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正直に話し始めます <C220>

義兵衛が問い詰められてピンチです。とは言え、それほどのことでもありませんが。

 集会が解散してから、父、兄、義兵衛と、伊藤家だけで向き合っての会話となった。

「水車を作るという話しこそ、義兵衛が中心となって動かしたほうが良いのではないですか」

 孝太郎がこういい始めた。

 多分、このような流れで来ることは、義兵衛はともかく俺には見えていた。

 父・百太郎が、孝太郎に箔をつけるためにこの作業の指揮をとるよう指名したのは見えている。


「この村の姿を大きく変える風が吹いているのを、孝太郎は感じているか。

 木炭加工を中心とした動きだが、この村の将来がここにかかっているとワシは思っている。

 この村の次期名主はお前だと思っているが、この新しい仕事にどこかで一枚噛んでおいたほうが良いと思っている。

 特に、土地の交換・水利権のからむ仕事は、大人がきちんとかかわって記録を残すなどしておかないと、必ず禍根を残す。

 見えるものを残すという意味では、水車を建てたのが、孝太郎というようになれば良いと思う。

 ワシも後押ししてやるつもりだ」

 だいたい思った通りだ。


「それから、義兵衛。

 このようなことを考え始めた理由が良くわからんが、お前には何かが見えているのだろう。

 それを抱えていないで、この場で吐き出してみたらどうか」

 やはりそこに来たか。

 どうやら、どう説明すればいいかを義兵衛と練った話をする必要がありそうだ。


「僕もどう説明すればいいのか判りません。

 なぜ、には答えられませんが、今どうなっているのかを話します。

 十日程前、最初に農作業をせずに書斎をお借りした日の朝、僕の頭の中に話しかけてくる声があることに気づいたのです。

 今でもその声が色々な新しいことを教えてくれます。

 年貢を米で納めていることがこの村の食料事情を悪くしていることが真っ先の指摘でした。

 この対策として、木炭加工のことを教えてくれたのです。

 必要に応じて、次に何をすればいいのかという良い考えがポンと出てくる感じです」

 百太郎は、さもありなん、という顔をした。


「最初はとても気味が悪い感じがしましたが、慣れてくると大層便利で有難いものです。

 周りでいろんなことが起きていて、どうすればいいのか判らないときに、こうすれば良いと直ぐに教えてくれるのですから。

 お殿様のお目見えの時も、ガチガチに硬くなっていた時に『気を楽にして、鉄瓶を受け取れ』とか、『こう説明しろ』とか、助けられました。

 見落としていることや、全体が捉えられていないときに、それを細かく教えてくれることもあります。

 もっとも、この頭の中に話しかけてくる声が万全という訳ではありませんし、勘違いしている時もあります。

 あくまでも、この声の指示は参考にしてくれ、ということを言ってくることがあります」

 実際のことをところどころ説明でつなぎ、嘘はついていないのがポイントなのだ。


「その声というのは、今も聞こえるのか。

 ワシの言っている声も聞こえているのか」

「はい、僕が見て、聞いているものをそのまま見て、聞いています。

 ただ、僕以外の人が見たり聞いたりしたものは、知らないです」

「つまり、何か、いや誰かはわからないけど、何かが憑依しているという感じなのかな」

 流石に、理解が早い。

「その通りですが、狐や狸のような性質たちの悪いものではないと思っています。

 実際、僕にとっては、とてもありがたい存在ですし、この村が良くなるために尽くしてくれています」


 百太郎は座布団から降りて後ずさりして平伏した。

「恐れながら、義兵衛に憑依されている方に申し上げます。

 今までの数々の不敬、誠に申し訳ございませんでした。

 お願いがございます。

 どのような存念で、この村の良くなされようとされておりますのでしょうか」

 義兵衛は吃驚びっくりした。

 義兵衛も座布団から降りて後ずさりし、あわてて平伏する。

 『何かの神様でも憑依している』ということを、咄嗟に思い浮かべたに違いない。

 もしくは、違ったとしても、神様待遇をしておけば最悪の事態は避けられると咄嗟に判断したのか。

 今までの百太郎の切り返しの速さから見て、後者の可能性も十分ありそうだ。


 思えば、義兵衛に憑依した時の最初の会話が『お前は誰なんだ』だっけ。

 今、それと同じことを百太郎から聞かされているのだ。

 さて、この硬直した場面をどうしようか。

 俺は開き直り直接話しをすることにした。

『今、義兵衛さんの口を借りて、百太郎さんには正直に話をします。

 ただ、俺のことを余人には悟られないように、充分注意してください。

 もし、俺の存在がバレると、多分大変なことになります。

 本当のことは伏せるようにしてください。

 孝太郎さんもよろしいですか。

 できれば、周りに人がこないように人払いし、見回りしていてください。

 まずは、平伏を止めて、百太郎さんは、顔をもっと近寄ってください』

 孝太郎が立ち上がって警戒始めるのを待った。


『俺は今から240年後に生きていた人間で、竹森貴広といいます。

 この世界に意識だけやってきて、義兵衛さんに憑依しました。

 実は今から4年後に大飢饉がこの国全体を覆います。

 この飢饉は7年間も続き、食べるものもなく大勢の人が餓死します。

 娘や若い奥方様は真っ先に色町に売られ悲惨な状態になりますが、まだ色町のほうがましというような悲惨なことも起きます。

 死人の肉を食らうということすら起きたと記録にはありました。

 このため、俺はこの村がこの大飢饉を乗り切れるよう手助けをしたいと考えています』

 告げたことを、百太郎が理解するのを待った。


「ワシには理解できないところが沢山あります。

 全国的な大飢饉が7年も続くのであれば、なぜこの村だけこのような恩寵を受けるのですか。

 3年の準備期間があれば、幕府を動かして7年間の飢饉対策を立てればよいのです。

 大変失礼ですが、こんな村で木炭を加工しているより、旗本の椿井様へご注進を急ぎするのが良いと思います。

 なぜ、こんなまどろっこしいことをなさるのですか」

 事情を察したであろう百太郎は、顔を真っ赤にして、でも小声で話してくる。


『百太郎さん、おっしゃることはもう充分考えました。

 俺が憑依したのは、伊藤義兵衛という金程村の名主の次男坊です。

 なぜ、義兵衛さんに憑依したのかは、俺の意志ではないのでどうしようもありません。

 そして、この大飢饉を回避するために、神様が取った策が俺だけということも定かではありません。

 俺のできるうる範囲でなんとかせよ、ということだと解釈しています。

 俺がかかわる人は、大飢饉で餓死させない、が目標です。

 ここまでは判りますか』

 どうやら、俺は全能でも何でもなく、たまたま義兵衛に憑依してしまったという事実は理解し始めてくれたようだ。

 また、他にもこういった憑依された人が、まだいる可能性も判ってくれた感じだ。

 もっとも、他にも俺と同じように憑依された人がいる可能性はほとんどないと思っているのだけどな。


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