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神託の内容説明を始めると <C2225>

ローカルな相談とはいえ、幕府政治の要石の一つである町奉行との話が始まります。

 呉服橋御門内の北町奉行所内にある曲渕様の私邸の座敷に通され、そこで暫く待っていると同心・戸塚様に先導されて曲淵様が座敷へ入ってきた。

 平身低頭する甲三郎様と義兵衛に向かい、声をかけてきた。


「昨日、多少の話は聞いておる。ワシは今月が当番月のため、公儀の途中休みである今しか時間が取れない。大凡のところは同心・戸塚より聞いておるので、重要なところだけ話をしてもらいたい」


 確かに表の役所から私邸に回ってきて直ぐこちらの座敷に来たようだ。

 本来なら昼食を取る時間を割いてくれているに違いない。


「では、4年後から7年間に渡り大飢饉がこの国を襲うという神託があることはすでにお耳に達しておると思います。

 14年前にこの神託をのたまった巫女を里の館で金40両にて身請けする形で押さえました。事情を確認しましたところ、ずっと先の世から来た神様が里に近い高石神社のとある神像を依代として降り立ち、そこに住まう巫女の口を通してこの災いに備えるように語ったとのことでございます。

 ちなみにこの神像についても里の館にて押えております。

 その神様ですが、巫女の神託にて事態が何も変わらぬことに窮したのか、ついこの春先にここに控えて居る義兵衛の所へ別に神託を下し知恵を授けられたのです。それに従い里の者を集めて木炭の加工をし販売をして得られた利益でもって里が飢饉にならぬように勤めておった、ということまでが判明しております。

 なお、巫女は飢饉の神託以外にも口外できぬ重大な神託をいくつか宣まわっております。どこまで確かなのかはしかと判りませぬが、人の消息にもかかわる重大事ゆえ、これを秘するのも間違いと思い、これは是非ともお知らせせねばと考えた次第で御座います」


 どうやら、来年以降の人の生死にかかわることを明かす決意を固めたようだ。

 座敷は微妙な空気に包まれた。


「戸塚、回りの部屋で人払いされていることを確認せよ。また、近寄らせぬよう注意してまいれ」


 しばらくして戸塚様は戻ってきた。


「床下までは検めておりませんが、問題はございません」


「うむ、甲三郎。もそっと近こう寄って、小声にて教えよ」


 甲三郎様は曲淵様の顔近くまでにじり寄った。


「恐れながら申し上げます。まず、巫女が申すには、来年・安永8年に極めて重要な方が亡くなるとの神託があるそうです。

 順に申し上げますと、2月に将軍家権大納言(徳川家基)様、7月に老中の松平右近将監(松平武元)様、10月に京に居られる天子(後桃園天皇)様でございます」


たばかるではない!」


 いきなり曲淵様は鬼のような形相になり、大きな声を出した。


「そのような恐ろしいこと、あるはずもない。いや、あってはならない。また、そのような縁起の悪いことは口にしてはならんぞ」


『いやぁ、その通りかも知れませんが、それでは対策の立てようもないじゃないですか。せめておおやけの場では言えないけど、こういった私の場では話くらい許してもらわないと先へ進めませんよ』


 義兵衛は少し引いた感覚で曲淵様の様子を観察していた。

 曲淵様は、甲三郎様からの話を聞いた直後は瞬間的に沸騰した状態になったが、やがて落ち着いた様子で戸塚様に指示した。


「戸塚、今日はもう体調不良で公務は休みじゃ。表に行ってその旨を伝えて来い。午後の予定は全て先送りで良い。それから、家老にこの座敷近辺の部屋に人を入れぬよう張り番を配置するよう申し付けてこい。急ぎ処置せよ」


 戸塚様が座敷を飛び出していくと、曲淵様は甲三郎様に小声で謝るのが聞こえた。


「大きな声で突然怒鳴って申し訳ない。神託の中身を教えよと言ったにもかかわらず、思わず反したことを言ってしもうた。

 神託の中身があまりにもであったため、心が追いついておらんかった。ことの大きさは判った故、人払いを徹底させておる所じゃ。確かに飢饉所ではない話ゆえ、場が整うまで暫し待ってもらいたい」


 間もなく戸塚様が戻ってきた。


「ご指示通りに済ませて参りました」


「うむ、それから判っておるかと思うが、ここでこれから話されることは、寝言と言えども口にしてはならぬぞ。良いな」


「その件でございますが、椿井家の中や関係する所、例えば萬屋などでは多少なりとも知るものが居るのではないのでしょうか。奉行所内で知ることになるのは御奉行様と私のみでございますが、今日までの成り行きで先程小声で申されたことを知るものが居るかどうか確かめたほうが良いのではございませんか」


 戸塚様が、内容が内容だけに慎重になっているのが良く判る。

 ひょっとすると、戸塚様は同心の中の最高格に位置づけられる隠密廻りなのかも知れないと思った。

 曲淵様の指図を待たずに甲三郎様がこの件についての説明を始めた。


「大飢饉と浅間山噴火の件は、知行地の主だった名主と萬屋の経営陣は知っておりますが、先程の人の生死について知る者は、兄である椿井庚太郎、里の家臣・細江泰兵衛、ここにおる義兵衛とその実父の伊藤百太郎、巫女の富美の6名に御座います。それ以外の者は知りませんし、内容は己が命にかかわる重大事という認識をしっかりとしておりますので、他言されるようなことはございません。先の件以外にも、このまま推移すると起こりえる大事おおごとの神託を聞いておりますので、それをここでつまびらかにさせて頂きたいと考えております」


「よし、判った。では話してみよ。但し小声でな」


 ここで義兵衛が割り込んだ。


「大変恐縮ではありますが、神託自体について事前に申し上げねばならぬことが御座います。先にご説明させて頂いて宜しいでしょうか」


 曲淵様は頷いた。


「巫女である富美が述べた神託には、人の手ではどうしようもない地震や冷夏などの天災と、場合によっては避けることができる人災とがございます。人の生死は寿命などの避けられないものもございますが、事故などは予め知っていれば避けることが可能です。ただ、この人災は起きたことの因果で次の人災がおき得るという側面があるため、最初の事故を首尾よく避けたため以降の神託が外れる・時期が前後するという結果になる可能性があることは充分お含みおきください」


「つまり、事故による不幸が予見されていて、それを回避すると次の神託の中身が意味をなさなくなることもある、ということじゃな」


「はい、巫女はそのように申しております」


 甲三郎様は義兵衛に代わって応えた。

 曲淵様が納得したのを見定めてから、甲三郎様は小声で説明を始めた。


「では、まず天災の神託からご説明します。大きくは、地震・洪水・噴火となります。

 来年12月に天子様が崩御なされ、その結果、辛丑かのとうしの年に元号が安永10年から天明元年になります。

 しかし、天明の元号に切り替えて使うより、安永の年号を使ったほうが判りやすいので、それを使って時期をご説明します。

 まず、安永11年7月に江戸城の櫓が破損するような少し大き目の地震が来ます。

 そして、安永12年から冷夏による不作が主に奥州一帯で発生します。この不作が何年も続いた結果、仙台からの米が江戸に入ってこなくなり、江戸市中で買える米価格が安永15年には高騰し、米を買えなくなった江戸市中の町人や市中へ流入していた農民などが商家に対する打ち壊しを引き起こすなどの事件が発生します。

 安永12年7月に上州吾妻郡にある浅間山が大噴火し、江戸市中にも火山灰を降らせます。

 安永15年に長雨から洪水が発生し、江戸市中は水害をこうむります。それにより、大きな新田の開発が失敗します。

 おおむねこういった天災が発生すると聞いております」


 まずは、無難な天災の説明を終えたのだ。


下手すると即刻打ち首になってしまいそうな話をスルッとしてしまう甲三郎様でした。

ただ、それを受ける曲淵様もしたたかで、驚きながらも色々聞きだそうとしているのです。

次話は、人災相当の神託を説明し始めます。

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