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寄進金額交渉終了 <C2236>

七輪に押す御印の価格交渉です。

 七輪に『日本橋萬屋謹製』が刻印されていないことを喜六郎さんが指摘してきた。

 さて、どこまで説明したものだろう。


「今回の七輪は卓上焜炉と違い、製造委託元は薪炭問屋の萬屋さんではありません。旗本の椿井家が製造委託元です。

 もともと椿井家配下の工房が七輪を製造する積もりでしたが、里の工房が練炭作りで手一杯となっているため作ることができません。それで、知り合いとなった深川の工房へ委託したのです。そうすると、出来た製品が萬屋謹製ではなくなるので、椿井家からどこの薪炭問屋にも卸すことができます。

 勿論、秋葉神社様からもご要望があれば、こちらへ卸すことができるようになります。今回、秋葉神社様と満願寺様で卓上焜炉を商売されようと図っておられますが、実は七輪の考案元である椿井家でも同様なことを考えている次第です」


 一見すると正当なことのように聞こえるが、経理を任されている喜六郎さんは突っ込んでくる。


「卓上焜炉も、今世に出ているのはほとんど萬屋謹製という名前の深川製ですが、それ以外に愛宕神社の萬屋製と大麻止乃豆乃天神社おおまとのつのてんじんしゃの御印を付けた金程村製があると聞きました。それぞれ御印や格好が違うということですよね。七輪について、縁が深い萬屋さんからの製造委託ではないというのは、何か大事なことを隠していませんか」


「深川製の卓上焜炉は全部で8000個近く作って売っていますので、その印象が強いのかも知れませんが、本当は萬屋さんへは金程村製の卓上焜炉を必要数卸すという契約だったのです。ところが、村で作る焜炉の量では料亭が求めるのに合わないため、江戸近辺で作れるところを紹介してもらい、しかも萬屋さんから支度金を頂いたのでこのような形になってしまっています。

 今回は卓上焜炉の轍を踏まないよう、最初から萬屋さんを抜き、金程村の御殿様である椿井家の名前を借りて本来の格好で始めようとしているのです」


 これも正しい内容なのだが、喜六郎さんは追及の手を緩めない。


「焜炉や小炭団で贔屓にしている萬屋さんが有利な立場を譲る訳はないじゃないですか。そのような言い草では、到底納得できませんね。ちゃんと正直に理由をお話頂けるのであれば、七輪1個あたり40文の寄進で手を打っても宜しゅうございますよ」


 萬屋さんに事業の変革を求めていることは説明しようがないし、それを言う立場にもない。

 ならば、損得に訴えるのが近道に違いない。

 義兵衛は腹をくくって、納得できる話に変えながら説明を始めた。

 特に製造委託料のことは誤魔化しながら言うしかない。


「この七輪は卓上焜炉と違い、作るときに使う材料も多く、職人の手が多くかかるのは見てお察し頂けると思います。そのため、作るのに結構な日数と費用がかかるのです。

 今回持ってきた七輪は焜炉の親戚のようなものだということで深川の工房さんの所で何点か無償で作って頂きましたが、製造する費用だけで1個400~600文程度かかると見ています。深川の辰二郎さんに試作してもらったことで、材料や工賃などがある程度判り、その上で製造委託手数料を入れて工房からの卸値を交渉することになります。

 萬屋さんでは、深川製焜炉の製造費用に寄進料や若干の手数料を入れて160文で販売していますが、七輪でも同様に製造委託・御寄進ということをすると1個あたりの値段が結構かかってしまうのです。つまり、仕入れ値が高い割りに利益が薄い製品なのです。

 製造してすぐ売ることができれば資金が底をつくことは避けられますが、実はどの程度売れるか博打のようなものと判断しています。

 そこで、ある程度の見込み分は萬屋さんで引き取ってもらい、椿井家でもある程度溜め込んでおく、という方法を考えています。こうすると、売れない場合の不良在庫・取り戻せない費用は椿井家と萬屋で分散されます。

 また、売れる見込みがあると信じている椿井家では、萬屋さん以外にも卸すことで万一の不良在庫を圧縮できるよう、備えたという次第です」


 実際はバカ売れした時のバッファを椿井家で持つ構造という説明を萬屋さんにはしているが、秋葉神社・喜六郎さんには真逆の売れない場合という説明に切り替えた。

 売れるか、売れないかは判らないので、説明上、嘘をついている訳ではない。


「それで、七輪について椿井家からの卸値はどの程度にしようと見込んでいるのですか」


 義兵衛はこういった見込みの値段についてきちんとした数字を持っているが、それは出すわけにはいかない。


「製造費用が決まらないので、申し上げにくいのですが、当初の卸値は700~1000文と結構幅を持たせて考えています。萬屋さんであれば焜炉のことで信用があるためあえて宣伝することもないのですが、こういった新しい製品を新しく店に置いてもらうための売り込みをするとなると、それなりの費用がかかります。その負担分と、万一不良在庫をかかえてしまった時の危険性を考えると、椿井家の取り分を多少大目にしています。

 それで、このような厳しい価格見込みの中、今回秋葉神社様でのお願いとして1個40文という御寄進料、これは焜炉の30文に比べて少し大目にした金額でお願いできないか、と算盤を弾いたのです。こうやって少しでも費用を安くすることで、売れなかった時の借財を減らそうと努力しているのです。なにせ、売れた時にその中から寄進ではなく、作った時に寄進する契約ですからね」


 この製造した時点でその個数に応じて寄進するという卓上焜炉の契約は、販売のリスクを負わないため神社側に有利な取り決めとなっている。

 焜炉での最初の取り決めが30文という頭があるので、刻印はそれくらいの価値と錯覚していることを期待した価格なのだ。

 ここを販売の歩合で契約してしまうと、販売数量や価格構成が透けて見えるので都合が悪いのだ。

 果たして、こういった説明を聞いて納得したのか、喜六郎さんは目前に置かれた10両に手を伸ばした。


「お話を聞き納得しました。それでは七輪1個あたりの御寄進40文ということで受けさせて頂きましょう。

 それで、最初に1000個も作るのですか。卓上焜炉も1000個単位で作っておられたようですから、げんを担いでそれと同じにしたのでしょうが、今伺った内容ですとかなり無理をしておられませんか。

 卓上焜炉では寄進料として今までで総計60両(=600万円相当)とかなり過分に頂いていると思っております。ただ、御印を入れたものを商売に使うというのは、萬屋さんにとってもかなり有益ではなかったかと考え納得しておりました。

 この七輪の商売について椿井家も萬屋さんと同様になさりたいというのは判りますが、お武家様が商売に手を出すと碌なことにならないような気がします。あまり欲張らず、萬屋さんのようなしっかりした考えの商家をあと2~3軒引き込んで、そこを表にして商売されるのが良いと考えます。

 見れば、細江様はまだお若い。おそらく主様から色々と言われて奔走されているとは思いますが、商売をもう少し経験し勉強されてからになさっては、と敢えて言わせて頂きますよ」


 確かに初対面で交渉すると、このような話になってしまうのだろう。

 実際、御印の寄進については秋葉神社にすればノーリスクで無償ただのようなもの+宣伝という代物で、焜炉については契約の30文を10文に下げる、という話の中で敢えて七輪では40文払うと聞かされたのだから『こいつは商売のやり方を知らん』と思われたのも無理はない。

 だが、義兵衛としては何と思われようとも歩合での契約だけはしたくなかったので、何を言われようともこの結果で満足なのだ。

 想定した結果が得られるなら、物を知らぬ若造と思われても屁でもない。


「いろいろと便宜を図って頂き、またご指導下さいましてありがとうございます。今回交渉した内容については、後日椿井家と書面を交わして確認して頂くこととなります。また、卓上焜炉の御寄進料については、萬屋さんにも伝え、委託製造先ともそれで話をまとめたいと考えますので、よろしく御了解ください」


 最後に挨拶をし、試作の七輪を回収して交渉の場を後にした義兵衛だった。


大丸にある秋葉神社の御印を使うと、売り上げの5分という歩合になるので、これを見越して固定価格での交渉をまとめました。しかも、最初の想定50文より少し安い値段で。義兵衛万歳です。

この結果を持って深川へ戻って、というのが次話です。

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