井筒屋の主人・伝兵衛さん登場 <C2204>
やっと借金元締めの米問屋である井筒屋にまで乗り込んだ義兵衛です。
六間堀町の井筒屋では、奥の客間に通され、程なく主人の伝兵衛さんと番頭さんが現れた。
「伝兵衛さん、お久し振りでございます。本日はお忙しい中、お時間をとって頂きありがとうございます」
「いえいえ、千次郎さん。今、卓上焜炉と小炭団、仕出し料理で大商いをなされている萬屋さんからの申し出であれば、この江戸で断る店は御座いませんよ。
仕出し料理を大きく変える切っ掛けを作ったり、料理比べの興行の発起人に名を連ねるなど、とても薪炭問屋のなさることではございません。料亭に料理を見せて道具を売る、なんて恐れ多くて他の者には追従できないでしょう。店頭での実演販売も効果の程を見て驚きましたぞ。
米問屋の株仲間の寄り合いでも、料理番付と料理比べの話題で持ちきりですよ。料理比べの行司役で商家の一枠をお勤めになるそうですな。大舞台で活躍なされるとは、誠に羨ましい限りでございます」
「あははは。その行司役ですが、私のような若造では勤めるだけの力量が足りないということで、同じ薪炭問屋の旦那衆である奈良屋・重太郎さんが今回は商家代表で御座います。私はこの興行の裏方ですよ。
あと、どうせ3日後の瓦版で書かれるので、ちょっとの先行にしかなりませんが、格好のネタをお教えしましょう。
料理比べが幸龍寺の客殿で行われますが、この座敷内の一角に目付け席を設けようとしています。武家側と商家側の目付けでそれぞれ2~3席設けます。お武家様席は、北町奉行所で招待される方を決めますが、商家側席は勧進元の八百膳さんのところで選びます。もし目前で料理比べをご覧になられたいのであれば、八百膳さんに申し出てみられてはいかがでしょう。
もっとも、大勢の方が申し出られた場合に、どのような基準で目付けを選ぶのかは八百膳さんの主人・善四郎さんが決める、とのことなので、選に漏れた場合でも萬屋を恨まぬようによろしくお願いしますよ。いずれにせよ、早く申し出されたほうが良いでしょう」
「これは、なかなかいいお話をききました。早速掛け合ってみましょう。こういった珍しい面白いことを待っていたのですよ。これは楽しみですぞ」
流石に話題の料理比べ興行、話題は尽きそうにないが、これでは用が足せない。
義兵衛は千次郎さんの着物の裾をちょっと引っ張った。
「ええと、本日お邪魔させて頂いたのは、椿井家の借財のことで相談があってのことです。
こちらに居るのが、その椿井家で財務を見始めた細江義兵衛様です」
やっとお鉢が回ってきた。
「椿井家家臣、細江義兵衛と申します。萬屋さんの所に木炭加工商品を卸す関係者で、借財についてお話させて頂きたく萬屋さんを頼って井筒屋さんに紹介してもらっております」
事前の打ち合わせ通り、お婆様が引き継ぐ。
「まず、萬屋から井筒屋さん経由で貸している60両の証文がございましょう。年末で清算ということですが、小炭団の売掛金がかなりあることから年末を待たず清算されたい、との申し出が御座いましてな、萬屋としてはこれに応じることにしました。
それで、半年分の利息を割り引いた金額で相殺して証文を破棄しますが、井筒屋さんの所での利息分の割引を確認したいと申されましてな、これを戻して頂かないと萬屋は勘定が合わないのでございますよ」
これで、椿井家が利息の軽減を細かく言っているニュアンスではなく、萬屋としての内部利益が確保できないための請求という格好になった。
井筒屋さんは、番頭が奥へ引き込むと直ぐ様当該の証文を持って現れた。
流石にこういった証文の類の管理はきちんとできているようで、金貸しとして必要な機能はしっかりしているのに感心する。
「こちらがその証文ですが、60両の借財で利息を前取りして45両渡しておりますな。萬屋さんが9両、当方が6両の利息ですか。
ようございます。萬屋さんの顔を立てて井筒屋からは3両お返ししましょう」
お婆様は井筒屋がもっと渋ると言っていたが、あっさりと落ち着くところに来てしまったので、利息のカラクリを知っているぞ、という話にならない。
この点では伝兵衛さんのほうが一歩上手だったようだ。
「それはありがとうございます。
それで、椿井様の所では他の借財も同様にここで一気に清算したい、と申されておるのです。
聞いている話では、萬屋資金のもの以外に140両ほどあるようです。それを、本日付けで清算すると利息分が結構引いた金額で済むはずと義兵衛様が細かい金額も上げて申しており、一気に返却するための現金も持ってきている次第です。
まずは、幾らお返しすれば椿井家の借財証文を全廃棄できるのかをご確認ください」
伝兵衛さんと番頭が顔を見合わせ、主人の伝兵衛さんがほんの僅か頷くと、番頭さんが口を開いた。
「とりあえず、萬屋さん元手の証文を清算しましょう。今、3両用意致しますのでこれを萬屋さんに渡し、証文を細江様に渡すということでよろしいですかな。それから奥でちょっと計算してきますので、ここでお待ち頂くということでお願いします」
番頭さんが奥へ引き込むと、丁稚が袱紗を敷いた三方に金3両を載せたものを持って現れ、主人・伝兵衛さんに渡し戻っていく。
伝兵衛さんは、この3両を千次郎さんに渡し、証文を義兵衛に渡し、深く一礼した。
千次郎さんは、伝兵衛さんに証文を渡し、同じく深く一礼した。
「なかなか普通このように先に清算される方はおられません。ましてや旗本の方がこのように前倒しして借財の清算を申し出てくるというのは、珍しいことです。椿井家では、なにかありましたのでしょうか」
予定にない質問なので、義兵衛が答えるしかない。
「はい、椿井家の経理を養父紳一郎が見ておりましたが、今月より私も見るように言いつかりました。そこでまず椿井家の借財を確かめたのです。そこで気づいたのは、利息の払いの多さです。年利ということですが、実際は月毎の複利で計算されており、また契約月と完了月の13カ月分の利息を取っていることに気づいたのです。
幸い、今回の小炭団で売掛金があるため、これを使って早く返済することで余計な支出となる利払いを少しでも減らせるのではないかと考えたのです」
この返事に伝兵衛さんは目を丸くした。
「これは、一介のお武家様が仰ることとは思えません。よほど詳しい所で修業なされたのでしょう。そのようなことを一体どなたに教わったのかが気になります。
斯く言う私も利息の細かな方法の理屈が判るまでに、見よう見まねで10年ほど丁稚然の雑用をして、その後番頭修行を何年かし、ここの主人となってやっとその理屈が判ったという次第なのです。
なので、できればどこで修業なされたのか、お教え願えませんでしょうか。こちらの若い者をそこへやって修業させたいものです」
いや、それはこの世界に転移する前の世界の知識が大半で、あとは独力なのですが……
流石にこれは説明はできません。
「申し訳ありませんが、村の寺子屋で基本を学び、後は独学です。強いて言えば、萬屋さんの所で1ヶ月間帳簿を見させて頂いた位です。まだまだ勉強中で、田舎仕込みなので、江戸でのお金が回る仕組みも良く判っていないのですよ」
この誤魔化しが果たしてどこまで通じているのだろうか。
なかなか事前に想定していた流れになりません。井筒屋の主人・伝兵衛さんには義兵衛に利息の知識があることは伝わったようなのですが、という流れで次回に続きます。




