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借金返済と米調達の相談 <C2205>

借金返却自体ではなく、そう発想した枠組みを知りたがる伝兵衛さんでしたが、話は進んでいきます。

 井筒屋の奥座敷で、主人の伝兵衛さんと利息の話をしているうちに、番頭さんが帳面と書付、証文の束を持って戻ってきた。


「お話中申し訳ございませんが、借財を今の時点で清算した場合の集計ができましたので、お伝えします。

 ええっと、返却頂くのは総額で131両2分でございます。しかし、ご贔屓にして頂いております萬屋さんからのご案内ですので、2分はおまけして131両でいかがでございましょう。宜しいでしょうか」


 120両台の数字であればと思っていたが、言われた金額が少し高かったので、義兵衛はちょっと出しゃばることにした。


「申し訳ございませんが、例えばこの証文で清算にあたりどのような金額を出されたのか、ご説明願えませんでしょうか」


 義兵衛が指差したのは、今年の1月に借り返済が来年12月末40両返却となっている利率1割5分の証文だった。


「これは40両の証文ですね。1割5分ですから年6両として利息は12両。この利息分を前取りしておりますので、1月に28両お渡ししております。来年末の返済ですと40両の返済ですが、今までの利息は半年分の3両となりますので、9両お返しするということで31両が返済の金額でございます」


 なるほど、番頭さんのこの言いようだと、利息の仕組みに詳しくない御武家様はまんまと騙されてしまうに違いない。

 どうしても言わねば軽く見られると思った義兵衛は、つい突っ込んでしまった。


「お上からお達しの利息の考えは、100両を1年間借りたら上限15両までの利息を加えた115両を返す、で御座いますよね」


 番頭が頷く仕草をするが、その横で主人の伝兵衛が苦い顔をしている。

 多分、番頭さんが凹むという展開が見えているのだろう。


「すると、28両借りた椿井家は今年の年末で清算するなら32両と800文、来年の年末で37両と120文というのが本来の1割5分の利息、お上のお達しの上限金額でございましょう。

 年利1割5分の複利で考えられますと、月辺りの利率はおおよそ1分1厘8毛でございましょう。

 すると、借財の28両を今清算すると30両に167文が本来で、3833文多く返さねばならないというのはいかがかと思います。

 しかし、証文では来年末に40両を返済することが清算の条件と書かれておりますし、借りたほうもそれを了解しておりますので、ここで借りたときのことを詮議していても仕方ございません……」


 お婆様が義兵衛の言葉を途中で遮った。


「義兵衛様、今ここでそのような細かいことを番頭さんに言い立てても話が進みませんぞ。

 それで、伝兵衛さん。ここはこのお婆の顔を立てて、清算のために返済する金額は、もう一押し端数を切った130両ということで承知願えませんかな。それでも今現金を手にすることが出来れば、井筒屋に損はありますまい。

 義兵衛様も、このあと伝兵衛さんに改めてお願いすることが御座いましょうぞ」


 そうだった。この後、村で備蓄するための米を調達するための相談が控えているのだ。

 義兵衛はお婆様の意見に素直に従い、平伏した。


「誠に申し訳御座いません。大分言い過ぎました。清算の相談を続けたく、是非ともよろしくお願い致します」


 様子を窺うと、番頭さんが憮然としている横で、伝兵衛さんは苦笑いしている。


「番頭、こちらの義兵衛様はお前よりよほど利息のことに詳しい。下手なことをするより正直なほうがよほど良い相手じゃ。心しておけ。機会があれば、番頭は教えを乞うたほうが良いかも知れん。

 それで、義兵衛様。証文のことは萬屋さんのまどかさんの言われる通り即金130両で清算致しましょう。では、これは全部の証文となります。お改めください」


 もうすっかり忘れていたが、お婆様の名前はまどかと言い、若い頃は実力派の商人あきんどとして名を馳せていたのだ。

 このお婆様に顔を立ててくれと懇願されたら、この近辺の古手の商家では無碍むげに扱うことはできない、と後から聞かされた。

 そして義兵衛は何枚もある証文を確認し、懐から予め袱紗ふくさに包んで用意していた130両を取り出した。


「証文に間違い御座いません。それでは、こちらが清算でお返しする130両となります。お改めください」


 義兵衛が差し出す包みを番頭さんが包みごと受け取り、中にある小判を数え、終わると主人の伝兵衛さんに小さく頷いた。


「確かに130両受け取りました」


 双方深く礼をし、これにて井筒屋の借金は完済したこととなった。

 皆、一息入れるため出されていた茶を啜る。

 そして、伝兵衛さんが切り出した。


「それで、萬屋の円さまが申されていた、改めてお願いすること、とは何ごとでございましょう」


 ここからは義兵衛が説明するしかない。


「お願いするのは、米の買い入れのことでございます。椿井家の知行地は、村の総人口の割りには米の収量が少なく少しでも不作になると農民は餓えます。不作の年が続くと、年貢米を納めると村にはもう何も残らないような状態なのです。そこで、お殿様はお金に余裕がある今、知行地に米蔵を立て、飢餓対策の米を蓄えることを考えておられます」


 この後、これから数年は年貢米を米問屋に卸して金に換えるのではなく、むしろ米を買い付けたい意向があることを話した。


「いずれにせよ、今直ぐということではなく、今年の秋の収穫時期から具体的に米を動かす時のことになります。そして、買い入れたい米は、飢饉対策ということで玄米ではなく籾付き米のままでお願いしたいのです。知行地周辺の村で収穫・買い入れされた米をこちらに運ぶのではなく、そのまま椿井家の館の米蔵に入れたいのです。量は、今年は少なくとも500石位にはなります。

 まだ先の話にはなりますが、細かな方法、量や質・金額については追々相談させて頂ければと考えております」


 義兵衛の話を聞いて、伝兵衛さんは頷いた。


「よろしゅうございます。籾米で欲しいという要望でございますな。それで、その籾米は両国の蔵ではなく、それぞれ近隣の村から運ぶという条件ですか。確かに、500石もあれば、輸送だけでも結構な費用がかかりましょう。江戸市中と往復させる位なら、近場から運んでしまう分安く上がるというのも道理です。ただ、玄米ではなく籾米ですとかさが倍ほどになりますぞ。同じ1俵でも玄米にすると実質半分位になりますが、それで良いなら籾殻外しの手間がかからない分、実質安くはなりましょう。

 しかし、買い付け値と売り渡し価格には差がありますので、そこだけはきちんと御含みください。

 委細は追って番頭と相談させましょう。

 義兵衛さん、この取引は長く続くように思います。もう借財はありませんが、椿井家とはこれからも懇意にして頂けるよう、よろしくお願い申しあげます」


 伝兵衛さんは丁寧に挨拶してくる。

 どうやら、今後に繋がる具体的な話ができる関係に漕ぎ着くことが出来たようだ。

 当初の目的は果たされたので、3人は暇を請い井筒屋を出た。


「義兵衛様、明日もまた萬屋へ御出で願えませんでしょうか。今朝ほど伺った話ですが、今夜にも千次郎に萬屋の行く末の覚悟を決めてもらいましょう。

 その上で、椿井家のなさりようをもう一度直接お聞かせ願えませんでしょうか」


「お婆様、本日の井筒屋の件を紳一郎様とお殿様に報告する必要があり、午後であれば伺うことが出来ると思います。もし、事情が変わった場合は明後日になりますが、それで良いでしょうか」


 とりあえず次回に伺う日を決め、義兵衛はお屋敷へ、お婆様と千次郎さんは萬屋へとそれぞれ戻って行ったのだった。

お婆様の助けで、飢饉対策の籾米購入の話にまでやっとたどり着けた義兵衛です。

明日午後にもまた萬屋に行く約束となりましたが、今日の首尾を御殿様に報告せねばならないのです。

次話はこの場面となります。


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[良い点] 味方ガチャ、信用SSSのお婆様頼もしい
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