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萬屋変革への疑問 <C2209>

萬屋に居る千次郎さんとお婆様を前に萬屋の行く末を話そうとする義兵衛なのです。

 打ち合わせが終わると、実際に行動に移すべく皆はそそくさと店を出ていき、茶の間にはお婆様と千次郎さんが残った。


「さて、義兵衛様。ここからがこの萬屋にとっての本番じゃ。昨日聞いた話をわたくしなりに解釈して千次郎に聞かせておる。

 萬屋がどのように繁栄していくか、この先ずっと命脈を保ち丁稚等奉公人を養っていくか、という先の見通しの重要性を語ったつもりじゃ。こういった意見を聞いてから一夜明けて、千次郎も何か思うこともあろう。まずは、義兵衛様に言いたいこともあろう。まずは千次郎の存念をこの場で言うてみよ」


 お婆様は千次郎さんを焚きつけた。


「義兵衛様、存念を申し上げるより先に、今回の料理比べ興業につき、数々の助言を賜っていることを、まず感謝申し上げます。

『興行の裏方となり、進行や目配りなどを差配し御奉行様や旦那衆の覚えをよくし、仕切りがちゃんと出来る人物という評価を得よ』という諫言は身に染みました。

 例えば、今回の打ち合わせを仕切らせて頂きましたが、このような場を踏むことで商売で上辺だけの付き合いというより、いざとなればお互い助け合える関係にまで成れている実感があります。特に、八百膳・善四郎さんや同心・戸塚様には、今回の興業では行司役ではなく裏方を務めると申し出てから、一段と支えて頂けているように、人として信頼されてきている感じが直に伝わってきます。

 もちろん今回の打ち合わせのように、皆が義兵衛様が来られるのを心待ちにしていた程の信頼感には、まだまだ及びも着きませんが、その何分の一位は私の言うことを信じ支持して頂けるのをヒシヒシと感じております」


 千次郎さんの持上よいしょ振りにはいささか閉口するが、大きな目標を達成するには人として信じてもらうことが絶対条件という信念で、ひたすら窮地に立って関係者を崖っぷちに追いやり、信頼を得ると称してひたすら銭を稼いできた我が身と重なる心情の吐露を聞いて、少し感動してしまった。

 しかし、お婆様に昨日語った内容は、この萬屋自体を死に物狂いで稼がねばならない道に追いやる提案なのだ。


「それから、七輪・練炭の売掛金の用途についてまた聞きではありますが、その発想に驚かされました。今どうするか、ではなくずっと先にどのような姿になりたいかをきちんと考えて、その大局に向けて抜かりがないように手を打つ。その姿勢は口で言うように簡単にできそうで、実はなかなかできるものでは御座いません。

 小炭団で類似品が出た時に、いささかも慌てず想定済として対処を話されましたが、この秋口からの売り出しで得る椿井家の5万両を下敷きに将来を語られている所を考えますと、もしかして七輪・練炭の製造・販売も実は一過性と見込まれているのではないかと思い当たりました。そこまで先を見通せる義兵衛様の能力に、凄さに改めて恐れ入った次第です」


 千次郎さんも、随分先の見通しということに長けてきた感じがある。

 先を読んで小さくても種を蒔く。先が想定とちょっと違うことも考え、その方面にもちょっと種を蒔いておく。駄目と判れば、早めに撤退し、傷口が広がらないように対処する。

 自分で言うことでもないが『言うは易し、行うは難し』だが、その通りと思わざるを得ない。


「千次郎さん、私の考え方・やり方を随分とご理解頂けているようで、恐れ入ります。

 七輪・練炭ですが、きちんとしたものを使うと、どの練炭でも火が長時間、しかも同じ時間保つことに価値があります。そのため、卓上焜炉とは違い、今回扱う七輪・練炭には厳しい寸法制限を設けてあります。従い、外観だけ似せても同じ特徴・性能を出すことは難しく、類似品の生産は容易ではないと踏んでおります。

 ただ、問題は金程村での生産量が需要に追い付いていないことです。

 そのため、村では七輪の製造を諦め、江戸の腕利き職人さんのところへこの秘密を教えようとしております。

 練炭は今年一杯真似されることはないと思っていますし、似たようなものが出てきても性能は追い付かないでしょう。

 しかし、来年の春頃には流石に同じものが作れるようになると考えています。

 なので、まずは今年の年末までの売り上げだけで椿井家とその里は将来設計をしております」


「それでは、今年の売り上げに合わせて、いろいろな仕掛けをしたところで、次がなければ萬屋としては来年の春には終わってしまいます。

 この萬屋に変革を望むのであれば、来年以降の見通しもお考えであればご説明くだされませんか」


 千次郎さんは昨夜、お婆様の話を聞いて結構思い悩んだに違いない。

 お婆様は椿井家が未来永劫利息で知行地の年貢を上回る稼ぎをひねり出す仕組みを聞いただけで、てっきり萬屋も同じ、と思い込んだのだろう。

 椿井家と萬屋では、そもそも立場が違うことを見逃していたようなのだ。


「よお言った、千次郎。確かに、お前さんの言う通りじゃのう。萬屋が新しい商売である七輪・練炭の卸し元になれたとしても、それが続かんようでは御終いであった。わたしが見落としていたことによう気づいた。

 さて、それが判っていて、こうまで言う義兵衛様には、何かお考えがおありじゃろう」


 それは、萬屋さん自身が考えてもおかしくない話のはずだが、困ったことはまず聞いてみるという姿勢が、ここ2カ月の付き合いでこびりついてしまったのかもしれない。

 ちょっとどうかと思いながら、指導することまで考えて、義兵衛は説明を重ねていく。


「小炭団は金程村から150万個まで供給しました。いや、明日・明後日ぐらいで150万個になるのでしょうが、それから一旦生産を打ち切ります。この変化の原因は安価な代替品の登場です。

 先日もお話しましたが、萬屋以外の所から『安価な小炭団の類似品が出るのは仕方無い』となった時に、萬屋も自ら安価な類似品を別な場所に製造委託して乗り切ろうとしています。ただ、金程村の小炭団は特別な価値が出る可能性に賭けて、小売り値段は下げずに一定量確保されますよね。

 練炭とて、同じことです。同じ性能を出すのに何の助言もなければ時間をかけて苦労するしかないですが、それは私に聞けば済む話です。七輪はいろいろと先があるため、明かせない生産手法の部分があるのは確かです。ただ、練炭は木炭加工製品だけあって、萬屋が専門家であるのは間違いありません。他が苦労して来春の終わりころにやっと追い付く頃には、他店に先んじて類似品並みの価格の萬屋製練炭が提供できれば良いと考えます」


 千次郎さんは納得いかないという顔をしている。

 言いたいこととは少し違う表現になってしまったかも知れない。

 多分、練炭を金程村以外で作れるようになった時、他の木炭問屋でも同様に卸しをして萬屋の立場を脅かすことを心配しているに違いない。


「しかし、それでは萬屋は他の薪炭問屋株仲間の中で優位を維持し続ける格好にはならないでしょう。そうなるための決定打を持っていないと乗り切るのは難しいと思いませんか」


 確かに千次郎さんの言う通りだが、そこで弱気になっていると何一つ前に進まない。

 ここは難しいが、考えている案をそのまま説明した方が良いのか、それとも気づくように助言するしかないようだ。


「優位を確保できないのであれば、確保する方法を考え、それを実行すればよいのです。

 仕出し膳に使う卓上焜炉の販売では、萬屋さんが他の薪炭問屋に比べて圧倒的に優位に立っていると思っていますが、その認識はあっておりますよね」


「はい、今の所他の店から仕出し膳に使える卓上焜炉を売り出すことは難しいと思います。また、他の薪炭問屋で使用許諾を得た卓上焜炉を売り出しても、余程のことがない限り萬屋の優位は揺るがないと思います」


「ならば、今まで私がしていたことを見て、優位を生み出す根源が何か、ということはもう理解されているのではないですか」


 義兵衛は千次郎さんを見つめ、返事を待った。


千次郎さんの疑問に対して質問で応える義兵衛です。

直にこうすればどうか、と、敢えて言わないでおきたいと考えている義兵衛なのです。

次話も同様に、煮え切らない会話が続くのです。


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