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料理比べ予行 <C2216>

千次郎さんは本番会場の浅草・幸龍寺でリハーサルを行っているのです。急いで駆けつけるのでした。

 まだ昼には早い時刻ではあるが紳一郎様に送り出され、いつものように萬屋へ向う。

 しかし、義兵衛はお屋敷全体に蔓延してきつつある浮かれ具合が心配でならない。

 義兵衛が萬屋から戻るときには毎度50両(=500万円)に相当する小判や丁銀を持ち出しているのだが、これが屋敷の中に積みあがることで、紳一郎様は常軌を失い浮かれている可能性があるように思えた。

 確かに屋敷内に直ぐ使える銭がある状態は、久しく無かった現象で、貧乏人が大金を目にして気が大きくなっている感があるのだ。

 萬屋から持ち帰ることができる現金の枠は、あと400両(=4000万円相当)程残っているが、萬屋の金庫にそのまま留め置いてもらったほうが無難かも知れない。

 少なくとも、深川・辰二郎さんのところの支払いは、椿井家の現金を持ち出すより萬屋に留め置いたこの銭を使うほうがよさそうだ。


「御免下され、義兵衛でございます」


 いつものように萬屋の暖簾のれんをくぐると、忠吉さんが露骨にほっとしている様子が目についた。


「義兵衛様、来て早々に申し訳ございませんが、浅草・幸龍寺で料理比べの下準備として、仕切り配下で遅滞なく興業を進めるための段取りを行おうとしており、義兵衛様へは至急いらして下さい、との伝言が先程参っておりました。こちらから、椿井様のお屋敷に使いを送る所でしたので、行き違いにならず安心した次第です」


 確かに実際の舞台でリハーサルをしておかねば、ぶっつけ本番で上手くいくはずもない。

 このあたりは、興業に慣れている幸龍寺のお坊さんか、八百膳・善四郎さんの発案だろう。

 そう思いながら、すぐさま浅草・幸龍寺へ早足で向う。

 日本橋から浅草まで、約1里ちょっと(=5km)の距離を半刻(=1時間)もかからず駆けつけた。


「はい、ここで100人を選びまする。皆様の手元に御配りしたものの半券がこちらに、この箱の中にございまする。これを、皆様の目前にある小箱の中へぶちまけ、小箱に入ったものが100枚になるまで繰り返しますぞぉ」


 幸龍寺の中庭では、いくら来るか判らない人を100人に絞り込むための手順を確認している。

 その作業を指揮している作務衣姿のお坊様の一人が義兵衛の姿を認めて駆け寄ってきた。

 先日の萬屋で幸龍寺から遣わされていたお坊様だった。


「義兵衛様、おで頂き、ありがとうございます。

 今工夫をしておりますが、今ひとつパッとしません。いかがでしょう」


 箱を持つ小坊主の声は大きいが、動作がチマチマした様子で、遠目には良く判らない。


「そうですね。箱をブチ撒ける動作が周囲から見えるほうが受けるので、1尺ほどの台の上に載って大仰な仕草で撒くという所作にしてはいかがでしょうか。

 それで、1回撒いたら、箱に入らなかった半券を丁寧に拾ってから次の撒きをしてください。最終的に100枚に足りない時に、最後に入らなかった半券を撒き直して不足分を足す作業をするのです。

 中庭に入ってくる人も半券の番号に合わせて区切られた場所へ誘導すると一箇所に固まることがないので、いろいろと扱いやすくなるはずです」


「御教授ありがとうございます。早速工夫します。皆様、客殿の中で手はずを確認中です。足を止めさせて申し訳ございませんでした。さあ、お急ぎください。

 おい、誰か脚立と踏み板を何枚かすぐ持ってこい」


 義兵衛はそこに居た小坊主に案内されて客殿へ急ぐ。

 客殿に入るなり、小坊主は大声を出した。


「義兵衛様がお見えになりました」


 仕出し膳の配置・上げ下げを確認していた八百膳の丁稚達は一斉に動作を止め、入り口を振り返った。

 そして、八百膳の丁稚頭が駆け寄ってきた。


「義兵衛様ですね。こちらへ御越しください。主人が待ちかねております。

 さあ、皆は休まず粗相がないように続けてくれ」


 丁稚頭は、客殿上座側の廊下に面した小部屋へ案内してくれた。


「今は試合用の仕出し膳の配置と出す順番、目付けへの膳の位置、料亭の器を並べる位置と幔幕の場所を確認しておった。

 上座に行司の勧進元・武家・商家・両大関、次列に行司の両関脇・両小結・版元を配置。左側に武家目付、右側に商家目付を上座から下座に向って並べ、下座に今回の仕出し膳を作った料亭主人9人を並べる。

 進行は商家側目付の最上座、義兵衛さんは武家目付の後ろに控えている配置じゃ。黒子の丁稚もそれぞれの角位置で控えておるので、使ってもらいたい。

 それで、各行司へ渡す審査帳はこのように設えているが、ちょっと見てはくれまいか」


 善四郎さんは、帳面を渡してきた。


「審査結果を大分細かく帳面に付ける格好になっていますが、もう少し大雑把にしませんか。一人で9膳も相手にするのです。完食は無理なので、それぞれの皿から取り皿へ一口程移してから食して頂き、それで膳全体の優劣だけまず決めて頂いて、都度それを下方へ回して頂くようにしても良いかと思います。

 世間の関心は料亭の順位付けと、料亭の皿当てでしょう。料理への意見は、後で発行する瓦版に間に合えば良く、帳面は審査が終わってから回収すれば良いと思います。

 審査を終えた行司の方から、別部屋に移って頂き、残した料理にお酒など添えて行司・目付を交えて歓談頂ければよろしいかと存じます。料理を持ち帰る折も用意しておきましょう。

 場合によっては、料理へのご意見を書く帳面も、歓談の場にお持ちになって頂いて良いとすればどうでしょう。審査の票とご意見とは分けて考えることも必要です。

 予めそうなる旨を行司の方に伝えおけば、審査を長引かせようとする方も少なくなるでしょう」


 善四郎さんと千次郎さんは、この意見に深く頷いた。


「確かに、思ったより長くなりそうな審査に頭を抱えていたところでした。最初の2~3膳はともかく、9膳目に至ってはワシとて手を付けられるかどうか首を捻っておりましたぞ。

 結果の集計は、どうすれば良いとお考えですかな」


 義兵衛は予め考えていた案を話す。


「番付には碁石を使いましょう。『い』~『り』の9個の箱を用意します。そして、各行司の付けた順位に応じて、1位は9個、9位は1個の碁石を箱に入れます。最終的に個数の多いところを上位、少ないところを下位とします。全部で450個の碁石が要りますが、碁石の3組位はどうにでもなりますよね。

 料亭当て・器当ては、星取り表を作ります。『壱』~『九』の数字を横軸、『い』~『り』の文字を縦軸にした升目を用意しておき、そこへ札を重ねて置きます。一つの升目に最大でも9枚の札しか載らないので、大きめの将棋板で代用できます。掲示板もどこかにあるのではないでしょうか。

 審査が終わり、行司が退出する毎にこの状況を書付して中庭の掲示板へ張り出していく、ではどうでしょう」


 善四郎さんは唸った。


「これはよく練られた案だと思う。結果はすぐ集計できるようになっており、そのための道具まで考えられておる。

 料理を作る立場からすると、行司の方々から頂く感想というのが大変気になっており、それを漏れなく聞き取ろうとする方向に走ってしまっておった。

 なるほど、これは興業でしたな。参加された方、直接見る方がその場でどれだけ楽しめるか、が鍵でした。帳面は改めましょう。

 目付け役の意味があまりありませんが、それは良しとしましょうか」


「はい、料理の細かなご意見は、最終的に行司の方々のご意見を集約してからの発表になり、目付け役の関与はあまり無いでしょう。それで困る方は少ないと思います。審査後の懇親席にも出て頂ければと思います。おもてなしは八百膳さんでお願いしますよ。

 行司の方々の顔が立つようにして瓦版向きの表向きのご意見と、各料亭に向けてのご意見は多少異なるところもあると考えております。全部見ることが出来るのは、名誉の意味もあって、裏方と勧進元ぐらいにして伏せておくのが良いかと思います。

 それと、今更で申し訳ありませんが、行司の下座に料亭の主人がずらっと並んで座っている格好ですが、その右手側・商家目付席の下座側に1席分事務方の席を設けておいてください。色々と考えていることもありますので」


 中庭で確認をしていたお坊様も引き入れて、本番での段取りを説明していく。

 義兵衛の案にそって早速道具を準備し、真似事を何度か繰り返し、順位付けや料亭当てなどのリハーサルを終えた。

 あとは当日までに担当者で練習を重ねればどうにかなりそうだ。


「やはり義兵衛様は素晴らしい知恵をお持ちですな。このような方が市井に埋もれているのは本当に勿体無いことでございます」


 お坊様の露骨な持上よいしょに閉口しつつも、この評に内心満更でもないブラック義兵衛であった。


審査の中身をうんと軽くすることで、興業の時間をせいぜい1刻(=2時間)程度に抑えることを目論んだのでした。9料亭の主人列の横の席は... どこかで説明します。

次話は、屋敷に戻ったところから、その翌日の出来事です。


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