異議申し立てする料亭数を考える <C2231>
2018年クリスマスの日の投稿でございます。
皆から案を求められる義兵衛ですが、やはりこれに応えてしまうのです。
興行開催の契機、同時審査対象の料亭数などについて意見が色々と出される中、まとまらない基本案を求めて義兵衛に視線が集まっている。
こうなってしまうと義兵衛は迂闊に意見を述べることができなくなってしまうのだ。
そこで、まず不足している情報を補うことから始めた。
「善四郎さん、料理番付はどれ位の料亭が載せられるのでしょうか。そしてどれ位の間隔で出す予定なのでしょうか」
「そうさな、少なければ今回の48料亭、うんと増やせば120料亭位までなら載せられる。
発行は年1~2回、春先を基本として秋口に補正版という感じだな。ただ、今回の48料亭番付は最初の座立ち上げの所しか入っていないので、近々120料亭版を出すしかないと考えている。東西各60料亭を5段組で並べるといった感じで考えている」
座に入っている料亭の数が今丁度120軒位なので、今なら料理番付ギリギリといった軒数だ。
ただ、先のことを考えると今から枠組みを作ることを考えておいてもいいのかも知れない。
義兵衛は頭の中で竹森氏と相談して意見を貰うため、あえてゆっくりと説明を始めた。
「こういった考えはどうでしょうか。興行の流れをとらえて、それぞれの部分に手を加えていくのです。
まず、興行の入り口から順番に考えましょう。
『番付に対して異議を申し立てる件数が多くなる』から興行数の限度がなくなる、ということについては、興行をせねばならなくなる申し立て件数を減らすべく、ある程度の障壁を設ければ良いと考えます。
障壁の一案として、例えば異議申し立て金という制度をつくれば良いと考えます。そうですね、実際に興行にかかる費用の半分とまでは酷ですから、定額で10両(=100万円相当)ほど座に入れなければならない、というような規則はどうでしょう。
そうすると、宣伝・売名のための異議申し立ては減るでしょう。障壁の高さは金額によりますので、ここいらは実際の料亭主人の感覚で決めたほうがいいでしょうか。番付によって金額を変える、例えば幕内は20両、三段目は5両とかに設定することで、儲かっていない料亭が異議申し立てしたいのにできない、という事態を多少緩和することができます。
また、審査興行の結果、順位変動で昇格した場合は『異議申し立て金の半分を返却する』とか、『定額を奨励金として座が出す』という施策を取ると、料理に対する工夫が一層進むことになるでしょう。この結果として、善四郎さんが思われている『料理の高度化』に大きく寄与できるのではと考えます」
この意見に千次郎さんは大きく賛同を表明した。
「確かに、料亭は慈善事業している訳ではないので、異議申し立てを損得勘定に訴える訳ですか。それは納得いく話です」
善四郎さんも、低順位の料亭でも新しい料理の発展に寄与できる方策が入っていることに満足しているようだ。
しかし、入り口だけの案ではなく、その次もあるのだった。
「それから、今回は異議を申し立てた料亭の前後の順位の料亭を、座の事務局が選びました。このため1件の申請で3軒の料亭の料理が並びました。3件の申請で9料亭の膳を用意するというハメになり、結構混乱したのではないでしょうか。
『番付の正しさを客観的に見せるため、順位前後の料亭に料理を出してもらい比較対象とする』という方策は、番付をした側としては妥当でしょうが、これを見る側からしたらどうでしょうか。
興行としての興味・面白さは順位通りではなく下位の料亭が上位の料亭を打ち負かすところにあります。実際、この料理比べに合わせ、店で出す膳の中身をうんと研鑽された料亭ばかりだった、という認識です。
そこで、番付に異議を申し立てた料亭には、比較する上位の料亭を指名するという特権を与えます。まあ『番付では下に見られているが、家の料理は、あそこの料亭には勝っているはずだ』を言ってもらうのです。申し立て金を払う位ですから、そこそこの自信はあるでしょう。ただ、団栗の背比べでは面白くありませんから、上位は段違いのところ、例えば序二段であれば三段目とか、三段目であれば幕内、幕内であれば三役とか、勝てば金星というところの指名を規則としましょう。
これも、申請を減らす敷居の一つにできます。
そうすると、客殿で準備する料亭の数が、例えば今回の場合ですと9軒から6軒と、3分の2に減らすことができます。その分、裏方も混乱せずに済みますし、何より1対1の比較ですから審査する行司の方も楽になります」
この意見に瓦版の版元は賛同した。
「確かに、これなら瓦版に載せやすいし、見るほうも判りやすい。勝てば金星ですか。店としては良い宣伝になりますし、町民は皆、興味を持って瓦版を買ってくださいますな。番付通りとしても、敗因の解説も付け易いし、下位側が負けてもあからさまに不名誉とはならない。これは実に上手い工夫です」
頭の中では、売り子が謡う文句が流れ始めているようで、満面の笑みを浮かべてゆらゆらしている。
善四郎さんはちょっと首を捻った。
「それでは、例えば小結の日本橋・百川さんがこの八百膳に勝負を挑むということもあるのか。もし、八百膳が負けるとどうなるのかな」
日本橋・浮世小路の百川は、最近できた所でありながら俄然力をつけてきた料亭で、善四郎さんがかなり意識している店なのだ。
※ちなみに、この百川という料亭は日本橋・室町の福徳神社の近くにあって、明治の初めに忽然と姿を消した店ですが、文化文政(1804~30)期に最盛期を向え、松平定信様も贔屓にされていた店だそうです。
そして、二回目の黒船来航時(1854)にはペリー一行をもてなすため、幕府は百川に最高級の懐石料理を300人前も用意(実際にはこれに控え分として200人前を加える)させたほどの店であったそうです。(筆者注)
「行司の八百膳さんと肩を並べるほど百川さんは凄いのですか。それは一度食べに行ってみる価値がありますな。役所にも近いし、これはいいことを聞きました」
戸塚様が思わず口を挟んだ。
「これは面白い。この勝負ができると江戸中の話題になること間違いなしですな。百川さんに頼んで勝負をしかけてもらいましょうか」
瓦版の版元は面白いネタを見つけたとばかりにたたみ掛ける。
これを繰り返していれば、話が一向に進まないで義兵衛と竹森が密かに検討する時間が稼げる。
「皆さん、色々と言いたい場面であることは判りますが、まずは義兵衛さんの意見を最後まで聞きましょうよ」
だが、仕切っている千次郎さんが話の軌道を元へ戻した。
この一向に進まない状態の間に、竹森氏は必死で考えた案を義兵衛に伝えているので、貴重な間ではあったのだが、早くも入り口の次の策を求められてしまったのだ。
こういった風景を目の当たりにした佐柄木様は、茫然とした表情で呟いている。
「これは、これは。
皆、細江殿の意見に同調しているではないか。
細江殿にしてみれば、赤子の手を捻るようなもの、ということなのか。
一体どうやって、こんなに案がポンポンと飛び出すのか、実に不思議な光景を見せてもらっておる。
この様子は、是非とも御殿様(=寺社奉行・太田備後守様)に伝えねばならん」
確かに16歳に過ぎない義兵衛を取り囲んで、何人ものいい年をした大人が聞き入って頷いているのだ。
寺社奉行に変なフラグが立ってしまったようだ。
「さて次に、この興行の要となっている料理番付のことから考えましょう」
千次郎さんの進行により、義兵衛は皆に説明を続けた。
なにやら寺社奉行家臣・佐柄木様が変な具合ですが、お見逃しください。
次話は義兵衛さんからの提案説明、の予定ですが......




