深川・辰二郎工房での七輪試作品 <C2234>
2018年の大晦日です。江戸時代は、年末のこの日が借金清算の最終日です。借金の取立てで一日中ドタバタする日だったようです。
小説の中はまだ5月24日で、七輪の試作製造をお願いしていた深川・辰二郎さんの工房へ向う義兵衛なのです。
■安永7年(1778年)5月24日(太陽暦6月18日)
義兵衛は、115両分の小判・銀を袱紗に包み、それを懐に入れ、深川・辰二郎さんの工房へ向った。
前回からもう10日も経っているので、あの凄腕の土師職人であれば、見本はおろか製造ラインの原案まで出来上がっているに違いないと踏んでの訪問なのだ。
いずれにせよ、あまり日がない。
「辰二郎さん、義兵衛でございます」
工房の奥へ声を掛けると、横手から辰二郎さんが現れた。
「これはこれは、良いときに来られた。見本として丁度仕上がったものが6個ありますぞ。
しかし、これは本当に難しい仕事ですな。特に、練炭が入る大きさに厳しい制限があって、不出来なものも結構出てしまった。まあ、試作なので、この時点で量産を見込んで色々な確認をしたのも確かですけどな。
それで、先に頂いた練炭を使った試しも結構したので、練炭が品切れになっている。不足分を萬屋に頼もうかとも思ったが、今日来られると思っていたので待つことにしたのだよ。普通の大きさの練炭3個、薄厚練炭8個、強火力練炭が2個頂いており、全部使い切っているが、これだって無償のはずないよな。実際に試してみて、普通の木炭とは違う凄さが判りましたぞ。長時間もつ秘訣は空気の制御で説明されておりましたが、固めてある木炭の粉にも何か混ぜて長持ちさせる細工をされとりますな。これでも焼き物を扱っておるのである程度見当はつきますが、このことは、まあ他所で口にすることはありますまい。
長話はさておき、実物と量産の工夫を見てくださいよ」
流石に隠しておきたい製造上の秘密の一端に気づいたようだ。
辰二郎さんは義兵衛を工房の製造現場へ連れていった。
そこには、失敗したと思しき残骸が置かれているが、放置されている訳ではなく整然と並べられており、そして、そのどれにも書付がしてある。
「こいつらは全部失敗作でさあ。それでも何が悪くてどう失敗しているのかをきちんと突き止めるということをしなければ進歩はないのでな。失敗原因を色々考えて、複数の仮説をきちんと立てて、小片で済むものは失敗原因の再現と失敗しない対策を織り込んで試験するという地道な作業をここではするのでさあ。一見無駄に見える作業ですが、結局はそれが近道ということを最近の職人に叩き込むのは難儀なことと思っております。この残骸は、安定して生産ができるようになるまで、一定の歩留まりで物ができるようになるまで、ここでこうして恥じを晒しておくのでさあ。勿論、晒し終わった後で書付は回収して綴じておくのですがね」
こう説明しながら、愛おしいように残骸の一つ一つを指し示す。
この様子を見て、義兵衛は凄腕職人の辰二郎さんにめぐり合えた幸運を喜ぶのだった。
「さて、これが出来上がった試作品だ。むき出しのものを2個、外に安全な木枠を嵌めたものを4個こさえてあるぞ。
まず、むき出しの七輪をしかと見てくれぃ。
よく見ると、練炭が入る円筒部分と通気孔のある下部で継ぎ目が判るだろ。量産の最初の工夫がこれなのだ。
高い加工精度が要求される円筒部と、そうでない土台部分は分けて作り、焼き上げの段階で接合してある。外れないようにかみ合わせを入れて、つなぎ粘土で押さえ込んでいるのだ。
土台部分の通気孔は、平らな面にして金板を横滑りさせる構造に変えちまった。見本のように粘土板を使うと重くて壊れ易いのでな。だが、空気の通りや量は見本品のままにしてあるぞ」
義兵衛は手にとって仔細に調べる。
「さすがに辰二郎さんだ。これは工夫されている。円筒部の内側は結構滑らかだが、これはどうしたのでしょうか」
誇らしげに説明を続ける。
「おう、それはな、円筒部の歩留まりを上げるために考えた仕掛けよ。材料にした粘土だが、言われるように奥能登の『地の粉』を使った。ただ、実は漆喰を混ぜて嵩増ししてある。円筒部の外と内とで使う粘土に混ぜる漆喰の割合を変えてあって、内側の粘土は漆喰を多少大目に加えているのさ。そして焼き上げる前に収縮を見越して内径を荒削りをしておき、焼きあがった後に最小寸法に揃えるように擦り合わせるのでさあ。
この方法を思いつくのにかかった時間と、実際に収縮率の差を見極めるのにどれだけ見本を作ったか判らん位だ。
それで、実際に練炭を入れて試したが、具合がすこぶる良い。練炭の出し入れで内径が磨耗したり、練炭が出す高熱で焼けて脆く崩れることも少なくなっているはずだ。もっとも、強火力練炭は2個しかなかったので、耐久性まではまだきちんと計れておらんが、おそらく大丈夫だろう」
得意満面の笑みを浮かべている。
「それよりも、木枠もいいだろう。これはワシ独自の工夫だ。外殻を見せてもらったがこれと同じように、七輪をむき出しで使うより木枠の中に入れて使うほうが火の用心になる。木枠に底板があるので、畳敷きでも直置きしても問題ない。横は格子で組んであるので風通しはそのままだし、上面は五徳を載せやすくなる。強火力練炭を使った時でも木枠の側面自体は触っても大丈夫なんじゃないかと思うぞ。
こうすることで、七輪が多少熱くなり過ぎても大丈夫なので、使う粘土の量・特に値の張る『地の粉』の量を抑えることができた。
それから、この木枠であれば、積み上げることも容易い。木枠は一辺8寸、高さ1尺なので、一間四方5段積みで245個まとめて置くことができる。まあ、七輪を嵌めこむと重さはそれなりになるがな」
確かに保管場所のことまで頭が回っておらず、初回の1000個をどう置くのか考えてもいなかった。
まさか七輪をそのまま野積みしていくと、重量で破損する可能性もあったとは気付かなかった。辰二郎さんの経験から来る知恵の使い所に義兵衛は感心しきってしまった。
「ありがとうございます。このように色々な工夫を重ねて頂けると大変助かります。
それで、午後は秋葉神社に行き、七輪に押してある秋葉権現の印の了解を得ようと考えています。了解が得られたら、早速初回分の1000個を作って貰うお願いをするつもりで来ています」
義兵衛がそう話すと、辰二郎さんは思いもかけず神社とのことを説明し始めた。
「実は向島の秋葉神社とのことなのだが、卓上焜炉に押されている印のこともあって、どこでどう知ったのかは判らんが、この工房へ話が来ている。
最初は、寄進額の吊り上げ含みの話かと思ったが、実はそうではなかった。確かに寄進しているのは萬屋さんだからな。それで今、萬屋さんからの製造委託で作って卸している焜炉だが、その焜炉の足に押してある『日本橋萬屋謹製』の印を外した焜炉をワシの工房で作って卸してもらえないか、という問合せだった。
こちとらとしては、こんなに面白い仕事を、しかもタップリの儲けを載せて回してくれた萬屋さん、いや義兵衛さんへの義理もあるので返事は保留しているのだが、どうしたものかと考えているのだよ。
家から萬屋さんへの卸しは1個80文で、秋葉様への寄進は1個30文だろう。それを、萬屋さんは160文で小売する。萬屋さんは1個につき50文の利益、と、そこは卸値を知っているからこそ判る。
もし、この卓上焜炉を秋葉神社が同じ値で売り出したら、1個につき80文の利益が出るじゃろう。もっとも萬屋さんへ80文で卸していることは判って居らぬのだろうがな。
それで、秋葉様側からの伝言になるが『義理立てしていることは判るが、そこは萬屋さんからの寄進料を半分、いや3分の1に下げても良いので、この工房に製造委託したい』という話だったのだよ。工房を経営するワシとしては、寄進料を10文に下げさせて、代わりに内で作ったものを100~120文で秋葉神社へ卸すという話であれば双方の顔が立つと思うたのだが、どうかな」
ざっと考えても悪い話ではない。
萬屋は10~30文のアドバンテージがあるのだし、秋葉神社は焜炉を捌くだけで、燃料の小炭団を扱う訳でもなかろう。
他の薪炭問屋と組んで、小炭団モドキを組み合わせても利益が分散されるので問題は少ないだろう。
本番は秋口の七輪・練炭なのだから、これを材料に七輪への押印の寄進を下げさせるのも手だろうと考えた。
「それは良い考えと思います。もし、辰二郎さんの所さえ良ければ、その方向で秋葉神社と萬屋さんに交渉します。
これから、七輪の見本を持って秋葉神社へ参りますので、話し合いの結果は帰りに寄った時にお伝えします。
それから、何よりもこのような話を事前にお教え頂けたことを感謝致します」
そう言い残して、向島の秋葉神社・別当満願寺へ向った義兵衛だった。
辰二郎さんは耳よりな話を聞かせてくれました。
そして義兵衛は試作した七輪を手に、秋葉神社へ向います。
色々と交渉した内容が次話、2019年1月2日0時の予約投稿に設定されています。
皆様、よいお年をお迎えください。
(新年になってから読まれる方、失礼の段お許しください)




