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助太郎お目見え <C2193>

午前中は助太郎が不在の工房を視察し、リーダークラスの娘達と話をした義兵衛です。そして午後は館に戻ってきました。

 午後になり、館に助太郎が駆けつけて来た。

 丁度良い機会でもあり、御殿様へお目見えさせる運びとなった。

 謁見の間の一番縁側よりに助太郎が座り、並んで義兵衛も座る。

 御殿様が入ると一斉に平伏し、やがて甲三郎様から助太郎を紹介する声がした。

 その後、普通はお殿様から「励めよ」などとても短い声掛かりがあり儀式は終わるが、今回は違った。


「宮田助太郎、此度こたびの木炭加工による殖産興業は見事である。今秋も練炭販売による大商いを予定しておるそうじゃな。成功にはそちの働きの所業が大きいと聞いておる。なんぞ問題の場合はワシ自ら解決に動くゆえ、その際は遠慮なく申し出るがよい。

 今はただの士分扱いじゃが、商いが上手くいったあかつきには、士分として当家で召し抱える所存である。そちの働きに多いに期待しておるので、励むがよい」


 御殿様が公の席で直々にこれほどの声を掛けることは無いので、爺までも驚いた。

 しかも、条件付きではあるが、義兵衛同様召抱える、という話なのだ。

 多分、昨日の話の中で5万両(=50億円)という、普通ではとても信じられない稼ぎを叩き出すかなめがこの助太郎、ということを深く認識した結果に違いない。


「ははぁ~。粉骨砕身務めさせて頂きます」


 助太郎は額を床に擦りつけて答申している。


「それで、助太郎、秋口までの練炭生産目標は達成できそうか」


 甲三郎様まで、常軌を逸した質問を重ねてくる。

 普通はこういった改まった席ではこのような話はしないハズだが、両人ともよほど気にかかっているに違いない。


「はい、なんとか間に合わせます。いえ、なんとしても達成いたします」


 この場で聞かれたら、無理でもこう答えるしかないのが判っているのだろうか。

 未達成の場合、腹を切るしかないのだ。

 これで、助太郎の儀式は終わり、満足しきった表情の御殿様と甲三郎様が退室していく。

 汗でびっしょりになった助太郎が小声で話しかけてくる。


「ああは言ったが、9月までに普通練炭換算で100万個が限界だ。一体どうしたもんだろうか」


「いや、9月までに100万個、年末までに200万個の生産で良い。限界一杯を強いるが、それでなんとかなる。年末までの実需要はそれ止まりと思っている。それなら作ることが出来るだろう。

 年末までにどの程度の売掛金が積みあがるのかが、御殿様の関心事なのだ。9月までというのは江戸で販売開始する萬屋の都合でしかない。ただ、小炭団の卸値は今後のことを考えて値下げするかも知れないが、それでよいか。

 それより、米さんには言ったが、七輪の検査道具を持っていくことに問題ないか。練炭を売るには、それを使う七輪作りが先行していないと困ったことになるのだ」


「値段のことは、義兵衛の領分だろ。結果として全体を見て判断するのだろうから、そこは任せた。

 あと、七輪のことも了解している。数日中に登戸の炭屋向けの品に七輪を作るのに必要な道具と見本の七輪、各種練炭を入れた一式を用意しておいてやる。炭屋から江戸に送ってもらって、義兵衛が江戸の萬屋で中身を確認してから深川の製作所へ持っていけばよい。

 なに、大丈夫さ。そこの準備は任せてもらいたい。ただ、秋葉神社の御印を押す型は入れないぞ」


「助かる。あと、梅さんには奉公人達の間に不満がないかという懸念を伝えておいた」


「それも聞いた。気づいていないところもあったので、これから目を光らせていく。なので、義兵衛さんは心配しなくていい。工房の中はこちらの領分だ。売値・卸値が義兵衛の領分というのと同じだ」


 流石に助太郎は良く判ってくれている。

 この支えがあるからこそ、いろいろと手品めいたことができるのだ。

 小声でのやり取りが終わったと察知した爺は、いつものように茶室への案内をしてくれたのだった。


 さて茶室では先に富美が待っていた。

 助太郎に富美を紹介する。


「ここにいるのが、高石神社で先日まで巫女をしていた富美さんだ。自分と同じ様に神託を聞くことができる。ご神体は貰い受けてこの館の中で祭っている」


 助太郎と富美は挨拶を交わし合っている。

 そうこうするうちに、御殿様と甲三郎様が茶室に現れ、比較的自由に意見交換が始まった。


「ワシは明日朝にでも江戸屋敷へ戻るが、義兵衛も供をせよ。もうここでの大方の用は済んでおろう。

 甲三郎、それで良いかな。江戸では紳一郎が頑張ってくれておるが、やはり手が少し足りん。

 屋敷での暮らしを維持するための経理で苦労しておる。まあ、ワシや奥の要望が困窮の源であることはそれなりに判っておるのじゃが、景気の良い話を聞くとな、締めてばかりはおれんのじゃ」


 いきなりだが、何やら身も蓋もない御殿様の本音が漏れてくる。

 500石の旗本は、重責のお役についていなければ慎ましやかな数の家臣しかおらず、全て身内みたいなものなのだ。

 その家臣とて何世代も奉公が続いていると、御殿様との縁続きばかりになっている。

 なので、示しを付けるため、あえて公式を示す場を設け謁見する方法、ということがやっと判ってきた。


「義兵衛、助太郎と充分話はできたか。秋口の練炭について目処が付いておるのか」


 甲三郎様が聞いて来た。


「今朝ほど工房を視察致しました。現在、小炭団から練炭へ生産品目を切り替えているところでした。切り替え終わってから生産が安定するまでまだ時間がかかり、更に効率的に生産するためにはまだ課題があると見ていますが、助太郎ならば必ずや乗り切っていけることと信じています」


「義兵衛さん、そりゃきついですよ。登戸まで運んでいた人員を粉炭作りに充てれば稼動の空きはどうにかなるとは思ってますが、それでは必要量には結構足りないですよね。なので、工房の米さんや梅さんと相談して製造組を増やすことを考えています。それでギリギリ要望を満たす量が作れると考えます。ただ、先のことは判らないですよ」


「どうやら、秋口の件は何とかなりそうなので、明日江戸に戻らせても良いようです。

 それにしても天気の話じゃが、今の時期にしては少し寒い感じがするが、富美はどう感じておる。

 まさか今年は冷夏で、神託した飢饉の時期が早まっておるのか」


 富美は首をかしげている。

 昨夕、歴史介入による影響の話をしたばかりなのだが、人の言葉で天災に介入できる訳がない。


「大飢饉が早まったという神託はございません。ただ、この時期は全般に寒冷期にあたっておりますので、単年で冷夏になり稲作が不作になるということは有り得ます。

 私は毎朝富士山の息吹を感じる修業をしておりましたが、確かに例年と比べ春の訪れが1ヶ月程遅い感じでございます。普通ですともうじき芒種ぼうしゅですが、未だ立夏りっかの頃といったおもむきで、この分では余程のことがない限り、稲の発育が遅れる感じがします」


 富美が巫女の丁寧な言葉遣いでゆっくりと語る。

 ちなみに、二十四節気で芒種は5月節(太陽暦6月6日頃)、立夏は4月節(太陽暦5月6日頃)のことである。


「そうか、それならば不作に備えねばならんな。村々の者にも、今から冬に備えていろいろ用意するように言わねばならん。木炭で多少儲けておるなどと、浮かれておる場合ではないな。引き締めていくか。

 殿、村々に米蔵を作らせますが、年貢分をその労にあてる方針で良いでしょうか」


 爺に仔細を聞くと『1棟80両で建つところ、50両分を木炭加工の村取り分から出し、後の30両は年貢分として軽減させる』とのことだ。

 しかも、村人が米蔵作りを直接手伝えばその分安くなる、つまり、手元に米がより多く残す方針のようだ。


「それで良い。昨夜聞いたことは、江戸の紳一郎にも間違いなく伝えよう。大工に渡す証文は、江戸の屋敷を振り出し元にしておくのだぞ」


 こういった遣り取りで茶室の会話は終わったのだ。

 助太郎は今日の話を父・彦左衛門にすべく、いそいそと戻っていった。


練炭量産の要となる助太郎は、初めて御殿様にお目見えしました。義兵衛は里の御用が済んだものということで、御殿様のお供をして江戸の屋敷へ行くことになります。そして、翌日から......が次話となります。江戸・金策編(?)に突入します。

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