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料理比べ、戸塚様への説明 <C2200>

とうとう200話になってしまいました。が、60万字を越えてもまだ決着がつきそうにありません。

長い話で飽きてきている向きもあると思いますが、ひたすらよろしくお願いする次第です。

さて、今回は八百膳・善四郎さんが帰り、入れ替わりに町奉行・同心の戸塚様が店に入ってきた、というところからです。


 戸塚様は萬屋の茶の間・作戦本部に義兵衛が居ることを見つけ、顔を輝かせた。


「これはこれは、義兵衛さん。また萬屋で修業しゅぎょうでしょうか。今度はいつまで滞留されるのですか」


 戸塚様の頭の中では、すっかり以前のようにここに寝泊まりする前提になっているようだ。


「いえ、今回は萬屋さんで売掛となっている費用をどのように回収するかを相談に伺っているのです。以前のように、長期滞在ではないのですよ。

 まだ世間知らずの弱輩者ですので恐れ多いことですが、ここに居ると今後の商売のあり方について相談を受ける格好になってしまいます。もっとも、世俗にまみれていないが故の理想論が受けているのかも知れませんが、確かに萬屋さんに一石を投じている結果になっているようです。

 今も、20日に行われる料理比べの話をしていたのですよ。

 千次郎さん、先程の善四郎さんとの話の内容を説明されてはいかがですか」


 千次郎さんは、興行の目付け役席を新たに設けること、武家からの行司役の要請者はこの目付け席へ誘導して欲しいこと、席は1~2人分であること、1席は義兵衛の主人に充てたいことを説明した。

 また、今回は間に合わないが、商家の目付け席については招待以外の数席は公開入札とし、その費用を興行収入としたいことなどを付け加え、勧進元の八百膳・善四郎さんの了解を既に得ていることも話した。

 戸塚様は千次郎さんの話を逐一頷きながら聞き終えた。


「言われることは判った。今までの興行説明に追加される部分があるのだな。御奉行様にはその通り伝えるが、良く練られた策に見えるので、多分大丈夫であろう。

 ただ、武家側の目付け席の割付を御奉行様に丸投げしておるが、これは結構難しいであろうな。

 実は瓦版で報じられた料理比べの興行について、何故か老中・田沼様が知っておられて『興味深々』と申されたよし、御奉行様から伺っておる。田沼様は新し物好きなのでな、こっそり御奉行様を西の丸の屋敷に呼びつけたりしておるようじゃ。

 行司役は既に御奉行様と決まっておるが、行司役以外に役得になる・直接関る席があるとなれば、上役からの押し込みに抗することは、なかなか難しいものなのだ。まあ、田沼様が直々にということはまずあるまいが、少なくとも息がかかった者や目端の利く者が料理比べの目付け役席に来ることになるであろう。

 それから、初回となる今回はともかく、次回に商家席を入札制にするとなると、武家側も席を得られるよう何らかの働きかけがされるであろう。歓心を買おうとして新たにまいないを贈る者も出るやも知れぬ。御奉行様は要らぬ心配の種を抱えたことになるの。場合によっては、千次郎同様に、御奉行様は行司役を誰かに譲ることになるやも知れぬ。

 いずれにせよ、御奉行様が預かれば良いことなので、そこは萬屋が心配することではないの」


 戸塚様はなぜかニコニコしながら話をしているが、実に恐ろしい争奪戦が予期されると言っているのだ。

 しかも、今権勢を一番振るっている老中・田沼様が関心を寄せているとなると、何か悪い予感しかしない。

 この興行で下手を打つと、首が飛ぶ可能性だってあるのだ。

 理由は、例えば「江戸市中を無用に擾乱させた」とか「お上を蔑ろにした」など、なんとでもできる。

 こうなると、何事も細大漏らさず企てを報告し、事前に了解を得たという格好にすることが重要になってくる。

 そして、一番問題になりそうなのが、統制が取れない一般の興行見学者なのだ。

 客殿の廊下から様子を見ることが出来るということで、100人の有料枠を設けるが、限定したことで返って混乱を起す可能性がある。

 杞憂かも知れないが、幸龍寺の境内やその周囲で100席を巡っての騒動が起きることも有りえる。

 無用の混乱は避けるべきだが、これを押さえ込む方法は咄嗟に思い浮かばない。

 そう思い悩んでいると、戸塚様が話しかけてきた。


「ところで、この目付け席という案は、今まで全然なかった発想ですな。千次郎さんからの説明ではあるが、この案はどうも義兵衛さんの臭いがしますぞ。まさか、今日の今出てきたばかりの策という訳ではあるまいな」


 戸塚様は義兵衛の顔を、目を覗き込んできている。

 動揺が顔に現れているのをしっかり読まれているのに気づいた。


「はい、実はその通りです。つい先程、千次郎さんからこの興行について『銭を取って客殿の廊下から一般の人を100人見学させる』ということを聞いて、更に内側に見学席を設けたら商売になる、と思ったのです。そして、行司役を譲って欲しいという要望の強さから見て、これを上手く捌く手としても使えると考え出しました。

 しかし、気になるのは一般の人の動向です。瓦版で詳細を知った江戸市中の町人が、幸龍寺に押し寄せ混乱を引きこすのではないかと心配です。上手く見学する権利を得た100人だけ選別し、客殿に誘導できると良いのですが、良い方法を思いつけません。興行開始前に客殿を取り囲んで人が集まり、仕出し膳の搬入や行司・目付け・支援作業者の出入りが難しくなったり、集まった人で選に漏れた人が中に入って見たいと騒ぎ出すのではないかと恐れています」


 義兵衛は懸念事項を伝え、御奉行様配下の岡っ引きなどを動員して整理して貰いたいことを匂わせた。


「まずは興行主が混乱しないよう策を取ることが先ですな。浅草・幸龍寺には広い境内があります。客殿の周囲を立ち入り禁止にして、一般観衆を境内に誘導し、そこから100人を受付して堂内へ案内する一方、境内に残された観衆には高札で中の状況を都度知らせるなど、やりようはどうにでもあろう。瓦版の版元を身内に取り込んでいるなら、読売している読み子を使って様子を中継するなどはどうかな。

 想像する力があるなら、対策を思いつくことも容易であろう。

 うむ、そうか。読み解けたぞ。おおかたあるじの椿井殿より『行司相当の役につけよ』とか無理難題言われておったのじゃな。それで興行を廊下から見学という話を聞いて飛びついたのか。

 むふぅ~、義兵衛も、なかなかやるのぉ」


 ズバリを言い当てられてしまった。

 お婆様も、千次郎さまも義兵衛の難しい立場にやっと思い至ったのか、納得という表情をしている。


「全くその通りでございます。恐れ入りました」


 義兵衛が降参と言わんばかりの平伏をすると、それを合図に戸塚様は挨拶をして帰っていったのだった。

 今回『飢饉の話を御殿様か甲三郎様が御奉行様に弁明したい』という案件を持ち出すことは出来なかった。

 しかし、頻繁に来ているようなので、この話をする機会はきっとあるに違いない。


「では、後は瓦版の版元への連絡ですな」


 千次郎さんはこともなげに言うが大切なことを忘れている。


「その前に、薪炭問屋株仲間の旦那衆でどなたを後ろ盾にするのか決め、話をしておく必要があります。

 練炭自体の扱いは今決められないようなので、卓上焜炉と同様に木炭を使って暖を採る新しい道具である七輪を、秋口から萬屋で売り出す予定であることや、焜炉と違って椿井家の窓口を通して卸して貰えることを説明しておくというのはどうでしょう。七輪の説明を求められるかも知れませんが、その時は萬屋にある実物を持っていって使って見せれば良いのです」


 まだ了解されていない七輪の扱いを、あたかも了解済みのような格好で提案の中に潜ませ、意識の下に擦りこむブラックな義兵衛さんでした。


御殿様のたっての願いを無理やり押し込んだことを見抜かれてしまいました。結構小細工を弄する義兵衛ですが、まだ肝心の話が済んでいません。これが次話となります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 勉強不足であったようです。 きちんとした資料ではないので恐縮ですが、www.rinya.maff.go.jp › tisan › tisan 江戸時代は基本的にこんな具合の捉え方をしています…
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