七輪の予定 <C2196>
小炭団の卸値変更、重大な案件にしては余りにも早い回答を疑問に思われてしまったのです。
安価な類似品への対策として、最後に発注した小炭団の卸値を半額にすることを直ぐに申し出た義兵衛に違和感を覚えた千次郎さんは、類似品の登場は想定されていたことを疑ったのでした。
「一定の利益が確保できるという条件の下、萬屋さんに卸す価格を決める権限は私にあります。秋口の練炭・七輪の販売が本番で、卓上焜炉・小炭団の販売はいわば前哨戦なのです。今6文という契約を破棄・改定すると確かに375両はみすみす損することになりますが、村にとって一番あてにしている萬屋さんが困るような事態は絶対に避けたいのです。そのため、最低限入用な費用を確保できる金額まで下げ、50万個分は1個3文で卸すという判断をしています。
それで、類似品の登場については、実は想定内のことです。ただ、思ったより出てくるのが早かったので、多分後から追加で注文した50万個分を売り捌くのに影響が出るとまでは思いませんでした。それから、村ではもう小炭団の生産は縮小して練炭生産の方へ力を入れ始めています」
義兵衛の答えに忠吉さんが反応した。
「まだ販売に影響が出ているという訳ではありません。今のところ焜炉も小炭団も順調に捌けています。
4月の小炭団の出荷は約55万個でした。焜炉の売り上げ個数に応じて小炭団の出荷も増えており、5月ももう10万個は出ているので残りの85万個についてこのままの推移ならば6月一杯で充分捌ける見込みです。何もなければ6月に入った時点で追加注文も必要と感じていました。ただ、萬屋から1000個単位で料亭に卸している金額が単位あたり2両という大金なので、安いものが出てくると危ないと感じたのです。
今、50万個については3文を仕入れ値にして頂けるというお話でしたので、残りの個数を見ながら1個8文から最終的に4文になるよう、少しずつ値段を下げようと考えていますが、良いでしょうか」
千次郎さんは腕を組み天井を見上げて考え始め、しばらくしてから難しい顔で義兵衛に質問してきた。
「小炭団の生産を縮小しているということは、本当に想定内だったのですな。そういうことなら、萬屋が木炭を同じ寸法に切り出して売っても良いということになります。忠吉が言うように、半額以下で似たものを作ることができそうです。萬屋としても、安価な類似品の生産を考えたいと思います。
それから、金程村の小炭団の小売価格は当面今のままの値段で据え置きましょう。卸値を半分にして頂けるのなら、このまま在庫として抱えても問題ありません。
それで、もし金程製のものを仕入れなくなった6月以降に、小炭団が5万個欲しいと言ったら、どれくらいの日数で納めて頂けますかな」
生産だけなら10日程度だが、連絡と輸送の期間を考える必要がある。
「5万個であれば15日程度かな。あと連続するのであれば追加5万個毎に10日必要ですね。縮小しているので、どうしてもそれ位はかかります。その時の卸値は工房へ確認する必要があります。なぜそのようなことを気にされるのですか」
「まず萬屋での常時在庫の数量を見極めたいからです。先ほどの話ですと、萬屋でも自分のところで類似品を準備しますが、今の状況で『卓上焜炉には金程印の小炭団』という向きが定着してしまうと、多少高くても需要はあると思います。なので、今すぐ小売値を4文に下げる必要は感じません。また、木炭加工品取引の契約で、萬屋が引き取りできない場合は独占販売を解除し他の木炭問屋との取引ができるようになる、という条項がありますよね。こちらとしては、この独占契約は手放すことができないものです。そういったことも考えているのですよ。
それより、秋口の練炭・七輪の販売が本番という話は最初に来られた時も言われておりましたが、具体的な見込みが出来ているならお教え頂けませんか」
「つもりとしては、年末までに普通練炭相当で150万個は売れると見込んで生産体制を組もうとしています。この販売は萬屋さんに頼ることになりますが、それで良いですか。金額が大きいので、ちょっと問題ありと思っているのですが」
ここで千次郎さんは再び腕を組み天井を見上げて考え始めた。
多分、小売値1個200文で売り上げ7万5千両という数字が頭をよぎっているのだろう。
「問題はともかく、練炭ではなく七輪はどの程度準備されるのでしょうか。
卓上焜炉は今だいたい1万5千個売れており、最終的には2万個になるでしょう。これが入れ物で、小炭団が今55万個でています。単純計算だと焜炉1個あたり1カ月で小炭団40個です。もちろん小炭団と練炭では用途が違うので同じとは言えませんが、練炭の需要も器である七輪の販売量に依存すると考えて良いのではないですか」
なるほど、今までの経験から商売の方法を考えているに違いない。
七輪10万個で一冬40個、その3分の1位というこちらの見込みを隠して聞いてみよう。
「一応想定はありますが、千次郎さんの見込みではどうでしょうか」
「今年の年末までに七輪をお買い上げ頂ける所は、武家屋敷6千軒、寺社3千軒、御公儀2千個所、料亭・商家3千軒が複数個、それ以外の町屋では長屋毎に1~2個として4000個所といったところです。全部で、8万個といったところですかね。
先ほど練炭が150万個売れる見込みとおっしゃいましたが、9月から12月までの4カ月で平均30個の練炭を使われるとすると、240万個の練炭が総需要で、90万個の不足となります。そうなると一番需要が大きい12月が怖いですよ。
なるほど、そうすると義兵衛さんは七輪が5万個出ると踏んでいるのですね。
確かに、これは卓上焜炉と同じく出して反応を見るしかないのでしょうな」
千次郎さんの読みのほうが確実に違いない。
ならば七輪のつもりを説明するしかない。
「実は、普通練炭が主力ではなく、時間調整がし易い薄圧練炭を600万個作る方向で動いています。そうすると、使用個数を細かく調整できるので、普通練炭換算での使用個数が節約できると踏んでいます。
ただ、村では薄圧練炭を製造するのが手一杯の状態で、とても七輪を作っているゆとりはありません。なので、村としては深川の辰二郎さんの所で全部で10万個を作れないかを打診する予定です。
卓上焜炉を作ってもらった時の感じからすると、上手く必要数量を量産できるのではないかと思っています。そこで作った七輪を萬屋さんへ都度卸して販売したいと考えております。深川製卓上焜炉の場合は、萬屋さんからの直接の依頼としておりましたが、七輪の制作には村独自の技術が絡んでいるため、椿井家の細江義兵衛が製造を委託し、これを萬屋さんへ卸す形にさせて頂きたく、村との契約の外ということで、ご了解ください」
忠吉さんは驚いた顔をして固まっている。
『独占販売契約の穴を使った裏切り者』と言いたい心情は判るが、ここは引く訳にはいかないのだ。
千次郎さんも『それは一体どういうことか』という表情をしている。
さて、七輪を独占契約の外にする、といったことを考えた次第をどう説明したものか。
実はまだ今日萬屋に来た目的の話には全然入っていないのだ。
作戦本部である茶の間が気まずい雰囲気になっている所へ、そう、あのお婆様が飛び込んできたのだった。
七輪を椿井家が製造・卸することを宣言した義兵衛さん。さあ、次話はお婆様が登場です。
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