興行の行方 <C2230>
行司の分配が変化することに対し異議を申し立てる善四郎さんに、皆対案を出せずにいます。義兵衛はある提案をします。
料亭の順位付けをする行司の中で、確たる味覚と信念を持つ料亭主人が7人から3人と少数派になることで、投票で得られる結果が料亭の実力を現すものにならないのでは、という疑問に誰も答えられないでいた。
皆黙り込んで気まずい空気になる中、各行司の審査結果を確認していた義兵衛は頭の中で暗算し、説明する内容の確証を得た。
「一つ簡単な方法があります。料亭の持つ料理の実力を正しく判断できる料亭主人3人の判断を加重すれば良いのです。
一位の料亭には9個の碁石、最下位の料亭は1個の碁石を入れ、最終的に碁石の数が多い順に順位をつけていましたよね。
料亭主人の票だけ3倍にします。具体的には、八百膳さん、坂本さん、武蔵屋さんの判定結果については、一位の料亭には27個の碁石、最下位の料亭には3個の碁石を入れます。
行司は10人ですが、票は16人分ということです。料亭側が9票持ち、それ以外が7票ですので、実力以外の要因による結果の振れを押さえ込むことができます。
善四郎さん、この方法でどうでしょう」
シミュレーションで武家・商家の票を3倍にしたのだから、料亭の票も3倍にすれば同じ結果が出るのは当然のことなのだ。
義兵衛の説明を聞いて皆驚いており、問いを投げかけた善四郎さんも首を縦に振って賛同の意を示していた。
「しかし、それでは面白みに欠けるのではないのかな。瓦版にした時に『順位が番付と変わらない』ということでは、話題になり難いし、料亭も評判にならない。何か良い方法はないのだろうか」
瓦版の版元が興業結果を反映した紙面のことを心配している。
「それであれば、こういった方法はどうでしょう。
料亭側でない7人については、順位を付けるのではなく、得点を与えるという方法です。対象が9料亭なら1位9個から最下位1個の碁石を持っていますよね。全部で45個の碁石ですが、45個を9料亭に任意に割り付けて良いとするのです。どの料理も同じと思えば5個均等に割り振れば良いし、1料亭が抜きん出ていると思えば37個をその料亭に付け、残りの8料亭には各1個割り付けるという具合です。
これなら同じ位という時に同じ個数の碁石を割り付ければいいので、行司の苦心は減りますし、集計の結果ある程度の順位変動や同順位というこれまでにない発表もでき話題も作れます」
義兵衛の説明に、この寄り合いでは一番新参となっている佐柄木様が声を上げた。
「細江殿。確か先日の幸龍寺・別棟で、こちらのお坊様にも知恵を授けておられましたな。その折には目聡い者が居るという風に見ておりましたが、難問に斯くも簡単に解決策を提示されるとは、この佐柄木、誠に驚かされましたぞ」
他の面々は、様々な場面で義兵衛がアイデアを出して難局を乗り切っていく事に慣れっこになってしまっているのだが、初見参の佐柄木様は新鮮な目で見るだけに異様に見えているようだ。
「佐柄木様、この程度のことでは特に驚くようなことではございませんよ。
義兵衛さんは萬屋で売り出されている卓上焜炉や小炭団を作り出した方で、日本橋・坂本のしゃぶしゃぶ料理や向島・武蔵屋のどじょう鍋を考案され、また瓦版版元を引き込んで一連の料理番付を作らせたり、今回の興行を発案したりしているのですよ」
加登屋さんはそう言うと、佐柄木様を横へ引っ張り込んで小声でこれまでの経緯をざっと説明している様だ。
話を聞くにつれ、佐柄木様はあんぐりと口をあけて驚きを重ねる表情に変わっていった。
「それで、義兵衛さんの目的は実は別なところにあって、こういった一連の発案で目立つとその目的を果たすのが難しくなるという理由で、萬屋さんや八百膳さんが表に出る格好にしておるのですよ。斯く言うワシも、恩恵を被っておる中の一人で、助っ人の凄腕料理人と言われておりますが、実態は義兵衛さんにそう仕立てあげられているだけなのです。まあ、ここに集まった皆はもうすっかり判っていることなのですがな。
その義兵衛さんの目的については、義兵衛さんが手空きの時に直接聞いてくだされ。そして、今話したことはここだけのこととして、決して漏らさぬように配慮してくだされ」
加登屋さんの説明に、佐柄木様は驚きを越えてあきれてしまっていたのだった。
そういった横での話とは別に、千次郎さんが話を先へ進めている。
「仕出し料理番付に異議を申し立てた3料亭を審査するため、全部で9軒の料亭から仕出し料理を披露してもらったが、全部で結構な膳数となってしまった。この点について、対策を考えたいので、皆から意見をもらいたい」
幸龍寺のお坊さんが意見を述べ始めた。
「料亭から番付の異議の申し出が出る都度、その料亭と前後の番付の料亭から取り寄せた仕出し膳で審査すれば良いのではないですか。
幸龍寺としては、今回の興行の成功は大変嬉しく思っており、何度でも開催して頂ければと考えております。客殿の使用料についても『料理比べの興行に関しては、客殿の利用料などは多少安くしても良いので、是非幸龍寺で継続的に行ってもらいたい』と、寺の上人から言付かっております。興行を担当しております拙僧も、この催しについては寺としてまだまだ手を入れる余地もあり、色々と便宜を図っていきたいと考えております」
どうやら先日の『中庭で90両が遊んでいた』と言う示唆が効いているのか、お寺のトップに掛け合った様だ。
客殿の外は寺の管轄であり、人気が出て大勢の参詣客で溢れるのは良いことと思うのは当然だし、そこから幸龍寺が利益を得ようとするのは悪い評判が出ない限り問題はない。
「ただ、瓦版で料亭の名前がこのように宣伝されることになると、仕出し膳の座に参加している料亭はこぞってこの興行に出ようとして、番付に異議を申し出るのではないかな。
今回は48料亭の番付だったが、今や座は100軒を越えており、新たに座に加わりたいという申し出もどんどん増えてきておりますぞ。次回の番付は150軒程の料亭を並べることになりましょう。それぞれが、異議を唱え始めると旬日(10日)毎に料理比べしても追いつきませんぞ。年に30~40軒という数では収まる訳がない」
仕出し膳の座長を務める善四郎さんは、数の暴力ということを実感しているに違いなく、都度開催ということには難色を示す。
「それは、同じですな。10日毎に料理比べを行うと、瓦版は事前・事後の2種類で切れ目なく出し続けることになります。最初は面白がって読む人も居りましょうが、2~3ヶ月続けたところで、苦労した割りには、という結果になりそうですぞ。あまり頻繁に同じような興行を行うと顰蹙を買いますぞ」
瓦版の版元さんも都度開催に対して否定的な意見を述べた。
そして人目を引く興行をどれほど続けられるか、という根本的な問題を提示しているのだ。
皆がそれぞれ意見を言ううちに、最初ちら見程度だった視線が、だんだん義兵衛に集まってきた。
『さあ、ここいらでどうすればいいのかを教えてくださいよ』
声無き声が義兵衛に聞こえてくる。
料理番付に異議を出す所から料理比べの興行が始まります。多くの異議が出るとどうなるか、興行をどうするのか、で紛糾し始めます。そこで再び義兵衛に答えを求め始める、というのが次話です。




