料理比べ目付けの創設 <C2199>
場の雰囲気をガラッと変えることができる八百膳の主人・善四郎さんの登場です。
仕出し料亭の座を立ち上げるときに活躍した面子が揃いました。あっ、戸塚様が居りませんね。
「これは、善四郎さん。今丁度、20日に行う料理比べの興行について話をしておったところなのです。
実は義兵衛さんから、心得違いを指摘されておりました。
私が行司の一人として参加、となっておりますが、このお役を薪炭株仲間の旦那衆に代わって頂いては、との意見を頂いておったのです。そして、いろいろと段取りを考えると、むしろ私は裏方の進行を差配したほうが良いように思います。いかがでしょう」
千次郎さんは、店の奥・作戦本部に入ってきた善四郎さんに説明をした。
善四郎さんは茶の間にデンと座り、出された茶をひと啜りしてから口を開いた。
「ははあ、これはまたまた義兵衛さんの入れ知恵ですかな。
確かに裏方として発起人の千次郎さんが仕切って頂いたほうが、都合が良いのは確かです。八百膳から人を出す形で進めておりますが、初回なので思った通りに進まないこともあるでしょう。臨機応変に指示が出せる人が控えていたほうが確かです。
すると、義兵衛さんも裏方に参画されるということで宜しいのですかな。義兵衛さんに居て頂けるなら、もう万全です。成功間違いなしで、誠に嬉しいことです」
こうなってくると、どうやら裏で仕切るしかないようなので、ここは覚悟を決めて返事をする。
御殿様や細江紳一郎様には説得するしかない。
しかし、そのためには土産が必要だ。
「はい、私も裏方としてお手伝いさせて頂きます。ついては、お願いがあります。
今回の興行では、100名を廊下から見学させる手はずと先程聞きました。
客殿内に、武家席と商家席を各2~3人分用意したいのです。
その席は、招待席ということで、料理比べには参加しませんが、その様子を真近で見て頂くことにしたいと考えます。
料理比べの目付けということで、仕出し料理の座から何人か招待することにすれば良いのです。
萬屋に『行司役をさせてもらいたい』という要望が来ていると聞きましたが、勧進元の八百膳さんのところにはどうでしょう」
「その通り、こちらにも『是非行司役を任せて頂きたい』という希望が寄せられていて、苦慮している。初回なので、東西3役・計6人の料亭主人を行司としたが、ちと関係する料亭主人が多過ぎたかも知れん。瓦版で誰が行司をするか公表してしまったので、今回はそれで行くしかないが、次回からは東西の大関だけ行司にして、空いた4席を武家・商家に割り付けるしかないだろう」
「それで、その行司を要望する方の中から、今回の目付けを選べば良いのです。一石二鳥でしょう。
武家の行司役になりたいという要望については、今回行司をされる曲淵様に2名程度目付け役を選んで頂ければと思います。ただ、これはお願いになりますが、武家目付けの一人に我が殿の椿井庚太郎様を入れて頂きたいのです。
それから、商家の目付け席ですが、今回は八百膳さんが選ぶにしても、次回からその席を公開入札するというのはどうでしょう。
この方法を町奉行様に事前説明したり、配下の方に同席願ったりと、手数はかかりますが評判にはなります。その上、得た費用を座の興行収益として取り込めます」
苦し紛れではあるが、御殿様の要望をこういった形で叶えるのが一番穏便に済ませることになる、と考えたのだ。
「流石に義兵衛さんは抜け目がない。まだ日数はあるので、早速その方向へ動いてみよう。
まずは曲淵様への説明だが、こちらは同心の戸塚様からお耳に入れて頂くよう萬屋さんで段取りしてもらいたい。
椿井様の席を設けることは、その折伝えれば良いのではないかな。
これは萬屋さんの担当ということで良いですな。
千次郎さんが行司役を木炭問屋株仲間の旦那衆の一人に代わるという件は了解した。
商家の目付けについては、八百膳で仕切ろう。萬屋さんに寄せられた商家の要望は、八百膳に振ってもらいたい。千次郎さん、それでよろしいかな」
一応、料理比べの方向修正は出来たようだ。
判断と指示が早い善四郎さんにホッとした義兵衛だった。
作戦本部の雰囲気が随分変わったのも、この善四郎さんの能力と人柄によるところが大きいのだ。
そして、これで話が終わらないのが善四郎さんなのだ。
「それにしても、義兵衛さん、良い案をお持ちですな。まだまだ色々な案をお持ちなのでしょう。
先日教えて頂いた胡麻タレの件。あれを料亭坂本の主人と一緒に色々と作ってみましたが、これは大変素晴らしいものでした。
ポン酢とは違い、胡麻が味を強く主張しないので伸ばす汁の加減で面白いように変化するのです。料理に合わせて、いろいろな種類の胡麻タレを準備することで、料理の幅が一段と広がりましたぞ。一度賞味に来てください。無料でご馳走しますぞ。
また、ここで色々聞ける相手が出来るのは、これは本当に嬉しいことです。なんぞ思いついたら、真っ先に私に声を掛けてください。お願いしますぞ」
その上、相変わらず善四郎さんは自己ペースで物事を運ぼうとする。
この後、千次郎さんと善四郎さんの間で細かい段取りの遣り取りがあり、料理比べの興行3日前に撒く瓦版への変更点の確認を終えると、善四郎さんはいそいそと帰っていった。
「善四郎さんは、このところ料亭・坂本がお気に入りで、坂本通いの途中でここに寄って細かい話をしていくのですよ。座の動きも、毎日話されていくので、状況が良く判るのです。
それから、善四郎さんとすれ違うような感じで、同心の戸塚様がこられるのですよ。お二人は萬屋にとって毎日の定期便みたいな感じです」
忠吉さんが事情を教えてくれる。
だとすれば、これは、戸塚様が来るまでの間が勝負かも知れない。
義兵衛は思い切って千次郎さんに話しかける。
「実は今日ここに来たのは、萬屋さんから掛売金を椿井家にどのように回すのかという話を詰めるためなのです。
小炭団1個6文が100万個、1個3文が50万個。あと10日もしない内に全数到着すると思います。全部で金1875両になります。売掛金の清算は年末に行うとなっていますが、椿井家の借金は200両程度ですので、米問屋で証文を相殺できません。
そのあたりの目処をつけておかないと、七輪・練炭で起きることの決着を見通せません」
千次郎さんは腕を組んで2階を見上げながら答えた。
「実はワシも気にはしていました。
売り出しの経緯から、卓上焜炉の代金は現金で受け取っています。江戸中の金銀がここへ集まってくるのではないかという勢いなのです。必要な経費はそこから支払っていますが、余ったものは蓄えて持っておくしかありません。
流石に追加購入される小炭団は、料亭の買掛金として双方の帳面だけについている状態なのですが。それでも、取引がある料亭がどんどん増えて勘定の整理が追いつかんのですよ。
いままで年間で2000両程度の商いでしかなかった萬屋に、卓上焜炉だけで1000両近い売り上げがあって、そのほとんどが現金として手元にあるのです。異常事態と言っても良いでしょう。そして、これを萬屋がただただ2階の金庫に蓄えておくのも能がないと、考えていた所なのです。実際、半分以上が金程村の売掛金なのですから、万一泥棒にでも入られて根こそぎやられたらお終いです」
どうやら思惑は合っている感じで、これならば清算方法についても細かな話ができそうだ。
椿井家の借金の内、萬屋が提供元になっている部分の解消も簡単にできそうだ。
そう考えている内に、戸塚様が店に入ってきた。
やっと今日来た目的の話にたどり着いた義兵衛でしたが、そこに定期便の戸塚様が来られ、というのが次話になります。
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