茫然とする父を置いて木炭加工準備を確認 <C221>
孝太郎を外して百太郎にだけ説明します。秘密は知る人が少ないほど保たれやすいという原則通りです。
それから、助太郎はとてもアテになる友人です。
『そして、百太郎さん。
4年後から7年間も大飢饉がこの国を襲う。
こんな話しを、義兵衛さんが突然話し始めたら、どうなったと思いますか。
多分、狂人扱いにされ、最悪何もできないまま闇に葬られた可能性もあると考えます。
これが、俺の存在を隠す、悟られないようにする最大の理由です。
かといって、無為に過ごす訳にもいきません。
そこで、俺は義兵衛さんに助言して、村で餓死者を出さないための方策を進めることにしたのです。
俺の存在を、本当の目的を話して理解して頂ける人が出るようになるまでのことですが』
果たしてどこまで信じてもらえるのだろうか。
理解力が鋭いと思った百太郎でも、きっと時間がかかるに違いない。
沈黙が、長い沈黙が覆った。
「ワシは貴方のことを信じましょう。
なるほど、色々考え抜いた結果として、今の状況があり、だからこそ、貴方の話を信じようという気になったのですから。
しかし、申し訳ありませんが、流石に今どうすればいいのか、吃驚し過ぎて考えが何もまとまりません。
とりあえず、この場は終わりにして、明日にでも色々お教え願えませんか」
『了解しました。
しかし、俺は240年後の人間ですが、知っていることはごく一部です。
こちらの時代の人から見れば仰天するようなものもありますが、知っていることと出来ることは違います。
万能人間ではありませんので、間違えて覚えたものあれば、知らないことも沢山あることはご理解ください』
俺が合図をすると義兵衛は、立ち上がって部屋を出、部屋の外で巡回している兄・孝太郎に言った。
「一応、父との話しは、今日の話しは終わりました。
明日もまた込み入った話をすることになると思います。
申し訳ありませんが、中で父が茫然としていると思いますので、この後をよろしくお願いします。
僕は、夕方まで助太郎のところへ行ってきます」
そして、家を抜け出し、助太郎の所へ向った。
果たして助太郎は俺を待っていてくれた。
「義兵衛さん、お疲れさまです。
今日の集会の様子を父から聞きましたよ。
水車小屋ができるということで、さすが義兵衛さんです。
ただ、この施工は孝太郎さんが中心で行うそうですが、自分としては、義兵衛さんに仕切って欲しかったところです。
まあ、名主さんからの直接指名ではしょうがないですね」
「助太郎、本当にありがとう。
集会を乗り切れたのは、昨日助太郎が弱りきっている僕に代わって色々考えてくれたおかげだ。
これからも助けてくれると嬉しい」
まあ、当然のやりとりだろう。
「今日決まった話で、各家から1名の計5名が明日から集まります。
伊藤家も小作人の子を入れたいという話があったので、この人数になりました。
最初が肝心ですから、試作品を作る時にしてくださった年貢米が無くなるという構想を持ち込んだところの話を皆にしてもらえませんか。
あの話を聞いたときに、新しい風がこの村に吹くのを感じたのです。
この企ての切掛けが義兵衛さんで、その義兵衛さんから直接訓話を受けると、手伝いの人の士気が上がると思うのです。
どうですか」
「申し訳ないが、明日は名主・百太郎さんとの話しで、多分家を抜け出せない。
それに、木炭加工は助太郎が中心なのだろう。
しっかり頑張って、皆を指導してもらいたい。
ところで、明日の作業指示の準備はできているのか、準備の具合を見てもいいか」
「そう来ると思いました。
すっかり準備できていますよ。
粉炭を作るのに2人、それを練って型に詰めるのが1人、レンコンの穴を開けて型を抜くのに1人、七輪を作るのが1人。
練炭の型は2個あり、それには『金程』が掘り込まれるように細工してあります。
実験に使った版木も8枚に増やしてあるので、一辺に128個の炭団が作れます。
もっとも竹炭を混ぜる実験をするので、版木2枚をこれにあてることを考えていて、製品は96個になります。
ただ、炭を練るときに使う麩糊の不足が問題で、頂いた布海苔を充てたいと考えています。
試してみると布海苔はカスも少なく使い勝手はいいですが、この調子だと10日程で無くなります。
原料の炭は、ザクの俵を何俵か回してもらえたので、今は充分にあります」
文句のつけようもない準備だった。
助太郎は、材料と製品の管理、実験を担当するようだ。
「ところで、練炭・炭団の製品で一番気をつけることが何か判るか」
「燃える時間が、できるだけ長くなるように作ることでしょうか」
「正解ではあるが、それだけでは足りない。
練炭を使う人は、1個使いきると次の練炭を使う。
その時、全く同じ大きさでないと、七輪に入らなかったり、入った後にガタついて隙間が出来ては困る。
なので、仕上がり寸法、特に外寸が同じであることが、まず重要なのだ。
そしてその次に重要なのは、練炭の燃え尽きる時間のバラツキなのだ。
だから『練炭の燃える時間はどの練炭でも同じでなければならない』ということに注意して欲しい。
沢山の練炭を買った時、大きさが不揃いだったり、同じ条件なのに燃える時間が長すぎたり短かったりすると、困るのは使う人なんだよ」
俺は、顧客起点ということを伝えようとしているのだが、理解できただろうか。
「だから、出来上がった製品について、寸法が一定の大きさになっているか、同じ時間燃焼するかを確認するのはとても重要なのだよ。
もし、寸法が許される基準より大きかったり、小さかったりする場合は、練炭を粉に戻してもう一度練り直しからする必要がある。
また、燃焼時間だが、これは原料の質が同じであれば同じ時間燃えるのだから、練炭を作る時に同じ材料で版木を使って小さい練炭を作り、基準にしている練炭と燃える時間を比べることをするのだよ。
この検査は結構時間がかかるので、炭を練る塊ごとに1~2回試すだけでいい。
この二つの検査は大きさ見本と、一緒に燃やして比較する大量の試験片が必要になるので、事前に作っておくと良い」
出来上がった製品の品質を出荷前に確認するのは基本だけど、忘れていないか、生産が軌道に乗ったら確認してみよう。
「七輪の構造だが、練炭を納めた時の上面ギリギリのところに、6個ほど小さな穴を開けて空気が入るようにして欲しい。
これは、七輪の口一杯に鍋底のあるものを置いて、蓋をされたときの対策になるはずだ。
後、七輪の練炭を支える部分は、型をつかってギザギザ模様をつけておいて欲しい。」
上から目線で改善も含めて頼んだが、助太郎のことだから色々考えてくれるに違いない。
「ところで炭団には七輪のような専用容器はないのですか」
「実は懐炉というのがある。
ただ、耐熱性の繊維が必要なので、これをどうしようかを考えているところだ。
考えがまとまったら、また説明しよう」
懐炉という名前を漢字で書くとそのまま意味が伝わった。
しかし、構造は見当つかないだろうな。
平賀源内が、アスベストで耐火服を作ったなんて話しは聞いたことがあるけど、まあ、まだ先のことだ。
「義兵衛さん、今指摘頂いたことは、なるほどと思うことばかりです。
やはり、ここは手伝いをする皆が集まった時に訓示してもらいたいです。
明日はとりあえず始めていますが、明後日なんかでも、手が空いたときに必ず真っ先に来てくださいよ。
その時に全員集めて話しを聞きたいです。
よろしくお願いします」
真剣にお願いをされて、俺も悪い気はしない。
先ほどの家での憂さがすっかり晴れ、元気になって家に帰ることができたのだ。
助太郎の工房で、本当に癒されている義兵衛と俺だった。
練炭以外に炭団が出てきて、懐炉というものも飛び出しますが、どう納めていこうか、という感じです。
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