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甲三郎様、江戸へ到着 <C2217>

幸龍寺でのリハーサルを終え屋敷に戻った義兵衛。その翌日の話となります。

筆者の悪い癖が出ているようで、ここに至って話の進行が結構遅いのですが、ご容赦ください。

 夕刻の門限に屋敷へ戻ると、直ぐ直前に細山村から甲三郎様が屋敷に到着していたことを知らされた。

 甲三郎様は湯浴みを終え、御殿様・紳一郎様と一緒に座敷で夕食を交えた懇談に入っていた。

 珍しくお酒なども出されているようで、結構盛り上がっているようだ。

 義兵衛は門限ギリギリに帰れたのだが、この宴会に加わることもなく台所の片隅で奉公人が用意してくれたどんぶり飯に湯をかけて掻き込んでいた。


『萬屋から持ち帰っている銭で皆舞い上がっていなければ良いのだが、とは言え今のところ屋敷の中にあるのは全部で200両(=2000万円相当)程度しかないはず。それでも、手元にあるか無いかで違ってくるのかな。やはり、余計なお金があるというのは、人の判断を狂わせがちになる。気を引き締めないと』


 座敷から漏れ聞こえてくる景気のよさそうな賑わいに、若干気を重くしていたのだった。



■安永7年(1778年)5月16日(太陽暦6月10日)


 御殿様は登城日となっており、紳一郎様を供に勤めに出てしまっている。

 残された義兵衛以外の者は特に急用というものはなく、屋敷の手入れに余念がない。

 結構広い敷地には、野菜畑が結構作られており、里で農作業を鍛えられている家臣達はそれぞれの一角に立派な作物を競って作っていたのだった。

 どこへ行くでもなく、時間があれば自分の担当する畑へ行き、収穫しては自慢気に奥方様へ報告する。

 どこぞの大名の家来のように、遊び歩くわけでもなく、至って健全な椿井家なのであった。

 こんなおだやかな日ではあるが、義兵衛は甲三郎様の前で、里のお館から出立した5月10日から昨日まで、振り返るとわずか5日間のこと(23話分、6万文字)を細かく問いただされているのであった。


「借金の返済の件、誠に見事である。早く返すことで、15両節約できるとは、なかなか思いつかんことじゃ。

 ただのう、見かけ上の実入りを隠すために萬屋から売掛金の半分を現金でこの屋敷に運びこむのはどうかと思うぞ。ワシが見るところ、手元に小判や長銀がそれなりにあると、しっかり者の紳一郎とて気が緩んでおる。半分は村の取り分ということを忘れておるようじゃ。

 それから、利息で毎年2000両というのはよう判るが、これは秋口の練炭150万個が想定通り作れて、売れての話であろう。止むにやまれぬ事情から構想を述べるのは良いが、これでは危ない。

 助太郎にいろいろ聞いているが、日産1万個には全く及ばず難儀しておる。足元を固め直す必要があると思うておるが、どうじゃ」


 流石に、御殿様よりは頭が切れる甲三郎様だ。

 屋敷に積みあがった普通ではない金額の銭を見ても正気を失っていないし、未来永劫毎年2000両の収入のあてができる話を聞いてもブレたりしていない。


「はい、その通りでございます。私の考えるところ、金程村の工房では日産2000個が限度かと見ております。従い、年末までに50万個といったところになりましょう。卸しは1個140文ですので、このままでは売掛金は17500両(=17.5億円相当)にございます。

 ただ、小売り値が200文と見ておりますが、どうしても欲しいという所は多少高値でも取引できると見込んでおります。そういったことを見込んで、値上げした場合、小売りの7割を工房の売掛にしてもらえる契約にしておりますので、もし練炭が不足して300文で売られるようになると、売掛金も1.5倍の値に変わります」


「義兵衛、それは心得違いじゃ。確かに、物が不足すれば多少高値でも買わねばならん、というのは判る。ただ、武士というのは人の足元を見て儲けてはならんのじゃ。1個140文で卸すと言った以上、自ら吊り上げるような真似はしてはならぬ。不足して値が上がるという状況にならぬようにするために、知恵を絞るのじゃ」


 甲三郎様に叱られてしまったが、義兵衛としても心配していた事態なのだ。

 そこで、義兵衛はまず七輪の扱いについて説明した。


「工房では練炭作りに集中するため、七輪は江戸深川に作ってもらうように話を進めております。制作費として1個400文、1回あたりの発注は1000個で100両かかると見込んでおり、これを萬屋の売掛金から支出します。製造委託元は萬屋ではなく椿井家です。椿井家はこれを薪炭問屋に卸す恰好となります。無事購入して頂けると1個につき椿井家で250文の収入になりますので、1000個では62両半の売掛金ができる算段です。

 9月までに5万個、年末までに計10万個作ってもらうつもりですので、これを100回繰り返す恰好です。

 本格的に売り出しを始める9月、10月が資金的には一番大変な時期で、七輪は至る所に積みあがっていて買い手がつかず、一方で製造元への支払いは溜っている状況です。この時に萬屋さんに頼ろうとしており、そのための恩義を今一生懸命作っております」


 甲三郎様は大きく頷いた。

 言わないが、10万個捌ければ6250両(=6.3億円相当)の儲けなのだ。


「なるほど、義兵衛はそこで大博打をうつのじゃの。飛躍のためには、どうしても越えねばならん山があるのは判るが、そこは義兵衛のことゆえ勝算はあるのじゃろ」


「はい、卓上焜炉を江戸で流行らせたように、いろいろな方法で売り込みをはかります。また、売り出す窓口が萬屋だけでは手狭になるということを見越して、薪炭問屋の株仲間全体で七輪・練炭を売ることを考え、萬屋さんの協力を仰ごうとしております。

 このため、料理比べの目付を、同じ薪炭問屋の旦那衆の一人、奈良屋・重太郎さんに譲ってもらっております」


「誠に義兵衛は深謀遠慮じゃのう。じゃが、肝心の練炭はどうした。150万個ではなく30万個ではどうにもなるまい」


「先ほど、叱られてしまいましたが、実は私もその点を気に病んでおりました。

 そこで、椿井家の御知行地以外でも練炭が作れるところがないかを萬屋さんに調べてもらっております。

 もし、不足する120万個を作ることができる地が他にあれば、そこへ練炭作りを委託しても良いかと考えています。ただ、作り方を教えるのではなく、萬屋との紐づけをし、教える代わりに独占卸し契約を結ばせ、工房へは1個あたり10文の口銭を取るという方策をすることを考えています。

 仮に不足する120万個を他の所で作っても、3000両(=3億円相当)の収入です」


 この義兵衛の答えを聞いて対策を検討していることが判り、甲三郎様は安堵の息を吐いた。


「しかし、実は目標の5万両にまだ届いておらず苦慮しております。これについては、粉骨砕身し必ずや達成できるよう頑張ります」


 実際ここまでに説明した総収入で26750両(=27億円相当)でだいたい6割なのだ。もっとも、練炭の総需要が目論見通り450万個であれば、不足する420万個の口銭が3000両から10500両と7500両増える。

 皮算用でもあと、約10000両(=10億円)の不足。

 まずは工房での生産量を引き上げるために、ここは義兵衛が直接見てくるしかないか。

 そう思った義兵衛だった。

料理比べに浮かれることもなく、現実をしっかりと見ている甲三郎様に叱られる義兵衛でした。

秋口の練炭販売の弱点をどうするのか、という問題を抱えながら次の話題に移る...

というのが次話です。目まぐるしく忙しい義兵衛にも休みが欲しいところですが、事情が許しません。




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