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別棟での宴会 <C2223>

料理比べの感想会となります。

 義兵衛は浅草・幸龍寺の客殿での用を終え、別棟の宴会場に向った。

 宴会場では、9軒の料亭から試合に出されたものと同じ新しい仕出し膳、但し本来の器に盛られた料理、9膳を挟んで、9人の料亭主人と八百膳・善四郎さんを除いた9人の行司役が対峙していた。

 その列を左右に挟み込む格好で目付役が5人ずつ並んで座り、その前には大関・関脇・小結に位置する料亭からの仕出し膳が並べてある。

 丁度、各行司から今回の仕出し膳についての感想を述べているところだった。

 宴会上の隅では瓦版屋達が一生懸命感想を筆記し、瓦版の元ネタ集めをしている。


「三段目の3料亭は卓上焜炉を使った膳ではなかったので比較的簡単にそれと判別できたが、十両・幕下はちと厄介じゃった。

 特に両国・草加屋が出してきた蒸籠せいろ料理は見事だった。焚く・煮る・炙るといった調理はあったが、仕出し膳で蒸す料理というのは初めてではないのか。これが番付では幕下でありながら十両の柳橋町・かめ清を上回る支持を得た要因ではないかな」


 行司を務めた南町奉行・牧野様がこう述べると、小結の日本橋浮世小路・百川の主人が反論した。


「確かに両国・草加屋の焜炉を使った蒸籠料理は目新しいものではありますが、料理としてまだまだ完成されたものではありません。そういったものをお客に出すというのは如何なものかと思いました。仕出し膳の座を立ち上げた時、炙り料理を加登屋さんから紹介頂きましたが、その折に加登屋さんは『これはまだ基本』と仰られました。今回頂いたものは、蒸すという基本を示されただけのものかと思います。私は、やはり幕下相当かと思いましたよ」


 この発言に、両国・草加屋主人は頭を掻きながら釈明する。


「百川さんの主人が仰る通りです。この料理比べで異議を申し立てた茅場町・立三河さんとの対決ということで、必死で料理方法を考え、この料理比べのために編み出そうとしたものです。やっと数日前から店に出したものではあり、こなれていないとのご指摘はもっともです。ただ、加登屋さんが炙るという料理を広く示され『炙り』の発案の栄誉を受けたように、草加屋も『蒸す』を発案した栄誉を受ける良い機会と捉えております」


 別棟の宴会場では、こういった会話が広がり、実際に膳の前で料理を突きながら話を弾ませていた。

 目付役は直接料理を食していないので、これを機に料亭主人の前に並んだ仕出し膳に突撃を始めている。

 各自の順位結果を公表し、行司毎の結果については瓦版にしないと説明すると、行司役の小結・島村さんが話始めた。


「流石に、勧進元の八百膳さん、両大関に成っている武蔵屋さん・坂本さんは、番付け通りの順番でございましたな。どれがどの料亭のものかお判りだったのでしょう。もう、お見事としか言いようはありません。

 私は行司役という大役を仰せつかってから、この9料亭の味を舌に焼き付けようと何度も食べに伺いましたよ。勿論仕出し膳も取り、それぞれの料亭の番付を間違えないようにしようと必死でした。料亭の主人ですから、それ位の味覚に対する繊細さは持っているつもりでした。しかし、実際に臨んでみたら、確実に判ったのは三段目の3料亭だけで、あとは勘でエイヤとばかりに決めるしかありませんでした。

 この料理比べは行司の味覚、いや私の味覚を試されるというおもむきもあると思うと、実に厳しかったですよ。私の評価結果が直に出ないということで、少し安心しました」


 行司の名前こそ出さないが、酒の勢いか、各自瓦版の格好のネタを提供しているようだ。

 向島で卓上焜炉料理で競合関係にあった関脇の平石と大七も、番付け上は格下であるはずの十両が出してきた料理についての脅威をひしひしと感じたようで、松村町・酔月櫻の主人と差し向かいになりながら、お互いにどうやってこの味を再現しようかなど小声で相談している。

 その内に審査された側の亀戸町・巴屋の主人が異を唱え始めた。


「しかし、普段店に出していなかった仕出し膳をいきなりこの場で披露するのはいかがなものか。草加屋は失格ではないのか」


「まあ、数日前から店では出していた、という話ですし、ここは蒸気を使って食べ物を調理する・温かさを保つという新機軸に免じて一敗に甘んじようではありませんか。要はいいものは自分のところに取り込めばいいのですよ」


 柳橋町・かめ清の主人が負けたにもかかわらず、同じく負けた巴屋主人を慰めている。

 そういった喧騒の中で、義兵衛が御殿様を探すと、隣同士に座っている曲淵様と小声で話し込んでいる。

 二人の間に身分・身代の差はあるが、こちらもどうやら思惑通りに進んでいるようである。

 全体状況を歩き回って見渡していると、幸龍寺で興業を担当されているお坊様が寺社奉行家臣・佐柄木様との話を終え、その勢いのまま義兵衛に話かけてきた。


「義兵衛様、随分賑やかな興業を実施して頂き誠にありがとうございます。

 いえ、この企画は義兵衛様が考え出したものと主だった裏方のものは皆知っておりますよ。成功した興業の手柄を全部、八百膳さんや萬屋さんに譲っていることの不思議さには驚くものがあります。

 それでですが、いつも賑わいでは東にある浅草寺に負けておりますが、このような人出が続くと幸龍寺としても参詣人が増え嬉しい限りなのですよ。本当にありがとうございます」


 義兵衛にしては珍しくこの興業についての意見をすることにした。


「今回、私は途中からの参加で意見を述べても間に合わないと思いましたので、あえて口にはしておりませんでしたが、実は耳寄りな話があります。それは、客殿の中に入れず中庭で結果の発表を待っていた人達のことです。

 最初中庭に入って抽選を待っている人が3728人いました。この中から半券の番号を選んで100人を廊下から見て頂くように誘導しました。この時、それぞれから100文を徴収し、2両2分の収益がありました。それはそれで完結しています。

 しかし、客殿に入れなかった残りの3628人のことを考えて下さい。その人達は、選ばれるかも知れないということで、懐には皆100文忍ばせていたはずです。つまり、抽選の直後は中庭に90両落ちていたようなものなのですよ。

 興業は1刻半から2刻かかっていますが、この間にこの90両を使ってもらう工夫、幸龍寺に落としてもらう工夫をされてはいかがでしょう。

 次回の興業はいつになるかは見えておりませんが、9膳もの仕出し膳を行司が見極めるのは難しいと判りましたので、多分料亭から番付に対する異論が出る都度こういった興業を行うことになりそうです。下手をすると、いや興業を開く幸龍寺からすると上手く行けばとなるのでしょうが、毎月開催なんてことになるかも知れません。もっともそうなると、今回のように3000人を越える人が集まるとは限りませんがね」


 お坊様は義兵衛の言っている意味が理解できたようで、大声を上げてしまった。

 ただ、喧騒の中あまり目立つことはなかったようだが、寺社奉行家臣の佐柄木様には中身を聞かれてしまっていた様で、驚く顔がチラと見えた。


「おおっ、御指摘される通りです。観客を入れるという話が出た時には思いもよらなかったことで、すっかり見落としていました。今日昼間に90両が中庭で遊んでいたとは、これは残念至極です。

 次回にはその辺りをどうにかしますが、果たして今回のように3000人来るかどうか、見極めが難しいですね」


 確かに今回は瓦版の後押しもあって、江戸市中の町人が話題の料理比べを見ようと押し寄せたが、これが毎月開催されるとなると珍しさも褪せて、人が集まらなくなるに違いない。

 そのためには、来た人に都度何かしら満足を与える仕掛けが必要なのだ。


「そのことですが、今回100人を抽選で興業側が一方的に選びましたが、そうでない方法もあるのですよ。

 準備や実施に時間はかかりますが、集まった人に勝ち抜き戦をして貰うのです。

 例えば、中庭の真ん中に『是』『否』の区画を設け、小坊主が料理の薀蓄を含めた質問を投げかけその答えを選ばせるのです。質問の例ですが『江戸で買う米は、ほとんどが大阪の米蔵を経由している。是か否か』と問い、皆が自分の思う方の区画へ行かせる、つまり答えを選ばせるのです。答えは否ですので、是を選んだ人は負けということで振り落とされます。

 何度が繰り返す内に正解できる人が減りますので、100人を切った時点で入場を受け付ければ良いのです。

 一応料理に関した質問を設定するのがミソでしょうね。そうすると、参加した人は質問から何がしかの薀蓄うんちく話ができるようになりますので、繰り返し参加したくなるでしょう。

 次回開催の時には、こういった工夫なんかを考えてみてはいかがでしょう」


 この義兵衛からの意見を聞いて、お坊様は魂消たまげてしまっていた。

 そして横でこの施策案をこっそり聞いていた佐柄木様は、大きく頷いていた。

 この宴会の後、義兵衛は後始末に追われて忙しく駆けずり回るのだった。


やはり料理の中身自体は出ませんでした。しかし、色々なことが起きていたのです。

次話は、いきなり飛んで、この翌日のこととなります。

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