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練炭商売の進め方 <C2202>

萬屋での話が終わり、その後で屋敷での報告とその翌日の萬屋でのことになります。

■安永7年(1778年)5月12日(太陽暦6月6日)萬屋


 昨夜、義兵衛は萬屋さんから金200両を屋敷へ持ち帰り、首尾を養父・紳一郎様へ報告した。


「まず、この200両を使い、椿井家が井筒屋さんから借りている借金を早期清算する必要があります。その内、萬屋さんからの借金60両については、今年の木炭の売掛金を早期清算して完済している旨を井筒屋さんに通知しますので、実際に返済する必要がある証文の合計金額は全部で約140両となります。

 早期返済になりますので、本来であれば利息は半分になり20両は過多として戻される、つまり120両支払いすれば完済されるはずなのですが、おそらくここは井筒屋さんは渋ると考えられます。

 萬屋のお婆様が交渉に立ち会って頂けるとのことですが、この後の米の扱いを考えると130両で収まれば譲歩して清算しておいたほうが良いようです」


 報告内容は了解され、義兵衛が考えている条件で井筒屋さんとの借金返済を行って良いとの承諾を得た。

 そこで、義兵衛は持ち帰った200両の内、60両を椿井家の臨時収入として家計を預かる紳一郎様に渡したのだった。


 朝、井筒屋へ交渉に行くため懐に金130両の包みと、万一不足する場合に上乗せするため10両の包みを忍ばせて萬屋に行くと、すでにお婆様は待ち構えており、いつもと違う奥の座敷へ引き込まれた。


「義兵衛様、たった今丁稚を井筒屋さんへ走らせましたぞ。午後に相談に伺いたいと申し出ることになっておる故、ここでわたくしに少し存念を話してもらえまいかのぉ。なに、丁稚が戻ってから出かければ良いので、それくらいの時間はありましょうぞ」


 ここで話をきちんとしておかなければ、金貸しも営む百戦錬磨の井筒屋さんには話が通らないだろう。

 お婆様は、そのことを御見通しのようで、顔一杯笑みを浮かべて話しかけてきた。


「今回の村の売掛金を見ますと、小炭団の売り上げ分で1875両、金程製卓上焜炉では48両、その他に炭団などで23両分、合計でざっと1946両あります。

 これを全部年末まで未清算のまま萬屋に置くのではなく、先に半分くらい引き出して有効に使いたいのです。秋からは本番の七輪・練炭が待っており、その準備をしておく必要があるのですから、事前に手当が要るのは当然とお考えください。

 ただ、貧乏旗本に分不相応な所持金があるのは間違いのもとですので、約半分を現金で引き取り、七輪製造や飢饉対策での急ぎの用に使い、余ったものは里へおき万一に備えます。そして、江戸市中での売掛金を半分に圧縮しておきたいという思惑なのです。

 また、米問屋の井筒屋さんは、年貢米を現金化する手段としてずっとお付き合いして頂いており、この関係で多少不利でも借財窓口として束ねて頂く恰好となっておりました。しかし、今回の借金の全清算で来年の年貢米を担保に借財を重ねる必要性はなくなりました。むしろ、飢饉対策として椿井家が米を買う立場となります。最終的には3年間でおおよそ3000石の米を買うことになります。なので、できるだけ安く米を村へ回して頂く必要があるのです。まずは500石程度になると考えています。この手配をするために、ある程度の売掛金が萬屋さんにあることを伝えて信用の後ろ盾にしたいと考えています。

 購入する現物の米は浅草・両国の蔵にあるものではなく、多摩川沿いの集積蔵から回して頂けば、米俵を積んだ川船で行き来する必要がなくなり、運搬費用も浮くでしょう。実際の買い付けは秋からでしょうから、今すぐという訳ではありません。ただ、椿井家の知行地全体でそのような動きになっております。

 飢饉に備えるため、今までのように120石分の年貢米を渡すことはないのですが、これを事前に伝える必要があります。もし、お付き合いの関係でそれができないのであれば、帳簿上で売って、そして同じ値ですぐ買い戻すような操作をすることになります」


 義兵衛の話にお婆様は真剣な表情で頷いている。


「それで、義兵衛様。小炭団での村の儲けはそれでようございましょうが、秋口以降の売掛金はどのような扱いを考えておられますか。昨日の話ですと、練炭だけで7~8万両の売り上げと聞いております。その7割であれば金程村と椿井様への売掛金が5万両にはなるので御座いましょう。また、七輪については萬屋だけではなく広く卸すのでございましょうが、全部で5万両を越える売掛金を回収することになりますぞ。

 2000両の売掛金の扱いで、今のように結構ざわざわした状況で御座いましょう。それより25倍にもなる金額ですのじゃ。その扱いによっては、萬屋の商売のやり方も変わりましょうぞ。ボンクラな千次郎めは、まだそれに気づいておらぬが、わたくしには義兵衛様が何か思われるところがあると見ておりますのじゃ」


「そこなのですが、独占卸しの契約のことがあって上手く説明をできないのです。

 お婆様が、萬屋の商売のやり方を変える、というところまでお考えなのであれば、申し上げたいことがあります。

 最終的に萬屋さんには練炭を扱う薪炭問屋仲間への仲介になってもらいたいと考えているのです。

 金程村と椿井家が卸した練炭と七輪を、小売より安価に薪炭問屋へ卸すという格好です。これならば、独占卸契約を変更することなく、椿井家・金程村との商売が継続できます。

 例えば、こちらから七輪・練炭が持ち込まれて萬屋で蓄え、一定の数量毎にそれを薪炭問屋仲間内で都度入札するとか競りにかける、といった具合です。市場への小売価格は、競り落とした薪炭問屋が仕入れ値や在庫を睨んで考えれば良く、萬屋は不良在庫を抱える心配もありません。

 ただ、この格好に持ち込むには、それなりの市場があることと、原価割れしない一定水準以上の価格で売れ利益が上がることを示さなければなりません。

 なので、まずは秋口の一ヶ月程度をかけて七輪・練炭を流行らせ、その上で薪炭問屋仲間全体を巻き込んで萬屋が元締めとなって売り出す体制に変えるという仕掛けが必要です。このためには、仕出し料亭の八百膳さんのような立場の方を押えておいて、事前に承諾しておいてもらう必要があります。

 昨日話されていた奈良屋の重太郎さんは、八百膳の善四郎さんのように皆を押えて引っ張っていけるような方でしょうか」


 この話を聞いて、お婆様は驚愕の表情を見せた。

 薪炭問屋の株仲間の旦那衆どころではなく、薪炭問屋内で市を開きその供給元ドンになれ、と言っているのだ。

 返す言葉がないのか、あの話上手のお婆様が沈黙したままになっている。

 お婆様の頭の中ではどんな風景が広がっているのだろうか。


「これは、また…………

 この歳になって腰を抜かす程恐ろしいことを聞かされましたぞ。

 しかし、練炭を他では入手できないとなれば、そのやり方は確かにあります。いや、それならば立場が違うので妬まれることも少なくなりましょう。

 うむぅ、競りで裏で皆が口裏を合わせ安価に誘導するようであれば、何かの事情をこさえて供給を絞るだけで良いのか。

 江戸市中の価格を見張って、落差が大きいようであれば御奉行様へ先に注進し、その威光で押さえ込めば立場は一層強くなる、でしょうか」


 お婆様の顔にだんだん朱がしてくるのが見え、最初震えていた声も大きく確かになってきた。


「これは、義兵衛様のおっしゃることに間違いは御座いません。

 八百膳の善四郎さんを巻き込んでそれまでになかった仕出し料亭の座をこさえた時のように、奈良屋の重太郎さんを巻き込んで練炭・七輪の競り市を薪炭株仲間の内に作り出す。

 これは面白い、いやぁ、素晴らしい。

 義兵衛様、一緒に立ち上げを手伝って頂けませんかのぉ」


 調子の良いお婆様に乗せられ、どうやら、義兵衛はまたやらかしてしまったようだ。

七輪・練炭の売り方について、義兵衛なりの構想をお婆様に漏らしてしまいました。


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