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萬屋での前半戦・江戸市中の米蔵の相談 <C2238>

萬屋のお婆様登場!

しかし先行の困難さのせいか、奇妙に毒気がないのです。

 義兵衛は深川の辰二郎さんの工房を後にして萬屋を訪ねた。

 季節は夏至に近いこの時期、一年の中で昼の長さは一番長く、日中にかなりの活動が出来るのだ。


「義兵衛でございます。今回は色々とお話をしたく、こちらへ寄せてもらいました」


 大番頭の忠吉さんが表に出てきて、義兵衛を奥の茶の間に引っ張っていく。

 奥の茶の間には、お婆様がデンと座っていた。


「ようこそ御出おいで下さいました。まだ千次郎は八百膳での寄り合いから戻ってきてはおりませんが、間もなく帰ってくるでしょう。それまでは、わたくしを相手に四方山話をしていかれませんか」


 あの激しい勢いを持つお婆様が、ここに来て奇妙にやさしいのが気にはなるが『今更陰謀を巡らすこともなかろう』と気楽に応じることにした。


「料理比べの興行は大変盛況で御座いましたね。わたくしも瓦版を見て大成功を確信致しました。息子、千次郎も仕切りのお役を頂き、一角ひとかどの商人の顔になってきたように感じております。こういったことは、皆義兵衛様のお陰と、ただただ感謝しております。

 この萬屋に便宜を図って頂いている椿井家の御殿様に、主人・千次郎と一緒に一度お礼のご挨拶に上がる必要があると思っておりますよ。確か、義兵衛様の御養父にあたられる紳一郎様が、薪炭を納める窓口になって居られましたね。義兵衛様があまりにも足繁あししげく御通い頂けるので、ついご挨拶に伺いもできておらず御無礼しております。近々伺う旨、よろしくお伝えください。

 それから、江戸市中の飢饉対策について町年寄りの樽屋藤左衛門さんとの話ができ、来月の町寄り合いで取り組みの口火を切って頂けることとなりました。これも、料理比べの興行でのお礼を述べるため、目付をして頂いた町年寄りの各家を千次郎と一緒に回った時にできたことなので、義兵衛様の功と言っても過言ではありますまい」


「お婆様、飢饉のことを町寄り合いなど大勢の前で言う時は、話の切り出し方が難しいのですが、何か策は既にお考えですか。結論として『商家の皆で金を出し合って各町内にお救い米を蓄えた蔵を置く』という形になるのは良いですが、この結論案を説明する側から申し出るのでは、なかなか皆に受け入れられませんよ」


「それは判っておりますが、内容は藤左衛門さんには既にその話通りのことを伝えてしまっています。義兵衛様はどう進めるのが良いと、お考えでありましょうか」


 ここは後々問題になりそうな所なので、具体的な説明をしてみることにした。

 要旨は、趣旨説明の時に思っている結論を持ち出すのではなく、対策の一歩手前に留めるようにして、気づいた誰かが言い出したらその才能を大いに褒める、ということなのだ。

 そうすると、言い出したものが有頂天になって同意する仲間を増やす、という図式が良いのだ。

 ポイントは重要なところで功を譲るなのだ。

 それで、このポイントを説明した後、何を話すべきか、その要点を話してみた。


「江戸市中では米を作っておらず、町民・特に職人達が食べる米は、都度買ってくる必要があります。大名や商家の大店のように米蔵でも持っていれば別でしょうが、普通は月何回か米屋に行って米を買います。飢饉というのは、採れる米が少ないという状態になりますので、江戸に入ってくる米は取り合いになります。こうなると、米屋は売る値段を上げることで対応しようとします。

 反対に米が沢山取れ過ぎると、米が余りますので値段を下げることで対応しようとします。

 米を買う町人は、米の値段にかかわらず毎日一定の量を食べますので、米の値段が高騰すると、自分の働きで米を必要な量買えなくなる可能性があります。こういった高騰している状態が短期間であれば皆我慢するでしょうが、長期に渡ると食べるものが入手できない者たちが、生きるために金や米を持つ商家に対して狼藉を働くようになるのは間違いありません。徳がない裕福な商家は、暴徒に襲われるようになると考えられます。

 こういった事態を防ぐには、江戸市中の米の値段を安定させることが極めて重要です。江戸市中への米の供給を安定させ、値段の変動を押さえ込む仕組みを町の中に組み込む、というのが有効と考えます。

 こんな調子で話されては如何でしょうか。米の供給を安定させる仕組み、ということを皆に具体的に考えてもらうと、お婆様が言い出さなくても間違いなく米を蓄える蔵を町内に持つという内容になると思いますよ。そのあとは、負担をどうするかなどの厳しい話になりますが、暴徒に襲撃されて一家離散・無一文になるよりは、ということを冷静に理解させればいいのです。」


 義兵衛の説明にお婆様は聞き入っていた。


「義兵衛様、ありがとうございます。この言い方なら、皆に聞いてもらえそうです。早速、明日にでも再び藤左衛門さんに話をしましょう」


 やがて千次郎さんと加登屋さんが八百膳から帰ってきた。


「これは、義兵衛さん。今日はこちらに来て頂けたのですね。八百膳では今日も次の興行をどうするかの寄り合いでしたよ。

 どうやら店の宣伝狙いと思しき料理番付への異議申し立てが、相次いで寄せられているという報告が八百膳・善四郎さんからありまして、その対策を皆で延々話していたのです。『こんなに対策をするのが紛糾するなら、義兵衛さんに来てもらうしかない』というのが、大方の意見ですよ。どうですか、明日は八百膳へ来て頂けませんかね」


「いえ、実は急なことですが明後日の26日には一度里へ戻らなければなりません。明日25日も別な御用が入っているため、時間が取れないのです。誠に申し訳ございません。

 しかし、そういった話ですと、仕出し膳の座の寄り合いを緊急に開いて、今回の顛末や新たに設ける制限のことを周知するしかないですね。その上で、仕切りなおしでしょう。緊急の寄り合いは、いつ頃開催する予定にしたのでしょうか」


「そうか、その方法でいいのか。当たり前の事だし、誰も言い出さないので気づかなかった。そうすると、臨時の寄り合いで報告する内容を詰めればよいのだな。しかも、開催日を決めれば寄り合いで紛糾することも少なくなる。ああ、昼頃に義兵衛さんが居ればこんなに苦労することはなかったのに」


 千次郎さんは義兵衛の意見を聞き、しきりにぼやいている。


「しかし、私がいないことで、皆様の本音が聞けたのではないですか。寄り合いに出ている方々は、皆様それぞれ立派な方達ばかりです。私なんかは、寄り合いに少ししか顔が出せませんが、それでも出られた時には皆様の言うことを良く聞いて、私にない新しい物の見方をいつも学ばされてばかりです」


 加登屋さんが言う。


「ワシが言うのも何だが、皆は義兵衛さんの物の見方、提案の内容に驚くばかりなのですぞ。勉強になっているのは皆のほうじゃて。

 それはそうと、26日に里へ戻るのであれば、登戸村まではお供させて貰えないでしょうかな。以前、登戸の炭屋・中田さんが驚くべき商売の話を帰り道で聞いて、そのまま日本橋へ戻ろうとした、という逸話を聞いておりますぞ。ワシにも道行で色々教えて頂けると嬉しいのでな」


「はい、早朝に屋敷から出立予定ですので、こちらこそ宜しくお願いします。

 それはさておき、卓上焜炉と七輪について、ご報告がございます」


 義兵衛が手荷物として持ってきていた深川製の七輪・木枠付き4個から1個を千次郎さんの方へ押し出した。


「ちょっと待ってください。大番頭の忠吉を呼んできます」


「おや、これが秋口の手品の種なのですね。春先に見たものより随分洗練されておりますね」


 千次郎さんに代わりお婆様が手にとって仔細に眺めている。

 そこへ忠吉さんが茶の間に入ってきた。


いよいよ深川製七輪を萬屋さんへ紹介する、です。

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