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曲淵様からの指図 <C2228>

神託を信じることができるか、という所から始まります。


「そちの言う神託通りにことが起こる、ということは大いに疑問である」


 曲淵様の述べた疑問はもっともなことなのだ。

 竹森氏が義兵衛に憑依した時に、真っ先に大飢饉のことを持ち出さなかったのも、言うことに疑問を発されたときに証明する手段がなかったからなのだ。

 なので、義兵衛は人物として信用できるとみなされる者になろうとして、他人とは違う視点を持って一所懸命働き、明らかに常ならぬ成果を上げたうえで、その成果が神託に等しい未来知識に起因することを納得してもらう、というスタイルでここまで来ている。

 平たく言えば、まず信頼に値する人物という印象を植えつけ、その人が言うことなら多少途方もないことだが信じよう、という形にする方針で地道に励んでやっとここまで来ているのだ。

 しかし、今の曲淵様の中では初お目見えに近い旗本家の三男坊でしかない甲三郎様という人物への信頼感はまだ形成されていない。

 更には、たとえ戸塚様の肝要りであったとしても、つい先頃まで農家の次男坊であった義兵衛に至っては信頼感どころの話ではないのだろう。

 しかも、巫女の神託としての説明だけをしているため、義兵衛の成果をもって納得させることは意外に難しいのだ。


「里に居る巫女の神託が正しいことを証明できれば良いのですが、外れのない天変地異が丁度良い頃にはございません。

 一番近くに起きると言われているものが、天明2年、いや安永11年7月に起きた江戸城の櫓が破損するような少し大き目の地震です。しかし、これを待っていてはその前に起きることを防げませんし、後に起きることへの対策が手遅れになります。

 なので、私としては巫女の言う神託をただただ信じているとしか言いようがありません」


「それでは、何故ゆえに奉行まで話を持ち込むほどに、その巫女の申す神託を信じておるのじゃ。この4人しか居らぬ場であるゆえ、人の生死に関する不吉な話も許しておるが、下手をすると即刻牢屋入りともなる話をこの奉行所へ持ち込んでおるのじゃぞ。」


 曲淵様の指摘の通りなのだ。

 甲三郎様は絶句したまま、声を出せないようだ。

 そこで義兵衛が代わって説明を始めた。


「申し上げます。それは、私にも時々その神様の指図する声が聞こえるからでございます。巫女はもっと頻繁にやりとり、いえ話が出来るように聞いておりますが、私には本当に必要な時に突然『何をせよ』『何はするな』だけが聞こえて参ります。

 経緯はお聞きでしょうが、練炭・七輪の考案から卓上焜炉・小炭団に始まる一連の料理興業まで、その大枠の声に従ってこのような状況に至っております。指図に従った働きを存分にすることで多大な利益があがり、その結果として、私の行動が御殿様から里のため・椿井家の為になっているということで、信頼されるようになりました。そしてその行動の元である神様の声と、それと内容をいつにする巫女の神託が信頼されるようになった、ということでございます。

 私には最終的な目標として『近々未曾有の大飢饉がこの国に迫ってきているが、その折に村人が餓え死ぬことがないようにする』という言葉が神様から与えられており、そのため時々お導きの声があったと認識しております。

 巫女の使命も似たようなものと思っておりましたが、飢饉以外の大事も含まれておりますゆえ、内容をお伝えするのが良いと考え、このような仕儀に至っております」


 横目で甲三郎様を見ると、あからさまにホッとした表情をしていた。

 昼頃に奉行所に来ていたはずだが、かなり時間が経ってしまっており、日が長い時期であるにもかかわらずもう夕刻となっている。

 曲淵様は、しばらく腕を組み考え込んでいたが、やがて口を開いた。


「義兵衛には時折その神様からの声・神託が聞こえたということか。それに従って、いろいろとことを運んでおったのじゃな。

 常軌を逸した繁栄ぶりについて、おおよそのところは判った。

 いろいろと工夫した手柄をおのれのものとしなかった背景に『神託の通り動いていたに過ぎない』という思いがあったこと、色々考え合わせると納得するところじゃ。その心掛けは天晴れであるが、やはりまだ釈然としない点もある。

 それから、この系図は非常に危ないものである故、ワシが預かっておく。

 また、今日聞いた話の中身は、判って居るとは思うが決して人に語ってはならない。

 今日この場で聞いた神託については確たる証拠もない故、確実に起きると信じるには足らない。いや、必要とされる方へ信じるに足る神託であることを説得する材料に欠けるというべきであろうな。それゆえ、まだ田沼様への報告については保留し、この胸の内に留めておこう。

 ところで、神託を受けることができる巫女は、里以外でも、いや、この江戸でも神託を得ることはできるのか。また、神様の依代は巫女の近くに置く必要はあるのか」


「まず、依代となっている神像は神社側で何をされるか判らないため、館に引き取り祭っておりますが、巫女と離れた状態で神託を得ることができるかどうかは試したことがありませんので判りかねます。神像と一緒に江戸に来るということであれば、多分問題無く、今までと同様に神託を受けることができるのではないかと思いますが、こればかりは定かではありません」


 甲三郎様が答えたが、あくまでも依代に神様がいる前提だとすると妥当な答えに違いない。

 しかし、曲淵様が聞いた狙いは『巫女を連れて来い』ということに違いない。

 果たして、曲淵様が指示した。


「それでは、その巫女についてワシが直々に問うことにしたい。今月は当番ゆえ時間に余裕がないので、10日後の6月1日の朝にこの奉行所に巫女を連れてまいれ。また里にある依代は、江戸の屋敷に移せばよかろう。

 そこでワシが吟味した結果で、ことの真偽を判断し、内容によっては田沼様に相談することとしたい。

 くれぐれも内密にことを運ぶよう心がけよ」


 この言葉で会談は終わり、甲三郎様と義兵衛は戸塚様に案内されて北町奉行所を退出した。


「これは難しいことになったのぉ」


 屋敷までの帰り道、周囲に人がいないことを確認しながら甲三郎様がポツリと言った。


「いささか急ぎ過ぎたのではないでしょうか。江戸患いだけであれば、強く注意喚起することで済ませられたかと思いますが、田沼様のことを話されたのでは、どうにも考えようがなかったのではと思います。

 御奉行様もご老中に報告せねばならない立場です。取り上げることも、無視することもできない話で御座いますから、その大元おおもとを見定めたいというのも理解できるところです。

 往来での話は難しいので、屋敷で御殿様と紳一郎様を交えてご相談されるべきかと思います」


「しかし、屋敷はかえって機密保持が難しい。殿や紳一郎には伏せておることもあるのでな。

 それに、往来であれば聞き取る者の有無は見えるであろう。屋敷では襖の陰や床下・屋根裏に誰ぞおって聞き耳を立てておることもあるぞ」


「それでは、今日の会談の中で『里から富美さんを江戸に連れて来い』と指図されたことだけご相談されてはいかがでしょう」


 路上での会話はそれで終わり、あとは屋敷についてから御殿様に御奉行様からの指図についての報告となった。


「それでは、義兵衛は26日にでも一度里に戻り、5月30日に甲三郎様の供をして一緒に富美を連れて来れば良い。

 里では、練炭の生産状況など、懸念することも多かろう。それらの問題を少しでも解決してくるのじゃぞ」


 話を聞き終えた屋敷では紳一郎様がこう裁定し、その言葉に御殿様は鷹揚に頷いたのだった。


ビッチリとスケジュールが埋まってしまっている義兵衛です。

次話は、翌日に八百膳で行われる次回興行に向けての寄り合いとなります。


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