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薪炭問屋・株仲間 4月の寄り合い <C2197>

嬉しいことに、お婆様登場です。

「義兵衛様、萬屋へよう御出で下さいました。丁稚が注進してくれたので、このお婆が飛んで来ましたぞ。

 さあ、この賑々しい萬屋を存分に見てくだされ。何もかも義兵衛様が家のボンクラ共にカツを入れて下さったおかげで御座います。

 ほれ、千次郎・忠吉、何辛気臭い顔をしておるのじゃ。それとも何か義兵衛さんに言われたのか。

 ええっ!それが図星か。ボンクラが頭を抱えて何を迷うておる。何事も義兵衛様の言うことが正しいのじゃ。そのことを、まだ判っておらんのか。すぐさま顔を洗って出直してきやれ」


 お婆様は義兵衛の顔を見るなり、この時代にはない機関銃のように吼え始めた。

 たちまちしおれる千次郎さんと忠吉さんを見て、いささか気の毒になった義兵衛はことの次第を説明し始めた。


「お婆様、事情が御座います。いきなり叱ってはどうかと思いますので、ちょっと説明させてください。

 実は、秋口から販売しようとしている練炭と七輪のことで、七輪は村で製造するゆとりがないため椿井家が江戸・深川の辰二郎さんの所で作ってもらい、これを萬屋に卸すことにしたいと説明したのです。

 深川製卓上焜炉は萬屋から直接製造を依頼する形だったのですが、これとは違う形を取る必要があると考えたのです」


 お婆様はこれを聞いて小首を傾げたが、先程とは違いゆっくりとした口調で問うた。


「七輪について萬屋が作ることに関わらせない、ということで御座いますが、焜炉とは違う危ないことがある、ということなので御座いましょうか。確かにこれは理由をきちんと教えて頂かなければなりませんな」


 落ち着いたときのお婆様は、それはそれで凄みが出るのだ。

 義兵衛はそれに臆することなく、理由と方針を説明し始めた。


「秋口となる9月1日より江戸市中で七輪・練炭の販売を始めて頂きますが、この内七輪は年末までに少なくとも5万個、最大売れるとなると10万個は売れると踏んでおります。しかし、金程村は練炭作りで手一杯で七輪を必要数量作り出すことができません。このため、萬屋さんと結んだ契約を満たすことができません。だからと言って、練炭の火が長持ちするための七輪の秘訣まで萬屋さんに譲渡するつもりはないのです。

 なので、金程村の代わりに七輪を作ってもらう委託製造先を江戸市中に求めることにしました。また、金程村と椿井家は領地という関係ですが、村の契約に領主が縛られるというものではありません。それで、この方法は村と萬屋の契約には違反しておりません。

 ここまでが、村以外で作って萬屋に卸しても契約上問題が無い、というのが表向きの言い訳です」


 ここで一旦話を切ったが、忠吉さんが続きを、という顔で義兵衛を見つめる。


「実は、ここから先が重要な点なのです。

 七輪を10万個製造するつもりですが、今の椿井家なら小炭団の売掛金があるので製造費を負担できます。もし販売不振となった場合でも、椿井家が噛んでいることでここに積み上げて萬屋の不良在庫を抑えることができます。そういった利点もあります。

 それから、七輪は小売価格を1000文と見ています。それが想定通り売れると、それだけで年内に5万両の売り上げとなります。また、練炭は契約があるので萬屋だけに卸しますが、この売り上げだけでも7~8万両になると見ています。併せて10万両は確実に越えます。

 これだけの売り上げがあると萬屋にとっては嬉しいことでしょうが、お上からすると木炭問屋の一商家にこれだけの売り上げがあると知ると、どう思われるでしょう。

 失礼ですが、昨年一年間の萬屋の売り上げは2000両そこそこでしたよね。今年は卓上焜炉と小炭団の売り上げが入るので、おそらく5000両ほどの見込みになって居られるでしょう。そこに更に秋口からの七輪・練炭の売り上げを加えると、2~3倍程度ならともかく、50倍もの金額になる見込みです。

 株仲間の他の商家と比べても一つ頭を抜けた金額です。成り上がり者という点でも周りは良くは思わんでしょうし、仲間のはずの商家から妬まれることは必定です」


 義兵衛の指摘に思い当たる節でもあるのか、千次郎さんは深くゆっくりと頷いた。


「なので、七輪だけでも萬屋以外の店から売ることができないかと考えたのです。

 独占販売の契約を見直して頂けるか、商売の方法を変えて頂けるのであれば、それに越したことはないのですが、今の卓上焜炉・小炭団のように、萬屋だけで独占して七輪の販売をすると危ないということはご理解頂けましたか。本当は、練炭販売についても、卸しの独占契約や売り方を若干見直したほうが良いとも思うのです。

 そうでなくとも、料理番付・料理比べで萬屋は特別扱いされており、お上に強力な後ろ盾を持っていないと危ないと思わなければなりません。北町奉行様と同心・戸塚様との関係はどうなっておりますでしょうか。特別な関係を結ぶよう働きかけできておりますか。

 また、木炭問屋の株仲間内でも、焜炉・炭団の売れ行きを見て妬ましく思っている輩は多いでしょう。こちらの関係も4月の状況を見て変わってきておりましょう。同業の商家を敵にするのではなく、萬屋を守ってくれる味方に変えねばなりません」


 この指摘に、お婆様が感嘆の声を上げた。


「ああ、なんとありがたい御意見であります。誠にその通りで御座いました。

 千次郎、毎月末頃に行われている木炭問屋の寄り合いではどのような具合であった。まさか、飲んで遊んできただけ、ということではあるまいな」


 千次郎さんはつい10日程前のことを思い出しているのか、所々つかえながらお婆様に説明し始めた。


「確か、仕出し料亭の座を作る浅草・幸龍寺の集まりの直前、25日に寄り合いがありました。

 勿論、卓上焜炉・小炭団のことは出ましたよ。いや、この話ばかりでした。

 内容は、瓦版に書かれていたことの繰り返しで、私もその内容を話しただけで、新しいものは何も無かったのですが。

 それと、夏場でも売れる木炭の商売に目をつけた、という点を随分褒められはしましたが……

 そう言えば、寄り合いの元締め旦那衆は上座からこちらをただ見ていただけでした。

 終わり頃に、旦那衆が萬屋にあやかりたい、という様なことを言っておったような感じでした。

 ですが、私の頭の中は2日後に迫った『仕出し料亭の座』のことで目一杯で、頭がちっとも回っておりませんでした。

 寄り合いで出された仕出し料理には卓上焜炉がありませんでしたので、そのことから、ひょっとしたら、はずみで仕出し料亭の座のことや、料理番付のことは言ってしまったかも知れません」


「いくら大変な状況だったとは言え、何の準備もなく寄り合いに行っておったとは呆れるのぉ。

 それでその後、今日までの間で旦那衆とは個別に話をする機会はあったのか」


 お婆様の突っ込みに顔を引きつらせる千次郎さん。


「いえ、会っておりません。そもそも、株仲間での萬屋の立場や、どのような話をすれば良いのかを判っておりませんでした」


 その発言を聞いて、義兵衛はあえて尋ねた。


「それでは、千次郎さんは秋口の七輪・練炭に向けて、どのような方針で臨もうとされておるので御座いましょうか。それが見えていないと、株仲間の旦那衆と迂闊な話はできませんよ。独占契約を先約として締結していることが前面に出るとなると、危ないこと間違いありません」


 この問いに、お婆様だけでなく忠吉さんも千次郎さんの方向に身をグッと乗り出し、全身耳になっている。

 千次郎さんは固まって口を開くこともできない。

 言われて直ぐに答えられる話でもあるまいに、下手なことを言うとボロボロにされるのが落ちなのだ。

 結局、こちらから助言するしかなさそうだ。

 今回、萬屋を訪ねた要件である売掛金の回収方法についての話に少しも入れないまま、萬屋の方針決定にどんどん深入りしてしまっている義兵衛なのであった。


萬屋経営陣に一方的に厳しい話をしているのですが、どうも論点がずれています。義兵衛も、ここへ来た目的とずれているのか、もうひとつ冴えていないのです。(きただもこの執筆に追われていて中身もちょっとグダグダです)

とりあえず千次郎さんがどうすればいいのかを話す、が次話となります。

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