興業幹部、全員集合 <C2208>
前日の約束を守るべく、萬屋へ急ぐ義兵衛でした。
午後、義兵衛は萬屋へ出向いた。
店の入り口が見える所に来ると、店先に立っていた丁稚が義兵衛を見つけ駆け寄ってきた。
「義兵衛様がおいでになるのを、皆様店の中でお待ちです」
驚いたことに、関係者一同が義兵衛の来るのを待っていたと言うのだ。
町奉行同心・戸塚様は午後に来るという話を聞いて、番頭の忠吉さん相手に萬屋で暇つぶしをしていた。
八百膳・善四郎さんは、午後にも来るという話を聞いて、先に料亭・坂本に行き、つい先程萬屋入りをしている。
瓦版の版元まで、明後日の売り出しを控え本来忙しい時であるにもかかわらず、編集の職人も連れて来ている。
なんと幸龍寺からも、こういった興業を管轄する部署から僧侶を一人寄越している。
料理比べ興業まで、ここに集まっている人には禄に時間も暇もある訳がない。
にもかかわらず、今日の午後必ず来るとまでの約束していない義兵衛が店に来るのを待っていた、と言うのだ。
このようなことなら、急使を屋敷に寄越せばよいものを、と思ったがともかく結果論としてこれで良いようだ。
暖簾をくぐると、そのまま奥の茶の間に引っ張りこまれた。
「ようやく関係する方々が揃いましたな。では、各人の状況と懸念事項などお話頂きましょう。なお、料理比べ興業の仕切りは萬屋の千次郎さんが担うこととなりました。では、千次郎さんから」
八百膳・善四郎さんがことも無げに千次郎さんに丸投げした。
すでに覚悟を決めていた千次郎さんが、寄り合い相談の口火を切った。
「では、まず行司役の確認からですが、料亭側の7名に変更はありませんな。それと、今回は初めてということもあり、料亭側の席を7席にしましたが、次回からは評判によっては3席に減らすとしてください。残り4席の行司役を御武家様と商家に割り振ります。
商家側の行司役は私から奈良屋・重太郎さんに変更になっております。私は興業の進行を行う方へ回ります。明後日に売り出す瓦版の修正はよろしいでしょうか。
御武家様側の行司は、北町奉行・曲淵様ということで良いですな」
千次郎さんの問いに、同心・戸塚様は異を唱えた。
「それですが、行司役は南町奉行の牧野様に差し替えてくだされ。
曲淵様は当番月なので目付役に回り、非番の南町奉行・牧野様を充てたいと仰っており、すでに牧野様にはご了解を得ておるそうだ。それから『次回以降の行司役に奉行が必要なら常任することは差支えないが、非番を行司・当番は目付に割り付けて頂きたい』との由であるので、この席で了解されたい。
目付については、申し出にあった通り一席は椿井様とするが、もう一席には台所役人・御賄頭の中から旗本の相沢様を充てたいとのことで話が済んでおる。なお、『急な横やりに備えて1席ほど急遽追加できる余地を残せ』とのご指示である」
なるほど、南北奉行が月替りであるなら、非番側を主役にしようという意図は良く判る。
目付の選択も非番側の御奉行様が行うなら、御役目に煩わされることがないという配慮に違いない。
更に、台所役人をこの興業に取り込むとは中々良い判断のようだ。
お上(将軍様)と御台所様のお二方へ、日々の料理を準備される方に新しい料理、強いて言えば卓上焜炉を見せるのは、卓上焜炉の市場開拓においても強力な意味がある。
いっそ台所役人の中から1人を常任の行司役にしても良い程ではないかと考えてしまう。
「話が目付のことに及びましたが、商家側は選出が終わっておりますでしょうか」
千次郎さんは善四郎さんに問いかける。
「3席とも決まりました。こちらも横やりに備え予備に1席確保したいと考えています。
いずれも米問屋でして、新旅籠町の紀伊国屋・権三郎さん、猿屋町の伊勢屋・長兵衛さん、六間堀町の井筒屋・伝兵衛さんです。
皆どこで目付席のことを聞きつけたのか不思議ですが、今回は早いもの順とさせて頂きました。
また、目付席については御武家様も商家分とそれぞれの予備も入れて8膳、この八百膳から仕出し膳を準備させて頂きます。
目の前で美味いものを食しているのをただただ見守るだけではつらいでしょうからな。
それから次回、商家側の行司席と目付席について、行司の一席は発起人の萬屋さん預かりとしますが、残りは公開入札とし高い値を付けた人から順番に割り付けますぞ。
戸塚様、こうしても良いことの了解をしっかり御奉行様に得ておいてください。瓦版になってから御破算になると混乱がおきます。ああ、落札した金銭は、仕出し料亭の座に入りますので、決して誰かの私腹を肥やすことはございませんので、そのことは強調しておいてくだされ」
義兵衛は井筒屋さんの素早い動きに感心すると同時に、間に合ってよかったという思いがこみ上げてきた。
札差を行う米問屋は、皆武家相手の金貸しを営んでおり、いろいろと便宜が図られるのであろう。
「行司役・目付役のそれぞれの役割説明は終わっておりましょうな」
千次郎さんの確認に、否の声が出る。
「それは、別途決めるとして、幸龍寺側の準備はよろしいでしょうか」
千次郎さんはことも無げに僧侶に問いかけるが、興業を受け入れる側の準備の大変さを理解していないように思えてしょうがない。
「北町奉行様からお話されていたのか、寺社奉行様への届け出も恙無く終わらせることができました。
少しでも興業内容に変更があれば、事前に届けておくのが良いと思いますぞ。
あと、客殿の中の準備は万端です。9店の料亭と裏方の方々、行司や目付の付き添いの方々には、回廊脇の控室を割り振っています。廊下からの観覧は左右に各50席を準備できています。
中庭に一般の方を集め、そこから100名を客殿の中に誘導する恰好になりますが、どうやって混乱なく一般の方から100名を誘導するのか、方法をご教授くだされ」
やはり、何人来るのかわからない人の扱いに困っているようだ。
以前、似た様なことを心配した覚えがある。
それを思い出したのか、千次郎さんがこちらに向かい知恵を出して欲しい、と目で訴えてきた。
「まず料理比べ目当てで幸龍寺さんに来られた方に番号札の半券を配って中庭に入場させてください。そして、この配布を興業開始の半刻前に締め切ります。太鼓を鳴らすのが良いと思います。遅れた方は、理由の如何を問わず中庭には入れないようにします。
そして寺側で残された半券から100枚を選び、これを皆に示します。番号が一致する半券を持っている方だけ、受け付け100文を支払ってもらってから中庭より客殿に誘導します。
半券100枚を選ぶ方法は、集まっている皆の目前で作為がないことを判るようにすれば良いと考えます。
そうですね、半券を箱に向ってまとめて放り投げて、箱に入ったものを当選とするなんか手ごろでしょうね。
ただ、初回はどのように選ぶか来るほうにも判っていないので、何枚もの半券を受け取るという不正が入り込むことがないと思いますが、2回目以降は半券を有り難いお札にして16文で売るとか、違う方法で選ぶことを考えれば良いと思います」
皆がほほう、という顔で義兵衛を見た。
実は他にも、集まった群衆に料理○×クイズを行い勝者100人を選ぶとか、元いた世界のバラエティ番組で人を絞りこむ手法は数多くあり、その披露も少し思い浮かんだ。
評判になりそうな方法で、かつ、瓦版映えしそうな企画だが、そういった考えの披露は準備に時間が取れる次回送りにすべきだろう。
「なるほど、それなら準備できそうですな。人手は多少かかりそうですが、寺側でなんとかしましょう」
幸龍寺から来られている僧侶は手はずを納得したようだ。
「では、その手配をよろしくお願いしたい。
あとは、今回対象となる9店への条件説明、器の提供だが、こちらは善四郎さん、抜かりありませんな。
料理比べの手順や行司役・目付け役の役割説明を、まだ全員に済ませておりませんので、これを手分けして終わらせましょう。
瓦版版元さんは、修正が色々入って大変と思いますが、よろしくお願いします。興業の5日前には撒く必要がある、というのが大方の意見です。今日以降の変更は、進行役が当日なんとか納める格好にしますので、作り始めてください」
そして、千次郎さんが、行司役・目付け役の枠に名前を書き出し、説明の担当を割り振りを終えた。
そして、締めの挨拶をすると興業幹部の打ち合わせを終えたのであった。
クイズ正解者100人を選ぶという方法は受けると思うのですが、さすがにあと数日では導入困難と判断したのです。多分次回の興業は義兵衛さん主導でこの方法を選ぶことになるでしょう。
次話は、皆が帰った後の萬屋で、という内容です。




