馬とお供の件など諸々相談 <C2218>
まだ相談できていない件を甲三郎様と話合いします。
甲三郎様は、義兵衛から5万両目標がまだ未達である旨を聞き、それに対し諭すように声を上げた。
「そう無理ばかり重ねんでもよい。お前がこのたった5日の間にどれだけのことを成し遂げたかは、ワシがよう知っておる。すでに使ってしもうた分もあるが、この春からおおよそ2000両を稼ぎ出しただけでも上出来であろう。その上、これから大博打で皮算用かも知れんが3万両の収益を目論むなど、とんでもないことをしておるのじゃぞ。
ここで無理を重ねて体を壊しては博打も打てぬであろう。この大勝負を乗り切ることができるのは義兵衛だけじゃ。
先ほど状況を聞かせてもらったが、料理比べの興業も肝心なところはお前の発案であろう。より成功するように、いや、失敗の目をことごとく潰すために細かな工夫を提案しておるのであろう。しかも、おそらく手柄を萬屋や八百膳に譲っておるに違いない。これも皆先の勝負を少しでも有利にするためであろう。皆、ワシは判っておるぞ。
さて、江戸の屋敷の要となっている紳一郎も浮かれておるが、ここは気を引き締めねばならん。
まずは、馬のことじゃ。紳一郎は4疋を買い入れても良いと言ったそうじゃが、義兵衛の目から見て大丈夫と思えるか」
『ちゃんと判って理解してくれている人がいる』
義兵衛はこの暖かい言葉・思いに込み上げてくるものがあり、つい落涙しそうになった。
甲三郎様は義兵衛の正体、中に未来からきた竹森氏がいて色々な知識を与えていることを、椿井家の中で唯一知っているのだ。
いや、奉公人となった富美・阿部美紀がいたか。
さて、質問は馬の購入のことだった。
「馬を買い入れることの一番の問題は、江戸屋敷の飼葉をどう手当てするかに尽きます。知行地の稲藁を飼葉としてどれだけ運び入れることができるかが江戸屋敷に常駐できる疋数の上限でございましょう。それを越えると江戸市中で飼葉を買い求めることになり、維持する費用が大きくなります。その意味では、馬を使い工房の練炭と飼葉を江戸屋敷に持ち込み、買い置きした米を里の館に送るという御殿様の案は、誠に慧眼にございます。
最終的には、江戸の屋敷に2疋、江戸と里との往復に2疋、登戸と里との往復に2疋、里に4疋という10疋体制を組んで問題はないでしょう。しかし、秋口の資金不足が懸念されますので、紳一郎様の言われるように4疋買い、まずは半分の5疋体制にするというのは今の時点では妥当と思われます。
むしろ、御殿様が馬をつかって益を得よう、と考えを改められたことに驚かされました」
甲三郎様は小さく低く笑い声を上げた。
「欲しいものを強請る子供は、屁理屈でも捏ねるものよ。しかし、家の馬を工房の御用で使っても良いとの言質をとれたのは幸いじゃった。義兵衛の目からみても問題ないのであれば、4疋購入の方向で進めようぞ。
さて、次は料理比べのことじゃ。興業では同じ目付として奉行所・曲淵甲斐守様が居られると聞いておる。ワシもその場に控えてご挨拶することは可能であろうか」
「はい、各料亭・行司役・目付役のあわせて30人についてはそれぞれに客殿脇の控え小部屋が割り振られております。武家側の1席が行司の牧野様、2席以降が目付の曲淵様、御殿様、相沢様と並んでおります。おそらく同心・戸塚様が居られると思いますので、隣の控え室ということでお話をされることに問題はありません。ただ、私は取りまとめ作業のため、進行をまとめる場所に出張っておりますので、甲三郎様のお手伝いは難しゅうございます。
興業終了後に各料亭・行司役・目付役、進行を交えて別棟での宴会を予定しております。なので、この席に案内するときには間違いなくご挨拶できるのではと思っております」
目付役が集まって行司判断を審議する作業を極限まで小さくしているが、曲淵様の役宅へ密かに訪問する約束を取り付ける時間位はあるだろう。
仮にそれが難しいとしても、配下の同心・戸塚様を興業中に引き合わせ、下段取りしておく位のことはできるはずだ。
この返答に満足したのか、甲三郎様との話し合いは終わり、義兵衛は引かれるように萬屋へ向うのであった。
「義兵衛でございます」
暖簾をくぐり挨拶をした義兵衛は、早速八百膳・善四郎さんと千次郎さんが居る茶の間に案内された。
「ああ、義兵衛さん。今日は行司役になっている大関・関脇・小結の6料亭から、当日の料理の差し入れについての話があるのですよ」
善四郎さんがいろいろと駈けずり回った結果を教えてくれる。
「行司役の実施する審査内容の説明をするために、行司役6料亭を集めて話をしております。
そこで、目付役席については、八百膳から特製仕出し膳を提供致すことを説明しましたら、料亭行司以外の23人に付いてくるお供の方へ、6料亭のうち大関・関脇の4料亭から人数分の膳を提供しましょう、ということになりました。これから、行司・目付を担当される各家を回り、お供の人数を確認して回らなければなりません。仮に各人4人のお供だとしても、それでもう92人前でございましょう。
また、廊下から審査を見る一般の方についても、銭を頂いて居る訳ですから、各人に握り飯を2個づつ提供しようという話になりました。こちらは、小結の2料亭で準備してもらえることになりました。
これを配る準備もありますので、客殿の庫裏・台所、行司料亭の控え室は結構大忙しになりそうです。
前日の19日には、運営に関係する人を集めて、準備・配膳に間違いがないかを予行演習しておく必要がありますよ。前回の予行ではここまで行っておりませんでした。
それで、こういった段取りを千次郎さんと決めていた次第です」
大きな明るい声でこともなげに善四郎さんは話してくる。
「これは素晴らしいことです。行司・目付になる方ばかり目が行っておりましたが、その供となる方への配慮が漏れておりました。
一般の方への握り飯の費用は、観戦料の100文から支払われるのですよね。
それから、お供の方への膳ですが、この費用はどなたが持たれるのでしょうか。
目付役への特製仕出し膳が八百膳さんの好意で無償となっているのと同様に、4料亭からの無償提供となっているのであれば、お供へ提供する膳の上限を4席までとするか、4席を越える膳については有料としたほうが良いと考えます。
そうでもしないと、お供を入れた一行の人数が膨れ上がり兼ねません。
なので、人数を聞いて回るときに、控えの小部屋の制限からお供の人数の上限は、例えば8名までとして欲しいことを告げておきます。そして、興業側から膳を無償で提供するのは4人までで、それ以外に膳が必要な方は実費を支払って頂ければその数だけ追加準備しておく、ということでいかがでしょうか」
この提案に千次郎さんが応えた。
「おっしゃる通りですな。かかわってくる人数が増えれば増えるほど、興業の進行が難しくなります。それぞれの上限を決めていれば、最大数が決まりますので進行も容易になりますな。
上限8名と決めると、必ず上限一杯のお供を連れてくることになります。4料亭からの膳は各400文(=1万円)ですので、金10両の売り上げですか。各料亭にちょっとだけ返金できると思いますよ。
一般の方のお握り計200個は、小結の2料亭からの好意で無償提供となっています。ただそちらについても、お握りのお代わりを16文(=400円)で準備しておくというのは、あるのかも知れませんな」
「千次郎さん、お握りのお代わりはどれだけ出るかが見切れないので、無駄になったり、もしくは足りなかった場合に不満も元となりやすいので控えたほうが良いと考えます。最初からそれだけしかない、と判っていれば、きっと我慢してくれると思いますよ。
さて、明日17日は八百膳さんの所に集まりませんか。瓦版を見て興業に対する物言いが来るのは、明日17日と見ております。勧進元の八百膳さんの所へドンと言ってくるでしょう。即座に対抗・対策を打たねばなりませんので、幸龍寺に近い八百膳さんのところが都合良いと思います」
後から後から、こういった細かい所が見えてくるが、あと準備に割ける時間はもう3日しかないのだ。
いや、まだあと3日・72時間あると見るべきか。
『明日からは臨戦態勢で八百膳さんに直行するしかない』
内心そう思いながら挨拶をして萬屋を辞去する義兵衛だった。
切れ目が中途半端で申し訳ないですが、ご容赦ください。
段々と準備が揃ってきました。
次話は、料理比べ開催前日までの様子となります。




