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萬屋変革への種まき <C2210>

またしても質問を千次郎さんに投げかけた義兵衛です。

グダグダの話が続きますがご容赦ください。

 義兵衛は商売での優位性を生み出す根源が何かを千次郎さんに問いかけた。

 夕暮れが迫り茶の間が薄暗くなり始めてきたが、額に汗を浮かべた千次郎さんは唸ったきり、声が出せない。


「新しい用途に使う道具があり、その用途にお上を使った許認可制を入れ、許認可を出す仕組みに一枚噛んでおることじゃろ」


 考えがまとまらなくて苦悶の形相の千次郎さんを見かねて、お婆様が助け舟を出した。


「その通りです。皆が従わねばならない新しい規則を作って、その仕組みの中にわずかでも良いので決定権を自分が握っていることで優位を確保しています。

 規則を作って言うことを聞いてもらえるかどうかは、その人が人として信頼・信用できるどうかにかかっています。

 料理比べの興業でも同じことでございましょう。八百膳さんには勧進元になって頂きましたが、興業の仕切りを千次郎さんが取り戻すと、たちまち集まりの中で優位に立つことが出来ましたよね。興業運用の規則の所を千次郎さんが握ったのです。仕出し膳の座を造り上げるという実績のある千次郎さんなら、興業を成功させることが出来ると皆信じているのです。

 そうすると、皆さん集まってこられて、千次郎さんはこれを仕切ることでかなりの発言を通すことができるようになりました。ただの行司役のままでは、どのような話をしてもここまで尊重はされなかったでしょう。

 大変かも知れませんが、こういった裏方を何回か務め成功させることで、料理比べの興業で千次郎さんの、萬屋さんの優位性は揺るぎないものになって行きます。

 では、薪炭問屋として優位に立ったままでいるには、何に取り組めば良いのでしょうか」


 一瞬救われたという表情になった千次郎さんに、義兵衛は更に質問を重ねるという恰好で追い詰めていく。

 傍から見れば、年下の、半分ほどの歳しかない義兵衛さんが萬屋主人を問い詰める、いや鍛えるという無茶な構図なのだ。

 おそらく、萬屋に居る番頭や丁稚は茶の間で繰り広げられているこの異常な様相を、どこぞから覗っているに違いない。

 だが、義兵衛の知恵と助言により未曾有の活況を呈している事実を知っている萬屋の面々は、義兵衛を信頼してくれていて、これでまた店が安定し、一層発展すると思っていることだろう。


「薪炭問屋・主人としての信用を高めるということでしょうが、何をすれば株仲間内での信用が上がるのか見当もつきません」


 こうなると、今まで行ってきたことを振り返ってもらうしかない。


「まず、萬屋さんから私は信用されていると思いますが、それは新しい商品を持ち込み、売り方を伝え、実際に儲かっているからですよね。同様に、仕出し料亭の頭である八百膳さんから萬屋さんは信用されていると思いますが、これも新しい料理や興業の方法などを教え、実際に活況を呈しているからですよね。

 では、薪炭問屋仲間には七輪・練炭という新しい商品を持ち込みますが、そこで信用を高めるにはどうすればいいかは見えてきますよね」


「実際に取り扱ってもらって儲けさせることですか。七輪・練炭を株仲間全体で扱えば皆が等しく儲かるという理屈は判ります。しかし、金程村の生産が頭打ちで類似品も出てくるとなると、この萬屋がずっと優位を保てるという感じではないのですが」


 まだ意図することが思いつかないようなので、もう一つヒントを出す。


「卓上焜炉で萬屋から売り出すものは仕出し膳に使える、という仕組みと同じことを練炭にしてみてはどうでしょう」


「じゃが、練炭はただ燃やす炭であろう。許認可という具合にはいかぬじゃろう。もったいぶらずに、何をすればよいのか、わたくしにもお教えください」


 確かに、仕出し料理の番付けや料理比べの興業、卓上焜炉の許認可制度など外目にも派手で面白みのある継続的なイベントが薪炭にあるか、というと、それは無いとしか言いようがない。

 なので、お婆様も何を言わんとしているのか思いつけないのだろう。


「ちょっと効果が判りにくいかも知れませんが、木炭の格付けを担うというのがありますが、どうでしょうか。

 木炭はあまり質を問わず重量で量り売りしている商品です。しかし、同じ重量でもいろいろな面で差があると思っています。こういった特徴を審査し、木炭に判り易い評価を与える仕事です。

 公正な評価をしそれを木炭毎に与えることで、購入する人が代金に見合った木炭を得られるようになります。

 木炭にお墨付きを与える作業ということになるでしょう。

 この過程で、小炭団や練炭のように基準となる大きさや誤差範囲がきちんと決まっていることを評価すると、きちんときまった大きさであることを利用した製品が生まれやすくなります。基準化・規格化・標準化などと言いますが、こういった地道な作業が大量にものを扱うときに重要になるのですよ」


 まだピンと来ていないようなので、例え話をするしかない。


「金程村で作る1個350匁の普通練炭は七輪で燃え尽きるのに4刻かかります。この時間は七輪下部の空気穴で調整はできますが、だいたいどの練炭も同じ条件ならほとんど同じ時間で燃え尽きるように作っています。

 ところが、別の工房が真似し外見や重さがあまり違わない練炭があったとします。そして、その工房で作られた練炭は燃え尽きる時間が均一でなく、早いものもあれば遅いものもあったとします。

 使い勝手が良いのはもちろん金程村製ですが、そのままでは別の村のものとの区別が難しいと思いませんか。

 それで、もし別の村もほとんど同じ時間で燃えるようなものを作れるようになったら、そうなったことを知らせる必要がありますよね。

 具体例で言うと『4刻誤差8分の1刻』『4刻誤差半刻』とか『1刻誤差16分の1刻』というのを符丁で外に示すのです。

 今の説明は、燃える時間に着目した指標をこさえて、それを何かの形で示すという話ですが、火力とか煙とか臭いや爆ぜ具合など、実際に使ってみるまで判らない木炭の特徴を指標で示すということです。

 そのためには、実際に幾つも燃やして確かめる必要がありますが、これを試しその結果を知らせるという機能を萬屋が進んで担うのです。例えばの話ですが、どうでしょうか」


 早く言うと『木炭の品質検査所を開設し、販売される木炭や加工製品に等級付けをする』ということなのだが、直ぐ理解できる話ではなかろう。

 そもそも日本という国は、優れた職人がとてつもない名品を生み出す反面、大量生産・工場生産という誰が作っても一定の品質のものを産み出すという技術にはとても弱い面があるのだ。

 JIS規格といった標準のネタをこの時代に仕込んでおくことによる影響は小さくないはずだ。

 こういったところに焦点をあてて、小さなところから変えていくのも良いという思いがある。

 ここに商売のネタが沢山転がっているに違いない。

 千次郎さんは理解の範囲を超えたのか、ポカンとしている。

 反面、お婆様は聞いた内容を一生懸命理解しようと前のめりに身を乗り出して頷いて話を聞いている。


「幸いなことに、秋までには、まだ時間はあります。料理比べもまだ何度も開催されるでしょうから、都度着実に成功させていくのが優先です。

 何も変革を急ぐ必要はありません。いろいろな商売の方向もあるので、私が今申し上げたことはその中の一つでしかないと思います。

 萬屋をどんな特徴を持つ店にしたいか、何が得意な店なのか、江戸市中の人やお客が何を求めて萬屋を頼ってくるのか、といった基本的な所を一度突き詰めて考え抜くのも必要でしょう。できれば、考えたことを紙に残しておくことをお勧めします。そういったことを踏まえて、他より優位に商売するための取り組みを考えていくようにしましょう」


 そう言い残して義兵衛は皆に見送られながら萬屋を後にした。


木炭のJIS規格版を作り運用するところになっては、という義兵衛・竹森案です。本質は、萬屋の特性とありたい姿をどう定義し将来像を作るのか、なのですがね。

さて、次話は料理比べの状況などを御殿様へ御報告、という内容です。

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