座に加わる料亭が増えると <C2232>
この話が投稿されているのは2018年12月27日と、もう年の瀬です。
しかし話は5月(太陽暦で6月)で一向に進んでおらず、そして義兵衛さんの説明が続きます。
義兵衛は説明を続けた。
「料理番付による料亭の宣伝効果は大きく、興行により特定の料亭に注目が集まることは瓦版の売れ行きを見ても明らかです。
すると、どの料亭も座に加わろうとするでしょうが、料理番付に載せることができる料亭の数は120軒程度までなので、今は辛うじて掲載可能ですが、これ以上座に加わる料亭が増えると載せきれない状態になります。それで、次から直ぐに方法を変えるという訳にはいきませんが、先を見据えた方策案を提案します。私が不在のこともありますので、皆様で詳細を検討されれば良いかと思います。
提案の内容は地域毎の料理番付と、地域代表による料理番付の作成です。江戸市中を大きく、そうですね、3区分しましょう。隅田川より東の向島・深川といった地区、日本橋より南側で西は甲州街道より南側の地区、残る日本橋北側と浅草・本郷・小石川と甲州街道より北側の地区ぐらいでしょうか。甲州街道のところは、料亭の数を見て出入りしてよいかと思います。
それで、それぞれの地区に地区勧進元を置き、番付を作ります。そして、その幕内以上の料亭を集めた江戸市中総番付を作るのです。
この方法による利点は、座に加わる料亭数によらず番付を作れることです。料亭数が増えれば、地区割を見直せばよいですし、3地区にこだわる理由もありません。ただ、そうなった時は、向島地区では武蔵屋を勧進元にして秋葉神社の別当満願寺で、日本橋南―高輪地区では坂本を勧進元にして愛宕神社の別当円福寺で興行を打ってもらえれば大変助かります。もちろん、浅草地区は幸龍寺で地区の興行となります。
そして、各地区の代表を集めた興行は、もちろん幸龍寺で行う恰好とします。こうすると、地元の料亭を応援したい江戸っ子がこの代表興行に押し寄せることになると考えます」
なんのことはない、高校野球の甲子園方式の説明なのだ。
甲子園の地元高校は甲子園球場で地区予選を行えるのと同じことが浅草地区には言えるところまで同じなのだ。そして、競技ではつい地元を応援したくなるのは、充分期待できるのだ。
そして、義兵衛は今後の商売のことを考え、説明には卓上焜炉で馴染みのある秋葉神社・愛宕神社の別当寺をそれぞれちゃっかり組み込んでいる。
「地区割は、瓦版を売る都合も考えて頂けるのでしょうな」
瓦版の版元は義兵衛の提示した地区割について若干の異論があるようだ。
「もちろん、料亭の数や瓦版の売れ行き、料亭の客の動向なども重要です。一度決めてしまうと、分割することはできても再設定するのはとても困難を極めます。版元さんから見て『こうすればどうか』という意見があれば取り入れて擦り合わせしましょう。多分、目黒と内藤新宿、高輪の徒歩新宿などの発展著しい土地をどの地区にするか、ということかと思いますが、いかがでしょう」
「いやぁ、御見通しでしたか。数字で説明したほうが判りやすいかも知れませんので、次回持参致します」
「そういうことなら、座の登録料亭と未登録料亭の詳細な区割り情報もどこぞにあったはずじゃ。これも提供するので、皆で考えてみようではないか」
善四郎さんがそう発言して、地区分割の話は方向性が決まった。
だが、幸龍寺のお坊様が気にしているであろうことがまだ終わっていない。
「それで、興行ですが、師走と正月を除く毎月中ごろに開催するというのはどうでしょうか。基本年10回で1回につき異議申し立てした2料亭を早い者順に取り上げる方法です。地区での瓦版と全体の瓦版という2種類がありますが、3地区のそれぞれで20料亭をこなすと60料亭、全体で20料亭を捌けるので、80件までの異議をこなすことができます。これは今の感じでは相当な数です。もちろん異議が多い地区の料理比べは全体のところに持ってきても良いとすれば、調整の余地を作ることもできます」
幸龍寺のお坊様は確認の発言をする。
「すると、地区制を導入すると幸龍寺は師走と正月以外の月に2回興行が行われることになるのですね」
「はい。但しまだ地区番付の瓦版は出しておりませんので、次回はこのままとせざるを得ません。
従って、当面月1回という恰好になります。
毎月開催という案は皆さま、どうでしょうか」
「毎月開催として、地区制が導入されると月4回の瓦版発行ですぞ。この料理に関する興行は大変評判が良いので、是非続けて関与させて頂きたいのだが、結構負担になるので問題が大きいですぞ」
瓦版版元の悲鳴のような声が聞こえた。
「大変かも知れませんが、事業を拡大する良い機会と考えませんか。
料理専門の内容を扱う部署と、それ以外の部署を明確にすれば良いのです。また、地区にはそれぞれの地区の担当を作ればいいのです。一連の料理瓦版で大儲けをしている今なら、人を雇うことも支店を設けることも難しいことではないと思いますがどうですか」
「言われてみれば確かにそうですな。地区制を本格的に展開する前に、該当地区に出先を作ればよいのか。地区版はどうせその地区でしか売れないので、売り子も地区に特化して雇えばよいのだから、今回の興行前の瓦版と同じことですな。
それにしても、この興行のための瓦版は大儲けさせてもらいましたぞ。今までに経験したこともない程ですよ。なにせ、他の瓦版屋はこちらの後追いしかできん状況で、なおかつ又聞きでしょう。家の瓦版を見てしまうと、もう他所のところのものは読めませんがな。本当に最初に声掛けしてもらった萬屋さんと武蔵屋さんには感謝するばかりですわ。
ああ、もちろんこの料理比べの興業についても、これまた最初からお仲間内に入れて下さった八百膳さんにも感謝ですぞ」
版元さんは気を取り直したようだ。
千次郎さんは、かぶせるように割り込んだ。
「いや、この件は全部義兵衛さんの指図なのですよ。卓上焜炉を使った売り込みの実演販売するときに『版元を引き込んで瓦版にせよ』でしたかな。単に噂が広がるのをあてに、卓上焜炉と小炭団の商売をしようとしていた私達に『噂は広がるのではなく広げるのです』と一喝されたのが始まりなのです。今でも萬屋ではその時の驚きが語り草になっておりますぞ」
この話に佐柄木様はまた仰け反った。
「しかし、佐柄木様。このカラクリのことはこの場だけの話として下さいよ。もしこのことが外へ漏れて大事な知恵袋を取り上げられてしまうと、皆大弱りですからな」
話の先導役である千次郎さんまでが、こういった思い出話を始めては終わりが見えない。
「もうし、皆様方。まだ案の説明はあと少しあるので、続けても宜しいでしょうか。
この興行について、年10回も開催するのでは早晩飽きられてしまうのは目に見えております。そこで、飽きさせないように開催の都度に新しい工夫を重ねていくことが重要です。例えばという一つの例は、先日の別棟での宴会場でお坊様に説明いたしましたが、覚えておられればここで説明されてはいかがでしょうか」
義兵衛の指名により、お坊様が先日の話の内容を説明した。
「こういった工夫で中庭の人を満足させる工夫を教わりました。しかし、それ以上に驚いたのが、客殿に入れなかった人が、おそらく皆懐に100文持っていたであろうこと、これを弊寺で散財させることもできたのではないか、との指摘でございました。
この件、早速に上人様へ報告しましたところ『この興行には万難を排して寺を挙げて支援せよ』とのありがたいお言葉を頂いております」
「まずは私から興行を飽きさせないための手法を提案させて頂きましたが、他にも料理内容に季節毎の縛りを入れるとか、見ている方に受ける新しい仕組みを順次織り込んで、興行の高度化を図っていくように皆で知恵を出し合ってはいかがでしょうか。
あと、先ほども説明致しましたが、地区割りして代表を立てて応援するようにさせれば、愛着のある地元料亭を贔屓にしようという機運が産まれて、多少長い期間に渡って興行を盛り上げることができます」
義兵衛としては言いたいことを言ってしまい、寄り合いはこの後それぞれの細かい検討に入った。
方向さえ決まれば、後はもう余り言うこともせず、時々求めに応じての受け答え程度で、後は千次郎さんに任せ、この日は終わってしまったのだ。
結局興行イベントは皆で考えるしかありません。
これからは義兵衛抜きで興行を考えるようにしていかなければならないのです。
次話は、いよいよ七輪の話となります。




