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上機嫌な御殿様 <C2211>

あと6日に迫った料理比べの興業で、内容の変更を御殿様に伝えるのです。

■安永7年(1778年)5月14日(太陽暦6月8日)


 昨日の料理比べ興業の件で、義兵衛は御殿様に伝えるべきことがあった。

 それで紳一郎様に事情を説明し時間を取って頂いた。


「突然のことで申し訳ございませんが、昨日料理比べ興業の寄り合いがあり、いくつか変更がありましたのでお知らせします」


 急な申し出にもかかわらず、御殿様は上機嫌で応対して頂けている。

 昨夜はとても良く寝れ、目覚めも壮快だった、とのことだ。

 借金という重荷が無くなったことによる効果と思いたい。


「まず、武家側目付の3枠の内の一人に御殿様が決まりました。何かと難しい御役目ではございますが、何卒宜しくお願い致します。興業では、裏方仕事をするため私も同じ客殿で控えておりますので、目くばせ頂ければ直ぐに御側に参りますのでお含みおきください。

 なお、武家・商家の行司役が変わりました。武家側は南町奉行・牧野大隅守様が行司役となり、北町奉行曲淵甲斐守様は目付役に回りました。また、武家側の目付として台所役人・御賄頭の相沢様が選ばれております。

 商家側は、行司役が萬屋主人・千次郎さんから同じ薪炭問屋の奈良屋・重太郎さんに代わり、千次郎さんも私同様に裏方をすることとなりました。商家の目付は全て米問屋主人でして、新旅籠町の紀伊国屋・権三郎さん、猿屋町の伊勢屋・長兵衛さん、六間堀町の井筒屋・伝兵衛さんです。

 武家席・商家席ともに断れない急な押し込みに備え、各1席予備席を設けております。従い、行司の結果をこの6~8名で、しかも極めて短い時間でご審議頂く恰好となります。また、行司が9店より出された仕出し料理を試食されている間、御目付役の方々には八百膳から特製の仕出し膳が出されるとのことで御座います」


「目付にはなにやら関係深い者が多いのぉ。これはお前が画策したことなのか。

 曲淵様には先日に文を出しておる。ほれ『大飢饉の神託について弟・甲三郎が弁明したい』と言っておった件じゃ。返事をまだ頂いておらぬので、その日までに無ければ直接確かめることもできるじゃろう。

 里の米の話が出れば、井筒屋も居るではないか。椿井家が多少とも潤っている話であれば萬屋と、まるではかったようではないか。

 この分であれば、20日までに甲三郎を江戸に呼び寄せたほうが良さそうじゃの」


「このように関係する方が集まっているのは偶然ではございますが、これは一気に決着させよとの神様の思し召しかもしれません。親しくお話できる事もあると思いますので、甲三郎様に来て頂くのは、良案だと考えます。紳一郎様と話をして、里へ使いを出します」


「うむ、頼む。しかし、里との行き来が多くなってきたのぉ。これは3日で一往復という制を見直したほうが良いかもしれん。

 工房からの搬出はどうなっておる」


 御殿様は文のやり取りだけでなく、かさと重量のある木炭加工製品を江戸に運ぶことについて気にしたのだ。

 ある意味、チャンスだ。


「今は工房の面々が背負子に乗せて工房から登戸へ運び、登戸から江戸までの輸送は木炭問屋に頼んでおります。ただ、多摩川を下り江戸湾を渡るため、悪天候時は滞ります。

 また、人手で運びだすため、どうしても一人20貫程度しか運べず、江戸の需要を満たすのは難しく困っております」


 御殿様はしばし思案顔をした後、口を開いた。


「この際、里の館で飼っておる馬を増やし、それを使って登戸まで荷を運んではどうかな。馬であれば一疋で40貫程度は積めよう。馬子に手はかかるが、その分工房から人を使わんで済む。

 丁度目についた良馬もおるのじゃ。今里で飼っている馬は荷を運んで、新しい馬を乗馬用にしても良いと思う。ついでにもう1疋、合わせて2疋を飼えば、内2疋を荷運びにまわしてもよかろう。3疋から2疋を輪番でまわしても良い。

 登戸に練炭を2疋で合わせて80貫分運んで、帰りには米4俵を持ち帰ることにしてはどうじゃ。毎日2疋で2往復させればそれなりのものを運べるのではないかな。

 費用は紳一郎と詰めてみよ。馬を増やすので最初はちと費用がかかるが、1年も使えば元はとれるじゃろう。

 それに、馬が余っている時に与力に馬を貸し付けることもできるぞ。ワシもちゃんと家の財政改善を考えておるじゃろう」


 確かにその定期便が開設できれば、登戸と里の間の輸送は改善される。

 なにか御殿様には乗せられた感じだが、検討の余地は大いにある。

 そして、与力は馬に乗れる地位の旗本なのだが、常時馬を飼うと結構費用がかかるため、実際に常備している家はせいぜい1~2割しかなく、必要に応じて借りているというのが実態なのだ。

 それを踏まえて、持ち馬が増えれば江戸でも飼い、これを貸すということも御殿様の言った通りなのだ。

 御殿様の割りには目端が利いているのも、貧乏暮らしのなせるわざなのだろうか。

 しかし、なにより御殿様が本気でこの商売に取り組むことを表明したこと、米を蓄えるための一番大きな課題に言及して頂いたことが何よりものことなのであった。


「このようなことにまでお心を砕いて頂き、恐縮する次第でございます。

 早速、紳一郎様と相談し、その方向で進めさせて頂きたいと考えます」


 さて、こうは言ったものの、150万個の構想だと、毎日1万個の生産が必要で、それは重量にして3500貫(=13t)なのだ。

 2疋2往復で運べる重量はせいぜい160貫(=600kg)でしかなく、毎日1万個を運ぶとなると20疋4往復という途轍とてつもないことになる。

 そう気づいて青くなってしまった。

 ともかく、御殿様の馬を増強し、その一部を荷運びとして使役して良いというお墨付きはありがたい。

 工房の生産状況・予定と照らして、出来たものを運び出す段取りを済ませれば良いだろう。

 そして、慣れるに従い順次増強していくしかない。

 満足気な御殿様の前を退出し、紳一郎様へことの次第を報告した。


「それでは、甲三郎様へ来て頂くよう依頼しよう。馬の買い入れについても、その折の相談ということで良いのではないかな。

 しかし、御殿様が馬を貸し付けるというようなことまで言及するなど、思いもよらないことが起きておるのぉ。まあ、事業にかこつけて欲しいものを無理やりという感もないではないがな。

 こういった御殿様の変化もお前が来てから起きたことじゃ。なにやら里にあるご神体をワシも早く拝みたくなってきたぞ」


 そう言いながら、甲三郎様への文を書きつけたり、里への定期便の確認をしている。

 こういった手配こそ、一番下っ端の義兵衛の仕事のはずなのだが、当然のように紳一郎様がスラスラと片付けていく。


「こういった造作もない仕事はワシに任せて、お前はお前にしかできない大仕事があるのだろう。

 御殿様の出番となる20日まであと少ししかない。この興業が成功裏に終えるよう、万端の準備を整えることが先じゃ。お屋敷のことはともかく、とっとと萬屋に行って片付けてこい」


 借金という重しが消えた影響もあるのか御殿様の機嫌が良いと、なにやら屋敷全体が明るくなっている気がする。

 これを維持するのも家臣の重要な役目なのだ、と改めて気を引き締めて日本橋へ向う義兵衛だった。


御殿様が内心欲しくてしょうがなかったもの、それは『馬』でした。

続く午後、萬屋へ向う義兵衛でしたが...次話でございます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 馬はスポーツカーで戦車でトラックでトラクターだからそりゃ欲しいよね。 本音は「スポーツカー欲しい!」でも手持ちをトラックに転用してみたりレンタカーもするって言えば通りやすいとは考えました…
[一言] あー、社長の欲しかったベンツも今なら…って話ですか。 それまでの国産車は営業車に回して…と。
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