まずは田安家からという密談 <C2187>
昨夜同様、阿部との密談となります。
昨日と違い、少し早い時刻で夕餉を取り、寝所へ向かう。
果たして、昨夜と同様に千代さんが障子越しに呼び出しを掛けてきた。
「富美には悟られぬように支度をしており、甲三郎様はすでにお待ちです。このまま付いてきてください」
今日早めに終えたのは、こういう段取りだったのかと気づかされた。
おそらく阿部からバイアスのかからない知識を汲み出すには、昨夜の実績から見てこの方法が最適と気づいたに違いない。
すると、甲三郎様が聞きたいことを引き出すように俺が誘導するしかない。
甲三郎様の目下の課題は『阿部同様に未来知識を持つ人の確保』『よりよい未来のために介入する最適事項の見極め』『幕府中枢に直結する曲淵様から信頼されるための方策』といった所だろうか。
ひょっとすると、爺も側で待機しているかもしれない。
そんな考えごとを頭の中でしながら千代さんについて行き、女中棟の小部屋に入るとすでに富美は待っていた。
そして、千代さんの足音が遠ざかると『待っていました』とばかりに富美さんが口を開く。
「竹森、遅い。今日はもう来ないとおもったぞ。レディーを待たせる男はモテないぞ」
タップリと休養が取れていたのか、今日は最初から阿部節が絶好調だ。
「千代さんに一体どこまで実態を悟られているのか、お前は全く考えていないのか。この身を守るために依代の方便をきちんと作ろうという話を聞いていただろう。本当のことを知る人が増えれば、それだけ自分の身が危うくなるのだぞ。もし、千代さんがこのことを知っているとなると、千代さんまで危ない目に遭う可能性がある。その辺のことをお前は判っているのか。この馬鹿者がぁ」
思わず叱りつけてしまったが、どうも天然なのか、この能天気な阿部の振舞いにあきれると同時に、富美さんから早々に愛想を着かされるのも無理はないと思ってしまった。
義兵衛も『こりゃだめだ』とどこで読み取ったのか、妙に昭和っぽい台詞を繰り返し思い浮かべている。
富美さんを乗っ取った阿部がシュンとなると思いきや、逆襲してきた。
「それな、結局なるようにしかならん。それとも、竹森は千代がそんなに可愛いか。しっかり者で物分かりが良いからなぁ。おぉっ、顔を見せてみぃ。ほれ、少し赤くなっておるのではないかい。ええっ、どうじゃ、どうじゃ」
「中年オヤジみたいな絡みは止めてくれ。時間がないのだろう。俺だって、この里にいられる日はあまり無いのだぞ。で、話はなんだ」
「今日、甲三郎様が最後に言っていた人物について考えてみた。
むやみやたらに考えるのではなく、高校の同期という枠に絞って、かつ日本史好き・得意ということで考えた。思い当たるやつが一人居る」
「なるほど、阿部・竹森の共通項に絞り、該当人物を考えて見るというアプローチか。確かに手掛かりはそれ位しかないな」
「だろう。で、思い出したのが『林健一』。3年の夏の補習授業を受けるための登校中、ダンプカーとの事故にあって3週間ばかり入院していたヤツだ。2学期からやたらと日本史の勉強を一生懸命していたヤツだ。思い出したのだが、3年生の冬休み前に私と竹森を指して『ご苦労なことだ』みたいな訳の判らんことを言っていた。そして、あいつなら、この時代のことは私以上に詳しくなっていたし、選ばれていても不思議ではない」
「だがな、阿部。お前はもう失踪していたから知らないのも無理はないが、あいつは大学2年の夏にバイク事故を起こして死んだんだぞ。それも、奇しくもダンプとの事故現場でだ。もし、失踪が共通項なら、健一は該当しない。
それに、今の時代に飛ばされたという保証もない。
阿部と俺の間には10年も差ができているだろう。もし、阿部よりもう10年遡った時代に飛ばされていたら、中身の健一は40歳過ぎだぞ。0歳児に憑依したとしても今40歳以上の人になるが、そんなに長く何もせずに居られると思うか。同時期に飛ばされている可能性はないぞ」
「それもそうか。そうか、林健一はバイク事故で亡くなったのか。こうなってみると、悲しいなぁ」
富美は布巾で顔を覆い泣いている。
それからひとしきり泣いたらさっぱりしたのか、目をクリクリさせて俺を見てくる。
『何もあげないよ』と小狸みたいな表情をした阿部に向かって内心でつぶやき、話を切り替えることにした。
「とりあえず、甲三郎様には見いだせない理由を付けて報告するしかなさそうだな。
それより、歴史に介入するとしたら、阿部はどこを押さえるのがいいと考えるのかな」
「ああ、それな。松平定信様を田安家当主にするという竹森の案に賛成。
そこさえ押さえれば、万一家基様が急死しても11代将軍は定信様の系列。
老中を抑え込む将軍様の図で丸く収まる。実際、白川藩主として松平定信様はとても上手く藩を治めているのよ。
甲三郎様の前では話さなかったけど、家基様も田沼意次様の賄賂政治を批判していて、これが原因の毒殺説もある位よ。
なので、どちらに転んでもイイこと間違いなし」
確かに、王手飛車取りといった大技だろう。
「では、どうやってこれを幕府中枢に説くかだが……」
「それは、甲三郎様が考えることで、それはあの人の仕事。
それより、竹森はどうやってこんなに上手くこの世界に取り入ったのかを教えて~、頂戴」
そこで、俺はこの88日間にしたことの概要を、秋口の練炭収益の金額見込みだけは伏せて、ざっくりと伝えた。
特に練炭の件と卓上焜炉料理、萬屋とのかかわり、曲淵様と戸塚様のことは詳しく話し、面白く感じてもらえたようだ。
「つまり、見せる・出せる実績に応じて信頼してくる人が増えてきた、という訳だ。そのために、いろいろと方便を使った。大飢饉の対策ということを言ったのは、それなりの銭が稼げるようになってから、言うことが信用されるようになってからなのだ。
聞く者にとっては荒唐無稽の話なのだから、それなりに慎重に動かねばならないし、未来に起きることを知っているということでは、更に慎重に言動に気をつけるしかない、と思うのだ。
その点、阿部は、本当に大馬鹿だよ。巫女という立場を考えれば、俺なんかより簡単に人を動かすことができるのに、いやはや一体何を考えていたのか」
「今更、竹森に言われなくても判っているわよ……」
これは地雷を踏んでしまった可能性が高い。
俺は、千倍返しが来る前に、富美の口から流れ出る阿部の言葉を遮った。
「明日もあることだから、今夜はここまでにしよう。もう随分ここに篭っているから、お互いの寝所での不在がわかるとあやしまれるぞ」
この意見を聞いて富美は引き下がったのだ。
突然の流れですが「林健一」が出ました。松平定信様の処遇も同床異夢ですが合意が取れ、竹森がこの世界に馴染んだ経緯も説明できたのです。次回は、その翌日の出来事になります。
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