依代(よりしろ)を使うのが良さそうです <C222>
八意思兼命は、筆者のお気に入りの神様です。
鶴見川系の支流・麻生川を持ち出しますが、金程村はその源流域です。
五反田川に沿った多摩川系の支流の源流域に細山村があります。
普通は分水嶺や川が大きな境界になるのですが、このあたりは神奈川・東京がいろいろはみ出して陣取り合戦したようになっています。歴史書は何も語ってくれませんが、早いもの勝ちをやらかしたのかなと古い地図を前にニヤニヤして(妄想して)見ています。
遅くに家に戻ると、いつまでたっても帰ってこないことに、父は激怒していた。
そして、義兵衛は家族から隔離された環境におかれた。
書斎の回りを徹底して人払いし、書斎で寝起き・食事を命じられたのだ。
布団や食事の待遇は、お客様相当の扱いだが、どうも勝手が違う。
部屋の入り口には、兄・孝太郎か下男が常時控えていて、雪隠にも付いてくる。
体のいい軟禁状態に置かれた。
翌朝、百太郎が書斎に入ってくる。
一晩過ぎて勘気も少し収まったようだ。
「竹森様のことですから、軟禁然とした対応にはご不満でしょう。
また、こうした処置は不要であることも充分ご承知でしょう。
ワシもまた不要であることを承知しておりますが、昨日の話しを聞いて考えました。
もし、竹森様が短慮に走り、義兵衛のまま『大飢饉が来るので備えよ』というようなことを言い出したらどうなるのかと。
昨日、助太郎の工房へ出かけられた後、竹森様の言われたことを想定して、ならば実際にやってみようかと思ったのです」
義兵衛は抗議した。
「これは、あまりにも酷い仕打ちです。
状況を考えてもらうために、竹森様から例え話しを聞いています。
これを聞いて、置かれている状況を察してもらえないか、とのことです。
もし、父上が今の状態で丁度190年前、天正16年(1588年)の誰かに憑依できたとします。
もちろん、北条氏政や北条氏規といったお殿様や、そこに意見できる重臣に憑依できるのであれば、大きな壁は一つ越えています。
しかし、憑依した先が、例えば小田原城に篭城して落城前に投降した皆川広照の家臣だったとしたら、どうされるでしょう。
豊臣秀吉の沼田領割譲の裁定が翌年出され、これに抗って合戦が起きます。
そして結局、天正18年(1590年)には北条家が大名として滅亡します。
このような場面に『北条家の滅亡を避けよ』との命を受けて送りこまれたら、どう考えて行動するべきか、ということと同じ。
こう申しておりました」
勿論、伊藤家が北条の流れを汲む家であり、俺は義兵衛さんと色々情報交換してこの例え話を決めたのだ。
果たして、百太郎は固まった。
ウンウンと暫く唸っていたあげく、口を開いた。
「なるほど、何の手柄もなければ未来を知っていてもどうにもならない、ですか。
結局、まず何かの未来技術を使って、注目される実績をあげて信頼されるようになる。
そして、適切な庇護者の下で次の手を打つというのが近道だったということを、実感として理解しました。
昨夜からの仕打ちは、大変申し訳なかったとは思います。
ワシの頭の中で、秘匿する方法の一つとして軟禁して保護ということを考えて見たのも確かです。
判ったのは、軟禁では守る側が疲弊するということです。
なので、考えたうちのもう一つの安全対策の方法を提案します」
「竹森様は、実際には義兵衛に憑依して見聞きしていますが、語ることは義兵衛しかできません。
この状態から危険を減らす策を考えたのですが、憑依した先を義兵衛ではないという方便をつかえないでしょうか。
依代として、恐れ多いことですが、何かの神様の像を持ってきて『神様ならぬ竹森様が憑依した』とします。
その像から、義兵衛は語られた内容を話すことが出来る、という方法です。
そうすると、義兵衛から出る言葉に依代の権威が加えられます。
親の目や村人の目から見て、突然、義兵衛の言動が変わったことを説明するのも、楽になりますし、義兵衛が何か憑物にあったという風評を避けることもできます。
また、もしもの場合ですが、未来情報を封じ込めようとする勢力があった場合、義兵衛だけを狙う以外に依代も狙う必要が出てきます。
依代のほうを重視して、義兵衛が助かることも考えられます。
どうでしょうか」
『神像を依代にする』という方法は考えていなかっただけに驚いた。
そして、この状態の説明が明らかにしやすくなる。
『なるほど、それは良い考えだと俺は思います』
「僕も、そのほうがありがたいと思います。
助太郎は、僕を崇めるような感じで接してきていて、僕自身が考え出していないことなのに無闇にありがたがるのでしんどいです。
依代の神像があれば、そちらを崇めるでしょうから、ひと息つけるのじゃないかと思います」
期せずして、同じ結論に至った。
俺にはちょっと存念があった。
できれば、知恵の神様である『八意思兼命』をイメージして欲しいと思っていた。
思兼命は、天岩戸を開く知恵を授けた神様で『数多くの人間が持つ思慮分別の知識を一身に結晶させた知恵の神』とか『いろいろな産業、仕事を見守る神々の親玉』という存在なのだ。
義兵衛さんとちょっと意見交換し、これを百太郎にも伝えた。
「金程村の西隣にある平尾村に杉山神社があります。
この神社は鶴見川一帯にのみあり、他の地域には見られない特別な神社でもあります。
いわば鶴見川の守り神で、その源流の一つである麻生川の源流に位置する金程村にも関係が深いと思います。
そして、そこの祭神が、日本武尊、弟橘姫命、須佐之男命、猿田彦命です。
この中から依代になる神像を選んでも良いのですが、同じ古事記の中で登場する神様として、竹森様は『八意思兼命』が良いのでは、と申されています。
『思兼命』は、知恵の神様であり、また、産業・仕事の神様だということです」
その話しを黙って聞いていた百太郎は、席を立つと「ちょっと、そこで待っておれ」と言い、仏間へ向った。
しばらくゴソゴソと音がしていたが、やがて一体の古ぼけた仏像のようなものを持って戻ってきた。
「これは、仏壇の引き出しの奥の隠し蓋の裏に張り付いてあったのを、ワシが見つけたものだ。
ワシがまだ小さい頃、先祖が戦のおり兜の中に忍ばせていた仏像が家のどこかに隠してあると爺からきいたことがある。
多分、この仏像がそれではないかと思っていた。
見た目から『摩利支天』ではないかと思っているのだが、定かではない。
このまま表に出すのは小さすぎる、と思っていたが、肌身離さず持っている守り仏と見なしてはどうだろう。
隣村の杉山神社に縋るより、伊藤家伝来の守り仏のほうが納得しやすかろ。
これに、思兼命が憑依したということで丁重に扱ってはどうかな」
これは丁度良い。
この仏像は、義兵衛の守り仏としていつも身に付けていたことにしよう。
そして、俺こと竹森貴広は自分の名前を封印し『八意思兼命』となって、仏像を依代としてこの地へ降り立った。
思兼命は、信仰心の厚い金程村の村人のため、義兵衛の口を通して密かに活動を始めた。
ただ、この依代のことが他の人に漏れ、これを奪われてしまうと、思兼命は恩恵を与えてくれなくなる。
お上はこのことを知ると、思兼命の依代を奪い献上するに違いない。
なので、秘して欲しい。
百太郎と義兵衛、俺は一所懸命知恵を絞ってこのような筋を考え出した。
そして、義兵衛は守り仏から時折有難い知恵を授かることがあり、それに基づいて指図している風を装うことにした。
憑依には依代がつきものです。それが守り仏というのも、お気に入りの設定です。
今までいない人が忽然と現れる移転物もいいですが、移転者の負荷が大きそうだというところがいつも気になるので、自分が書くと、憑依スタイルにどうしてもなってしまいます。
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