のお知らせとなります」


 加登屋さんはお婆様から七輪を受け取り、土の具合、木枠との隙間などを確かめ質問してきた。


「これは、このまま強火力練炭を使うことができるのですか」


「ああ、そうでした。一応、どの練炭も使えるよう想定はされています。

 ただ、工房への各種練炭の提供数量が少なかったため、充分試験ができていません。この試作した七輪は里へ持って帰って、色々試験せねばならないのです。強化力練炭はまだ生産数量自体少ないため、どの程度耐久性があるのか調べきれてないでしょう。

 それで忠吉さん、もしこちらに普通練炭と薄厚練炭があれば、各10個を辰二郎さんの工房に直ぐ届けて頂けないでしょうか。小売価格の2650文はここでお支払いします」


 義兵衛は懐から財布を取り出し、中から大きめの豆板銀を4個・併せて30匁相当を半紙に包み、忠吉さんに手渡した。

 しかし、忠吉さんはこれを受け取らず押し戻した。


「義兵衛さん。『こういったことはきっちりしなければならない』といつも言わねばならない立場ですが、流石に受け取れませんよ。『工房が七輪製造で試験のために必要とする練炭については、萬屋が供給する』で良いですよ。そりゃ限度はありますが、その範囲内であればどうにでもなります。大恩のある義兵衛さんに、そのような真似をさせる訳には参りません。ここはお納めください。

 それで、卓上焜炉の方はどのような話なのでしょうか。

 深川の工房では8000個も作ってもらっているので、何かあると影響が大きいのですよ」


 萬屋で、卓上焜炉の扱いについては忠吉さんが仕切ることになっており、その忠吉さんが懸念の声を挙げるのは当然なのだ。


「卓上焜炉について、秋葉神社様が深川の工房へ、神社と別当寺院で売る分を作ってくれと依頼を出しています」


 千次郎さんが思わず声を上げた。


「それで、工房は承知したのですか。もし、そうだとすると裏切り行為ですぞ」


「いえ、辰二郎さんは萬屋への義理もあるということで、今の時点では断っています。

 事情を整理すると、秋葉神社様は『自分の所の御印が入ったものを自分達が作って売るのに支障はあるまい』ということで、考えてみれば真っ当な主張です。私としては、競合の薪炭問屋などから類似品が出てくる、という想定でしか考えていなかったので、盲点を衝かれた格好です。まさか、神社が作って販売、なんて思ってもいませんでした。

 ただ、神社側も類似品を黙って作るのは流石に不味いと思っているようで、直接話をしましたら『萬屋が納めている御寄進料を割り引くので工房で作ってもらうことを認めてもらいたい』という話を頂いております。私がそこで返答する訳にもいかないので、前向きに検討するという趣旨だけ表明して持ち帰っておりますが、決して悪い話ではないと思いました」


 お婆様が割り込んだ。


「義兵衛様、秋葉神社に行かれたということは、卓上焜炉以外に何か取引があったのでございましょう。

 そう言えば、先の七輪に『火伏・秋葉大権現』の刻印がありましが、それを含めて交渉の材料に使われたのでしょうかな。もし萬屋にとって不利な話になっておるのであれば、聞き捨てなりませぬぞ」


「確かに、七輪に押す刻印のための御寄進額を決める交渉でしたが、決して萬屋さんに不利益が出るようなことは致しておりません。

 結論から先に申せば『これから萬屋が委託製造する卓上焜炉については1個10文の御寄進で良い』という言質を頂いております。

 神社側は安くなった20文分が、この処置による萬屋での焜炉の売り上げ減での遺失益分を補填する費用という算盤を弾いたようです。ただ、工房からの卸値については、辰二郎さんから萬屋へは80文で据え置く一方、秋葉神社には100~120文で卸すことで交渉すると言っておりました。秋葉神社は萬屋の卸値を知らないので、どんなに安く値切ることが出来たとしても100文で辰二郎さんの所から卸してもらうことになるでしょう。すると、萬屋は少なくとも10文有利な価格で商売ができます。

 さらに、卓上焜炉だけでは、買うお客にお得感を感じさせる原資がありません。小炭団や皿との組み合わせについて秋葉神社様は別な所と組むしかなく、萬屋の小売価格はそのまま160文にしておいても大丈夫かと考えます。それでも、という場合は140文に値下げしても利益は今まで通りでしょう。むしろ、本業の燃料・小炭団の売先を広げてくれた、という感覚でもいいと思いますよ」


 忠吉さんは、義兵衛の説明であからさまにほっとした様子だ。


「つまり、辰二郎さんの工房で委託製造しても良いという許諾を、寄進金額を20文減額で了承した、ということですな」


「はい、その通りです。出来上がる卓上焜炉は『日本橋萬屋謹製』の印がないもので、それ以外は萬屋さんで販売しているものと同じです。なので、仕出し膳の座へ販売許諾の申請が来た場合は速やかに承諾することが肝要です。そうしないと、審査の公平性が疑われますので注意してください。

 それから、千次郎さん、忠吉さん。この件について、私はただのお使いですから、了解の連絡と契約書交換自体は萬屋の名前で行ってください。辰二郎さんへはおそらく口頭だけで良いですが、秋葉神社様については必ず経理を行っている喜六郎さんと書面で契約を交わしてください」


 千次郎さんは大きく頷いて了解の意を示し、お婆様も納得したようだ。


「七輪については、先ほどお婆様が気づかれたように『火伏・秋葉大権現』が刻印されておりますが、この了解を秋葉神社様から得ることが出来ました。そのため、やっと秋口に向けての七輪製造に踏み切ることができます。これから9月の売り出しまでに椿井家として5万個を作る予定です。そして、年末までには併せて10万個を作ります。

 これからが椿井家の本番勝負です。萬屋さんにも沢山支援を頂かなければなりません。是非、引き続き私供を支援して頂きたく、よろしくお願い致します」


 平伏した義兵衛にお婆様は穏やかに微笑んだ。


「萬屋としては、元よりそのつもりで御座いますよ。新しい商売のやり方、萬屋の立ち位置など、教えて頂いたことを元に千次郎と検討を進めようとしております。料理比べの興行の後始末も、もうじき片が着きましょう。なので、言われていた萬屋の後ろ盾作りや、練炭製造に適した場所探しなど、やっと本格的に取り掛かれますぞ」


 ようやく七輪製造の件が一息つけることとなり、試作七輪1個を萬屋に預け、3個を手に屋敷へ戻っていったのだった。


義兵衛さんが憑依して106日目がやっと終わりました。

次話は、5月25日・翌日の風景です。

引き続きよろしくお願いします。

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