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工房への不意の視察 <C2192>

どうやら徹夜で話合いをしていた御殿様と甲三郎様の影響で、ぽっかりと空いた午前に…

■安永7年(1778年)5月8日(太陽暦6月2日)工房


 翌朝、爺からの指示で工房の状況を確認しに行くこととなった。


「御殿様も甲三郎様もほぼ明け方まで話をなされて、今朝は起きあがることもできん御様子じゃ。昨日のこともあり、工房での準備状況を気にされる向きもあると考えておる。普段なら助太郎に館に来てもらって報告を求めるところじゃが、今朝は丁度良い具合に義兵衛がおる。

なので、午前中に工房での様子をしかと見てまいれ」


 工房にとっては不意打ちかも知れないが、普段の様子を見る良い機会かも知れない。

 気が抜けない館に居るより、気晴らしができるわいとばかりに、工房へ向かった。

 工房へ着くと、全体に目配りしている米が真っ先に気づいたようだ。


「これは義兵衛様、何事で御座いましょう。申し訳ございませんが、助太郎様は登戸への搬出で今朝は不在です。つい先程いつもの様に6人で荷を担いで出たばかりなのです」


「それは申し訳ないことをした。まあ普段の様子を知りたかったのと、今後のことを踏まえて、どの程度準備ができているのかを確かめたくなったので寄せてもらった」


 そう説明すると、納得したのか工房の中のラインの変更状況を説明しながら、奥の作戦室まで案内された。


「小炭団の生産は、あと6万個で萬屋向けは予定の150万個となります。その後は、大体10万個程度作り、予備としてここに蓄えておく予定です。なので、これからは4つの作業組のうち桜組だけを残して小炭団を作らせ、あとの3組は薄厚練炭の製造に取り掛かっています。私の組と梅組では薄厚練炭の生産を始めていますが、このやり方を弥生組に教えているところです。まだ生産量は安定しておらず、日産で600個といった所でしょうか。普通練炭だと150個分ですね。粉炭作りと原料を練る人員が足りておらず、助太郎様と梅で相談してもらっている所です。そこさえ揃えば、3つの組で、そうですね、今のままで薄厚練炭日産3000個までは行けます。でもそれでは1桁少ないのですよね」


 実際には2桁の日産10万個、普通練炭換算で2万5千個を生産できる体制に持っていかないと間に合わないのだが、それは今言ってもしかたない。


「その通りだ。小炭団の時の平太式のように作業を大幅に効率的にする手法の導入が必要だと思う。弥生組への指導で気づきがないか、良く見ておいて欲しい。作業に慣れてしまうと、多少不便でも当たり前と思ってしまうので、素人が入ったときが良い機会なのだ。

 練炭について、御殿様と甲三郎様に、秋口の大商いの見通しを説明してしまったのだ。もう、後には引けない状況なのだよ。

 ところで、七輪の出荷検査用の型はいくつあるのかな。江戸で七輪を作ってもらう時に寸法をきちんとしておく必要があり、何個かを貸し出ししたいのだ」


「検査用の型は多分2組しかありません。製造時に使う底の波型は練炭作りと同じ型なので結構数がありますが、秋葉神社の御印は1個しかありません。検査用の型はひょっとすると予備があるかも知れませんが、いずれにせよ持ち出しについては助太郎さんに相談してもらう必要があります。

 午後には登戸から戻りますので、お館に伺うよう伝言しますが、それでよろしいでしょうか」


「忙しい時に無理を言って申し訳ないだが、そうしてもらえば助かる」


 ここで米さんは春を呼びに行き、帳面を手にした春さんとその付き添いのように梅さんが入ってきた。


「では春さん、義兵衛様に工房の製品の管理状況を報告してください」


「はい、現在持ち出しできる小炭団は26588個、炭団は621個、薄厚練炭が120個、普通練炭が10個、強火力練炭が37個です。卓上焜炉は422個、七輪は12個、外殻は3個になります。

 乾燥中は、・・・報告略・・・。原材料となる貯蓄木炭は861俵、3424貫蓄えられています」


 在庫は意外に多いし、特に強火力練炭が作られていたのには驚いた。

 そして春の手元を見ると、それぞれの製品の数量だけでなく、重量で換算した表も添えている。

 色々と気づいて管理を工夫しているようだ。


「春さん、しっかり報告できたね。よかったわよ」


 それまで緊張していたのか、カチカチの表情だった春は、米さんの言葉にやっと表情を和らげ、以前見せていたように柔らかくニコニコとし始めた。


「春は、原料の炭や麩海苔の消費量もきちんと管理していて、いつまで保つのか、いつどれだけ搬入すればいいのかもきちんと見積もれるのよ。春の作業場所の変更は、思った以上に適材適所だったわぁ。

 それにしても、助太郎さんのいない時を狙って来たのは、困る訳ではないけど、不意の視察は皆に悪影響だわね。何かあったのか、って思うじゃない。大体、義兵衛様が来ると、工房がテンヤワンヤになるのよね」


 梅さんは相変わらず口は悪いが、結構みんなのことを心配していることが良く判る。

 俺は、近蔵から聞いた問題を梅に相談することにした。


「本当は助太郎に直接言ったほうがいいのだが、ちょっと気になることがある。

 それは、先月末にそれぞれの家に出したご褒美で、一律公平に扱ったのは良いが、担当している業務の負担具合が反映されてないことで不満に思う奉公人が出るのではないか、という懸念なのだ。皆それぞれの技量を目一杯発揮しての目標達成であることは判っているのだが、人間楽をしたがるものだから、同じご褒美ならと怠ける人が出るのじゃないかな。

 それから、桜や弥生のように、工房の寮に入りたがっている人もいるようだが、どう考えているのかな」


 俺の言い様に、梅さんが口を尖らせて反論してきた。


「皆が心を合わせて一生懸命作っているところに水を差さないで欲しいわ。大変な目標を達成しようとする思いは皆同じなのよ。確かに慣れていなかったり、力不足で他の人より出来合いが悪い人はいるけど、そんな人ほど頑張っているのは見ていて判るのよ。

 ただ、目標達成のご褒美について、本人たちよりもご実家同士の見得の張り合いなのよね。そこは、大人達に理解してもらいたいわ。

 あと、私達のように、工房の寮で寝起きしたい要望があるのは判るけど、これ以上増えるのは寮母おかみさんの負担が増えるので好ましくないのよね。下菅村の達には悪いけど、それで生産が大幅に伸びる見込みが無い限り現状通りにしたいわね」


 普通なら言い難いことも結構ズケズケと梅は言う。

 多分生産の組に合わせてそのリーダーが寮住まいという所なのだろう。

 下菅村の娘は、まだリーダーの技量がないのだろう。

 梅の判断は妥当だろうし、この分だとまだ大丈夫のようだ。


「まあ、それでいいかな。一応そのことを助太郎に伝え、相談しておいて貰いたい」


 その後、義兵衛はまた米さんから工房の様子を説明してもらいながら、工房を辞したのだった。


助太郎は不在でしたが、工房を仕切る女傑達と話をして引き上げた義兵衛でした。

午後は館に戻ります。

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