萬屋からの借金の行方 <C2201>
朝の定期訪問、八百膳・善四郎さんと町奉行同心・戸塚様が帰り、やっと話ができる環境になったのですが......
いつも萬屋の様子を見に来る八百膳の主人・善四郎さんと町奉行所の同心・戸塚様の来訪が終わり、再び萬屋の中での話が出来る状態となった。
ここで義兵衛は本日訪問の目的である売掛金の回収方法について相談を切り出すハズだったのだが、料理比べという興行が迫っており、どうしてもそちらに引きずられてしまうのだった。
「お婆様、薪炭株仲間で後ろ盾になって貰うのは奈良屋の重太郎さんが良いと思いますが、どうでしょう」
千次郎さんは、旦那衆に目される中で親しい人を捉まえてはいたのであった。
「なぜ、奈良屋さんなのかを聞いても良いかな」
「はい、重太郎さんは旦那衆の一人として目されております。
その店の奈良屋は、元々京発祥の呉服屋で、商機を広げて炭を扱う部門となっており、様々な業種に身内がおり身代がしっかりしております。
また、重太郎さんは、最近佐倉城下でクヌギを原材料とする黒炭が出来ていることを見出し、その質が良いことからこれを大規模に扱おうとしているように聞いております。目利きが確かな人であり、懇意にして頂くのが良いかと考えました」
「そうさな、先代の嘉右衛門さんもしっかりしておった。奈良屋なら、まあ間違いはなかろう」
お婆様の支持を得てほっとした様子の千次郎さんだが、肝心の話の中身が決まっていない。
しかし、将来の七輪・練炭販売のことはともかく、今は料理比べの興行で手一杯なのだ。
だが、ここで折れると今日の目的を達せられないのだ。
「千次郎さん、まずは行司役を奈良屋の重太郎さんに代わってもらうというのは良いと思いますが、できるだけ先を見通した話もできる関係になっておいて下さい。
それと、本日私が訪問した目的がまだ決着しておりません。
萬屋が手持ちの現金・卓上焜炉と小炭団を現金販売して得た結果なのですが、これを積み上げていることを心配されているご様子ですが、金程村・椿井家への掛売金の清算を年末まで待つのではなく、手持ちの現金を回すことで半分位清算されてはいかがでしょう。
椿井家では、回して頂いた現金で借金を早期清算し、かつ飢饉対策として里に建てようとしている米蔵の資金にするつもりなのです。
あと、椿井家は、萬屋さんにも借金していると聞いております。
椿井家が借財する時に、木炭の売掛金を引き当てる関係で、六間堀町の井筒屋さん経由になったものと了解はしています。なので、清算にあたっては井筒屋さんとの話が欠かせませんが、年末までを待たず清算することで、利息の割戻金が出ます。細かい話ですが『金額の大小にかかわらず同じ扱いをするのが商売の帳簿に基本』と忠吉さんに御指導頂いておりますので、そのあたりはご承知ください」
忠吉さんは自分の名前が出たことで物が言い易くなったようだ。
「左様で御座います。椿井家の知行地の村から仕入れる木炭は、おおむね毎年80両ほどございます。内、20両はそれぞれの村で購入された物品の買掛金と相殺しておりますが、後の60両は米の代わりの年貢分ということで椿井家へ納めることになっておりました。それがいつの頃かは定かに覚えておりませんが、急なお入り用があるとのことで井筒屋さんで前借をされまして、以降その担保となってから徐々に貸付金額を増やすようになり、翌年の木炭売掛分を担保に引き当てる格好になりました。昨年までは、貸せる上限が60両で、それ以上は増やさないという話を井筒屋さんにはしております。しかし、この分ではもう気遣いは無用ですな」
借金を始めた経緯は何にせよ、これまでの借財の方法が不味かったに違いない。
井筒屋を通さなければ、年間で9両もの無駄な利息を払わずに済ますことができたのだ。
「それで、井筒屋を経由しての60両の証文ですが、6カ月前倒しして返却します。なので、利息として萬屋さんは9両を前取りしてますが、4両と2531文を戻して頂くことになります。531文多いと仰るかも知れませんが、月締めの複利計算ですとこうなります。もっとも、前取りすることで実際には公式に言われている1割5分の利息ではなく、1割7分6厘の利息になっていたので、本当は戻して頂くのはもう少し多くても良い位なのですがね」
義兵衛は予め計算しておいた金額を忠吉さんに説明した。
年利15%だと、毎月の複利計算で月利1.178%になる。
これは100両につき、利息は月4712文になる。
細かいようだが、こういった端数も大切にしないと経理管理・蓄財はできない。
この理屈を知っているのと知らないのとでは、雲泥の差なのだ。
忠吉さんは、あんぐりと口を開け、言った。
「そのようなことを、一体どこでお知りになりました。
よほど詳しい方以外、借財する時に気になさる方はおりません。普通は必要な金額を借りることが出来れば良く、利息が月締めの複利で年利1割5分がというのがお上からの指示ということしかご存知ありません。
自分も、この理屈が判るようになるまで、結構時間がかかりました。あきれるばかりです」
だが、お婆様は少し違う意見を述べた。
「義兵衛様の仰ることはもっともです。
しかし、その理を井筒屋さんに説いても話が長引くだけで、結局はいいようにされてしまうに違いありませんぞ。
義兵衛様の凄さは、この萬屋一同身に染みて判っております。しかしながら、初見の井筒屋さんに交渉に行ったところで、失礼ながら外見から判断して一介の小僧扱いされるに間違い御座いません。
理屈は理屈として、その通りの割引した金額で早期清算をすることは、長い目で見て得にはならない様に思いますぞ。
萬屋は60両の証文で51両を井筒屋さんに渡しています。そこから6両抜いて、45両を椿井家に渡しておりましょう。
これを、今年の年末60両分の木炭の売掛金と相殺したと説明して、証文を廃棄しています。なので、6ヶ月早く清算と言われると、抜いた費用の半分、いや義兵衛様の仰る通りそれより少し大目の金額を利息過多分として付け返していく理屈でありましょう。
では、井筒屋さんは抜いた6両の半分を返すか、と言うと、なんだかだ理由をつけて引き伸ばし、圧縮するに決まっております」
ここで少し時間を取ってチャカチャカと算盤を弾くお婆様を見て、どうするつもりなのか疑問を持った。
小首を傾げながら、書き取った数字を見ていたが、諦めたように話を続けた。
「なので、椿井家からの申し出で、51両を6ヶ月間月利1分2厘で複利運用したのと同等の金額である54両と3135文を今月末で清算した旨を井筒屋さんに通知しましょうぞ。その折、井筒屋さんには45両を6ヶ月間月利1分9厘で複利運用した50両と1520文との差額が本来の取り分である旨伝え、暗に判っていることだけを伝えるで良しとしませんかな。
こうやって、後ろめたいことをしていると意識させることで、萬屋以外のところの借財について有利に話が進められるのではないですかな。
ああ、今言った金額ですが、どうも感覚と合っておりませぬ。久々に算盤を弾いたもので、どこぞで間違いがあったのやも知れぬ。忠吉、検算して正しい金額を義兵衛様に伝えておいてはくれんか。
それで、義兵衛様、井筒屋にご挨拶に行かれる際は、このお婆がお供致しましょう。
なに、理由は判っております。義兵衛様はドンと構えておいでくだされ」
どうやら、お婆様に手引きして貰えるようだ。
ならば、いずれもう少し先の思惑もお婆様にはきちんと説明しておくべきだろう。
やっと萬屋さんからの借金の話になり、早期清算に伴う利息分の返却を求めました。数字が細かく出てきてわかり難いと思いますが、読み飛ばして頂いても結構です。
次回は、翌日井筒屋に向う前に萬屋へ寄った義兵衛です。
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