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江戸屋敷で借金を読み解く <C2194>

さて、ここから新しい編に入り、再び江戸での義兵衛の働きが始まります。

御殿様の供をして細山村から江戸の屋敷に戻ります。そして、椿井家の財政状況を確認していくのです。

■安永7年(1778年)5月9日(太陽暦6月3日)


 朝、御殿様のお供として一緒に館を出立し、昼過ぎには江戸屋敷に到着した義兵衛であった。

 養父・紳一郎様に帰着の挨拶を終え、里のお館で見聞きしたことを細かく報告し、翌日以降にすべきことの指示を受けると、その日は終わってしまった。



■安永7年(1778年)5月10日(太陽暦6月4日)


 昨夕の紳一郎様の指図に従い、朝から屋敷の帳簿整理を行い、主に借財の書き出しを行った。

 思った通り、米問屋からの借金が多く、複数の月や来年の秋締めのものも含め合計約200両もの借用書がある。

 椿井家は500石取りなので収入は年貢米250石あるが、実際に米として納められるのが190石、米でなく各村の特産品・つまり木炭の売掛金を年貢に代えて納める分が60両となっている。

 この60両は実際には米問屋から借りた借金の穴埋めに使われる。

 190石の内、家臣も含めた椿井一門が食べる米が70石、米問屋に売り渡す米が120石=120両となっている。

 借金がなければ、120石+60両の180両が金銭収入となるはずのところ、借金のために実質140両しか使えないのだ。

 複数の借用証書があるので判りにくくなっているが、きちんと締めると、無駄に利息を払わざるを得ない事情が見えてきた。


 年間の状況をまとめると、実際に米問屋から200両の借用書を書き、2割の利息を前払いして160両受け取る。

 前年の借用書は金銭収入の180両を充て、更に不足する20両を受け取った160両から引き、その残りが140両なのだ。

 何のことはなく、20両の借金を毎年繰り延べし、利息を多く払っているのだ。

 そして、不作などで年貢米が不足すると当然売り渡す米の量が減り、実入りが減る分手にできる金銭が減るか借金が増える。

 かといって、豊作の年は米価が低迷し、120石が120両よりも少ない金額になることもあるため、やはり借金が増える。

 今はなんとか20両で収まっているが、金銭収入が180両より少なかったり、140両を超える支出があり新たに米問屋から借財すると、この20両が増え、使える140両が更に減るという図式なのだ。

 そして、実際には140両を金銭として受け取るのではなく、年末までの買掛金がここから引かれた残りが支払われるのだ。

 それでやっと確保した、その受け取り金額が約40両(400万円)で、これを椿井一門で分ける格好になっている。

 1日かけて読み解いた結果を、紳一郎様に報告した。


「おおよそこのような図式と見えましたが、よろしいでしょうか」


「うむ、短い時間でよう読み解いた。

 その40両を確保するために、少しでも増やすために、この100両の買掛金を少しでも減らして倹約して、残金を増やそうと御殿様や奥方様に事ある度にお願いをして、嫌われ者になっているのだよ。

 実は、この40両を下げ渡した後、武家同士・家臣同士でも借財やりとりがあるのだ。

 当家の金銭が不足して困窮した場合は、縁続きの武家や同僚、先代に恩義がある武家に頭を下げて借りる。また、当家を頼ってくる縁者や同輩などに、若干でもゆとりがあれば融通することになる。

 この帳簿にはないものがあるが、それは講と同じで、利息は相対であり、今時点では借り貸し無しと見てよい。

 ただ、今回萬屋で得た利が椿井家に沢山あると知れると、一気に借財の申し出が噴き出すに違いない。まあ、当家が借りる訳ではないので、長い目で見て1割5分の利息と踏み倒しが相殺してトントンというところだろうがな。ただ、当座の手元金が無くなるのは難しいところよ」


 なるほど、帳簿上は合っていても、借金の申し込みに応じてばかりいると、キャッシュフローで問題になるのか。


「それで、萬屋が得た利益のうち、椿井家の取り分の一部を米問屋の借財に充てれば、一気に借金は無くなり、年収入が180両に戻ります。分ける金銭も倍の80両となり、かなりゆとりが出来るのではないのでしょうか」


「その通りじゃ。ただ、この返済をどう交渉するのかは、結構難儀じゃ。期限前に返すことで、利息分の割引をきちんとせねばならん」


「それで、気づいたのですが、利息はお上からのお達しで1割5分と決まっているように聞いております。同じ米問屋の証文でも細かく見ると年利1割5分になっているものと、2割5分となっているものの2種類ありますが、これはいかがしたものでしょう」


「ほほう、半端な月数でもそこから年利をきちんと算出できるとは、義兵衛はどこで覚えた。月毎の複利で計算するので普通ではなかなか気づかんぞ。その差は、金銭の出どころじゃ。確かに直接金銭をやり取りしておるのは、主に四十四番組地廻り米穀問屋で六間堀町の井筒屋伝兵衛の所になっている。

 井筒屋伝兵衛の所から直接借財する場合は、利息は年利1割5分になっておる。それ以外に取引がある米問屋は、江戸郊外の太子堂村にある豊嶋屋だが、ここから直接借りた場合の利息はやはり年利1割5分じゃ。

 でも良く見ると判るが、同じ豊嶋屋の金でも六間堀町の井筒屋を経由すると、年利は2割5分となっておる。

 詳しく見ると、ほれ、日本橋の木炭問屋・萬屋からの借金で井筒屋を経由して借りておる証文があるぞ。こちらも年利2割5分じゃ。確か、今年の年末に60両を返済する証文で、昨年末12月に出しており、その折45両分が当家の取り分で、15両が利息分として差し引かれておる。15両の内、9両が井筒屋の取り分で、6両が萬屋の取り分となっておる。

 萬屋では年末に椿井家知行地の村から売掛金として積んだ60両分を借用書に引き当てて、54両を井筒屋に渡しておる。

 井筒屋は、受け取った54両から9両を取り込んで、残った45両と60両を借用している旨の証文を当家に渡しておるのじゃ。

 お上は、米問屋の株仲間には1割5分の利息しか認めてもらんが、貸す金を別な所で借りてそれを仲介するという形式で利息を取りよる。この借りた金の出どころを判らんようにして、利息の2割5分を丸ごと懐に入れるのを、奥印金おくいんきんと言って、お上のふれを蔑ろにする米問屋もおるそうな。

 今に米問屋には手が入ることになろう」


 紳一郎様のこの話に大層驚いた。

 借入金を米問屋に一本化して判りやすくした結果、米問屋にまんまと利息分を取られているのだ。

 それに、利息分を先に取っていることで、年利1割5分ではなく1割7分8厘の利息を取っていることになるのだ。


「紳一郎様、まずは借金をきれいに無くしましょう。期日を前倒しにすることで、返済する金額を抑えることもできるはずです。

 そのためには、萬屋の売掛金を前倒しして取り崩す必要があります。このあたりの交渉は任せて頂けますでしょうか。証文のやり取りでは時間がかかるので、小判や銀を使うことを考えてみます」


 紳一郎様は頷いた。


「萬屋に積みあがった売掛金は、お前が作ったようなものだ。そこを含めて上手く裁いてみせよ。ただ、逐一報告することと、決して独断で無理はするな。無頼者がからんでおることもある。頼んだぞ」


 義兵衛はこうして、萬屋と米問屋を回る借金返済交渉に乗り出すようになったのであった。


売掛金に比べ借金は意外に少ないように感じられますが、義兵衛・助太郎の活躍が無ければ、確実に首が絞まる借金なのです。

さて、この借金を対策すべく、まずは萬屋に向うのですが......

というのが次話です。

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