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売掛金の行方 <C2203>

七輪・練炭商売のあり方について、お婆様相手にやらかした義兵衛は、これを実現する方向へ持っていくために......

 義兵衛がした七輪・練炭商売の展望の話にお婆様が大きく反応した。


「まずは、千次郎さんや忠吉さんと良く話合ってもらえませんか。お婆様が乗り気になっていても、実際に表に立つ主人が納得されていないと上手く進むはずもありません。

 また、私が萬屋に詰めていた先日までとは事情が違います。椿井家のお屋敷での御奉公が先になりますので、この辺りをご勘案ください。凡その手筈はお婆様の頭の中に出来上がっているのではないでしょうか。ならば、それを抜けや漏れ、伝え忘れがないように着々と行っていけばよいのです」


 お婆様は大きく頷いた。


「それで、そのように商売したとして、椿井家・金程村には10万石大名の年貢分にも匹敵する売掛金が出来上がりましょう。

 今、2千両(=2億円相当)にも満たない金額で右往左往されておりますが、年末にはその5万両(=50億円相当)を全て回収ということになると、今の騒ぎどころでなく大ごとになりましょう。こっそり現金を椿井家に運び込むなんて到底できませんぞ。そこについては何か方策をお考えであれば、わたくしに教えておいて頂けないでしょうかな」


 七輪・練炭はまだ博打のような所があるので、5万両の収益は仮定の話になっている。

 御屋敷の紳一郎様にもまだ説明してはいないが、仮のこととして目論見をお婆様に話す位なら良いだろう。


「これは仮のことで、実際にまだ御殿様などには説明もしておらず、私の中だけの考えですので、そう思ってお聞きください。

 年末に5万両が売掛金として積みあがっておりましたら、毎年2千両を清算し椿井家と村の収入に充てます。残りのお金は平均年5分になるよう運用し、元本に加えていきます。4万8千両あれば運用益は2400両になりますので、元本が減ることはございません。お上の示された利率の上限は1割5分ですので、元本の半分を1割の利率で運用すれば良いのです。

 それで、できれば萬屋さんにこの5万両の運用を全部委託できれば、と考えております。

 勿論、萬屋さんは運用にあたって金銭の出し入れ毎に相応の取引手数料を取ればよく、貸し倒れになっても萬屋さんに全額補填してもらう必要はありません。ただ、お上が過去にあった徳政令のような、借金棒引きを強制されると流石にどうにもなりませんが、その時でも元本の半分は残っておりましょうから、それで椿井家は堪忍できると考えています」


 義兵衛の話を聞くうちに、お婆様の顔が真っ赤になった。


「稼いだ金を元手として、毎年その4分を引き出し、残りを5分で運用するのであれば、元手は増えこそすれ減ることはありますまい。毎年決まった年貢米を集めて銭に代えるより、お天道様を気にせず済むだけでも、よほど確実に暮らすことができるではございませんか。椿井様は500石の旗本でありながら、4000石の旗本相当の実入りを、ほぼ永久に手にできる工夫に驚かされましたぞ。しかも、元手は半分残すのでございましょう。

 利息のことをいろいろ見抜かれている義兵衛様ならではの手法でございましょう。

 それで、半分の2万4千両の運用をこの萬屋に任せて頂ける、というのは誠でござりましょうか」


「勿論、その積もりでおります。なので、その貸し出しに備えて現金をここへ留め置いたのです。

 金程村と萬屋さんとは一蓮托生と称して私を引っ張り出したのはお婆様でござりましょう。今度は、萬屋さんと椿井家は一蓮托生でございますよ。ただ、運用のための貸出先については、こちらも審査に加わりたいと思っています。

 取り逸れの少ない旗本家や、発展が見込める商家など、面倒ではありますが一箇所に大金を貸すのではなく、信頼できる小口の案件を多く混ぜるというのが貸し倒れの危険性を防ぐ基本でしょう。小さくても数をこなすことでなんとか出来ればと思いますよ」


 義兵衛の説明に思案顔のお婆様である。

 暫くしてからポツリとつぶやいた。


「どうやら萬屋は七輪・練炭販売の元締めになるや否や、金貸し・両替商になれという訳か。それを見越しての現金払いの扱いであったとはのう。表立って両替業を行う訳ではないが、2万両(=20億円相当)程の裏付けが使わんでも資金としてあるとなると、結構貸し出し先もあろう。木炭の小売先は、金の貸し先に含めることができるし、木炭を売る客として取り込むことが出来る。これは、大きく儲けることができそうじゃ。

 じゃがこれは、誠に敵が多くなりそうじゃ」


「その通りでございますが、そこで注目されるのがお婆様が取り組んでおられる江戸市中の飢餓対策です。全国的な飢饉が起きても江戸市中は萬屋のお婆様のお陰で守られていることが知れれば、必ずや支持してもらえます。江戸市中から萬屋が吸い上げた利益を、江戸市中へ還元するのです。即効性はありませんが、地道に陰徳を重ねていけば、必ずや萬屋さんに福をもたらしましょうし、報われることになりましょう」


「その通りなのであろうが、長い道のりじゃのう。

 まあ良い。わたくしが頑張れば良いだけじゃ」


 このように込み入った会話をするうちに、丁稚が六間堀町から戻ってきた。


「井筒屋さんの主人・伝兵衛さんは今日の午後であればお会いできる、と申しておりました」


「よし、ご苦労であった。

 では、義兵衛様、これから出れば間に合いましょうぞ」


 萬屋を出ようとした時、千次郎さんがスッと横に並んできた。


「これから、井筒屋さんの所で大立ち回りを演じられるのでしょう。現当主の私が一緒だったほうが話も通りやすいかと、また援軍は多いほうが良いと思いまして。どうですか、お供に加えて頂けませんか」


 これは心強い援軍だ。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


「千次郎はな、義兵衛様が帰られてから奈良屋さんの所へ直ぐ行って、長いこと話をしておった。

 料理比べの行司役を快く引き受けてくださった、とのことじゃ」


 ここで皆まで言われまいと千次郎さんが口を挟んだ。


「それで、興行のことだけでなく小炭団についても類似品の話となり、これから薪炭問屋全体の商品として行くことも話をしました。ただ、卓上焜炉については火事の懸念から審査を受けるという座で取り決めた内容も説明して了解してもらっています。

 今は金程村製の小炭団が幅を利かせておりますが、木炭を同じ寸法に切り出すことで作れることを金程村でも承知しており、薪炭問屋がこれを作って売ることは一向に差し支えないこと、木炭の材質によっては火が爆ぜることがあり火事に繋がる懸念から例えばクヌギなんかを加工するのは避けて欲しいことなど説明しました。

 こういった細かい所をきちんと話をしておくことで、奈良屋・重太郎さんは萬屋の後ろ盾になって貰えるようです」


 奈良屋・重太郎さんも商売人なので、儲かる機会は積極的に掴もうとするに違いない。

 そこへ千次郎さんは格好のものを持ち込んだのだから、歓迎されない訳はない。

 どうやって重太郎さんを巻き込んでいくかが、今後の発展の鍵になるのだろう。


「それはさておき、千次郎、戻ってから面白い話を聞かせように、今のうちにしっかり性根しょうねを据えておくが良い」


 カラカラと笑い上機嫌なお婆様と一緒に3人で六間堀町へ向うのであった。


金持ちになったら利息だけで暮らそう!貧乏人の夢を語ってしまいました。それから、千次郎さんも覚悟を決めて早速動いていたのです。

次回はいよいよ米問屋・井筒屋さんの登場となります。

後書きでの毎度のお願いが、毎度のフレーズなので、しばらく省略してみます。

記載が無くても、感想。コメント・アドバイスは歓迎していますので、よろしくお願いします。

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[一言] 江戸時代のウォーレン・バフェット(笑)。
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