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料理比べ興業・準備の日々 <C2219>

今回は料理比べ前々日までの2日間です。

■安永7年(1778年)5月17日~18日(太陽暦6月11日~12日)


 朝食が終わると、紳一郎様は御殿様と甲三郎様が待つ座敷へ義兵衛を引っ張っていく。

 座敷へ入るなり、御殿様から声掛かりがあった。


「義兵衛、甲三郎と昨日馬の購入について相談した内容を聞いておる。

 当面4疋の馬を購入し、1疋が常時この屋敷に置けるように里との間を行き来させることと相成った。里の工房から練炭を直接この屋敷に運び込むという事で良い。里に送り込む籾米も調達して屋敷に置くことも認めよう。

 秋口の七輪・練炭販売に向け、そちが萬屋から持ち帰った銭が必要であることも了解したので、義兵衛の思うがまま使ってみるがよい。

 そちの働きを期待しておるぞ」


 思うように馬を飼えることからの大盤振る舞いであろう。

 その場で平伏し御礼申し上げる義兵衛だったが、内心銭勘定をせざるを得ない。

 100両で足りるとは思うが、御殿様が欲しいと思った良馬を入れてその値で済むかは確かではない。

 相場では概ね4疋分に足る値段なのでどうにかなるだろう。

 ただ、これで、借金を返して浮くようになった費用も含めて得た部分が全部消えたと思うと、義兵衛の働きで馬が買えるというだけの話であり、御殿様の声掛けもこの筋に沿った礼、という趣でしかないのだろう。


「誠に勿体無いお言葉を頂き、恐縮の限りでございます。

 さて、報告が遅れましたが、3日後に迫った料理比べで運用に若干の変更がありましたので、お伝えさせて頂きます」


 義兵衛は、当日目付役の果たす作業がほとんど無くなったこと、審査後は別棟で行司役の方、関係する料亭主人、目付役を交えた宴会となること、御供の人数の上限は8人までとし4膳分の弁当が出されること、それ以上は400文で膳を注文してもらわねばならないことなどを説明した。


「うむ、御苦労じゃ。さて、供の8名に義兵衛は含むのかな」


「いいえ、私は進行を行う萬屋の応援に駆り出されておりますので、数には入れぬようお願い申し上げます。また、興業前日より、おそらくは八百膳に詰めることになりますので、こちらもご承知おきください」


 義兵衛がこう述べると、甲三郎様が若干の補足してくれた。


「椿井庚太郎の供は全部で8人じゃ。1600文払う故、4人前の膳追加を手配しておいてもらいたい。

 一般の観客から選ばれて100人が客殿廊下からの鑑賞じゃろう。ならば、何かのつてを使って供の者になって控えから見たがる者も出よう。折角枠があるのに、これを生かさん話はない。出入りの者から良い条件の申し出があれば、連れて行くのも一興じゃ。まあ、追加料理の費用など若干負担は頂くことにすれば良いじゃろう。

 それからの。義兵衛は秋口の商売を少しでも確実にするため、今、萬屋や八百膳に恩を売っておるのよ。先の為に今手助けをしておくことの重要性を良く判っておるのじゃ。椿井家のことで心配かけさせぬよう、紳一郎も気を使ってやってくれぃ。

 義兵衛、今日・明日は門限無しじゃ。必要であれば、萬屋や八百膳に泊まり込んでも構わん。こちらから連絡が必要な場合には萬屋へ急使を出す故、その旨を承知しておけ」


 この有難いお言葉を受けて、義兵衛は今日の集合場所である八百膳に急ぎ向かう。

 傍目から見れば、義兵衛は椿井家でいいように使われ、馬車馬の如く稼ぎ出すために働かされているようなものだが、自分が動くだけ結果がついてくるこの状況に、そんなことに対する不満を少しも持ち合わせていないのだ。

 今は、したいようにさせてくれる椿井家に、ただただ感謝しているのだった。



 八百膳に着くと、同心・戸塚様や千次郎さんはすでに座敷で話し合いを始めていた。

 というのも、予想されていた通り、無理筋からの目付参加の要求が入っていたのだ。


「目付に町年寄・樽屋が入っていることを目にした同じ町年寄・奈良屋と喜多村から、同列に扱わぬと承知せぬ、と強談判が入っておる。南町奉行の牧野様を経由して添え状まで持ち出しての申し入れもあり、対応に苦慮しておる。武家側の予備席も入れ、町年寄を武家側目付に並べるしかないようじゃ」


 善四郎さんは事も無げに言うが、目付が2人増えると、お供が16人増えるのだ。

 結局客殿の中は、行司・目付・料亭、事務方とお供を含め300人以上が動き回り、そこに100人の観客が加わる。

 皆が小声で話しても、結構な騒音になることは間違いない。


「この件は、御奉行様の推しがあるため、仕方がないと思います。なので、受け入れる条件としてお武家様の席をあてがったため、他の御武家様からの要請は受けられなくなることを承知して頂くことと、もし断れない場合は添え状を無効にする旨を奈良屋さんと喜多村さんに言い、その場合は入れ替わりを納得させることを条件にしておけば良いかと考えます。

 それより、本番でどれだけ静かに審査を見守って頂けるかを考えたほうが良さそうです」


 この意見に同心・戸塚様が賛同した。


「ざわざわと私語を話す群衆を黙らせるには、それより大きな音・もしくは異なる音を出して注意するしかない。ただ、この指示をするにも声で伝達せねばならない。黙らせる側が移動して小声で指示を伝えるというのは不合理なことこの上ない」


 元いた世界なら、イヤホンと無線で事務方を指図するのだが、この世界で使えるいい手はないか。


「『沈黙・静粛』など、必要な指示を書いた団扇を用意して、客殿内に居る丁稚たちでそれを振って合図を送り合い、観客に見せるという手があります。内部指示用の少し小さな団扇と、観客に注意する大きな団扇を準備しましょう。

 内部指示は、行司・別棟案内、審査結果回収など。観客注意は、静粛・退出・掲載板注目・喝采可などといったところでしょう。

 現場で丁稚にどのような指示をする必要があったのかを思い出してみればよいと思います」


 そう、ゴルフ場で観客に沈黙を強いる「お静かに願います」というあの札と同じ発想なのだ。


「おっ、それはなかなか面白い工夫ですな。早速何組か作らせましょう。明日・明後日と幸龍寺の客殿を借りております。そこでの確認で、実際に使って怒号が飛び交うようなことが無ければ採用、ということでしょうか。流石に義兵衛さん、上手い方法を思いつかれますな」


 善四郎さんが感心したように声を上げる。


「むふぅ、確かに観客は行司の様子を絶えず見ているので、その近辺で団扇が振られれば目にはつくな。幾人かは字が読めるじゃろうから、声に出さんでも意図が伝わる、か。なるほど、上手い考えじゃ。

 赤は静粛・沈黙というように大団扇に色をつけておけば、見間違うこともあるまいし、何回か事前に説明しておけば、読めはせんでも指示は伝わるじゃろ。

 ほほう、なるほど、これは団扇の合図で連絡が出来るのか。このやり方を何かお役目には使えんかな」


 戸塚様は、早速得たものを自分のものにしようと考え始めていたのだった。


「それより、お供の人数はよろしいでしょうか。行司で供に膳が必要なのは3人、目付けで供に膳が必要なのはこれで10人です。なので、大関・関脇の4料亭に全部で52膳を頼むことになりますな。どなたも限度一杯の8人で来られるとすれば、104膳を頼むことになりますぞ。

 あと事務方・手伝いの丁稚などは、一般観客と同じく、手が空いたときに裏で握り飯を頬張るだけになるので、覚悟しておいてもらうことになる」


 千次郎さんが確認を始めた。

 審査で比べるための料理が90膳・目付け席に振舞う10膳と数えていくと、事務方が管理する膳だけで200膳を超える。

 審査の対象となっている9店と、行司の内の料亭関係者7店については、主人も供のものも手配は勝手としている。

 ここも主人+供8人とすると、144膳になる。

 この配膳を間違わないように仕切るのは、思った以上に大変で、何度も練習をして間違えないようにするのは当然なのだった。

 一連の動きを確かめた後、翌日は幸龍寺の客殿を使っての通し稽古が行われたのだった。

 義兵衛は17・18日と連続してお屋敷に戻ることなく、以前のように萬屋店舗の2階に寝泊りしたのであった。


当日配膳される仕出し料理の数の多さに目が回ります。細かい工夫で乗り切ろうとしているのです。

次話はいよいよ前日となります。

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