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阿部(あべみ)との密会 <C2185>

阿部はこっそりと相談するつもりでいますが、それはまずいと思案した竹森です。

 女中棟の3畳位の狭い一室で、小さな机を挟んで義兵衛(16歳)と富美(25歳)は向かい合った。

 ただ、中身は竹森(26歳)と阿部(32歳)で、とんでもない所でばったり出会った同級生なのだ。

 しかし、この江戸時代という環境に阿部は14年も居るのに、未だに馴染んでいないというのは一体どういう訳だろう。


「なあ、阿部あべみ。俺も聞きたいことがあったので、丁度よかった。

 まずは、第一問。お前がレキ女というのは今日のことでよく判ったが、例祭の神託で『いつ』に該当する何年後という所を入れなかったのはなぜだ」


 わざわざ呼び出されそれに応じたという経緯から、要件は聞かず先制攻撃をしかける。


「それな、18年も先の話だと誰も動かん、そう思ったからよ。

 思えば世間知らずだったのよ。巫女なんだから、神託だと言ったらみんな有難がって耳を貸すなんて、声が大きいほうが勝つだなんて、さんざんな目にあってやっと思い知ったわよ。総スカン食らっちゃって、気が付いたら身動きが取れなかったわ。

 おまけに、終日巫女なんて不自由な立場なのよ。何一つ自由にならない、出来ないのだもの。神官のおやじはスケベで直ぐにセクハラしてくるし『巫女は清くなきゃいけない』なんて都合のいい建前をブーメラン返し何回したことか。先輩で指導してくれる巫女様がいたからどうにかなったけど、その巫女様だってパワハラしてくるし、本当に危ない世界だわ。

 高校時代にしていたバイトと比べても、ほんとひどい。最悪。バイトならシフトが終われば、スケベな店長とも関係なくなるしスタッフの仮面も外せるけど、ここじゃ朝起きてから夜寝るまで下働きの巫女なのよ。確かに、体の痛みや餓えなんかは富美のものだけど、精神は分離できないので心が壊れていく思いなの。そう、私の心が毎日ガリガリ削られていくの。

 その点、富美は凄いわ。どんなに疲れても、コキ使われても文句一つ言わず『ハイ、ハイ』って。

 でも、巫女に憑依するなんて最低だわ。ほんとに、こんな目に遭わせた神様に文句言いたい」


 おお~っ、これが甲三郎様の言っていた一言百倍返しか。

『あべみ、お主もなかなか言いよるではないか』

 これは、テキトーに相槌を打って、冷めるまで待つしかない。

 阿部の愚痴の独演会が結構続いて、やがてトーンダウンしてきた。


「なあ、そろそろちょっと話疲れてきたのじゃないか。それで呼び出したのは、何か言いたいことか聞きたいことがあったからなんじゃないか。あまり喋ると肝心な時に動けなくなるぞ」


 さて、何倍返しになるのだろうか。


「あのな、コミュ障の竹森たけーに言われたくないなぁ。

 まあ判った。まずは、元の世界のことを聞きたい。私がいなくなってからどうなったのかを」


 最後の忠告が効いたのか、一倍返しで止まった。

 俺は、一昨日の話に若干色を付けて話した。

 それを聞きながら、富美さんは顔をくしゃくしゃにして泣いている。

 そう言えば、俺も多分新百合丘のアパートから失踪しているのが発見されているに違いない。

 こりゃ最後に一緒だった長谷寺は警察の事情聴取を受けているに違いない。

 両親は心配して阿部の時のように駅でビラ配りしてくれているのかな。

 いや、18歳の娘と26歳の青年では扱いが違うか。

 それでも、俺がいなくなった後、元の世界でどんなことが起きているのであろうかを想像して、もらい泣きしてしまった。

 しばらくお互いにすすり泣きした後、阿部が言い出した。


「それで、竹森たけーは甲三郎様がどうすると考えてるのかな。私より、甲三郎様の考え方を判っているのでしょ。

 もし、歴史を変えることを決意しているのであれば、賄賂OKのこの世を早く直して欲しいのだけど」


 これは厄介なことになった。

 阿部は教科書や参考資料・便覧に書かれていることが全部で正しいと純粋に信じているのだ。

 実際には書かれていないことも沢山ある。

 事件や事故にも、いろいろな立場の人がいて、それぞれの見方がある。

 それを学校や塾・図書館の資料では、その書物を編集した編集者の見方・出版社の見解や立場だけで書かれているのだ。

 ただ、それを今議論して修正してもどうにもならないし、かえって阿部の歴史知識を損なうことになってしまうかも知れない。

 賄賂政治家として登場する田沼意次様だが、俺は『私利私欲で収賄を強要してはいない』という見解を持っている。

 むしろ、実力者を登用する主義で、この実力者が田沼意次様の目につく範囲にいるかどうか、が鍵になっていると踏んでいるのだ。

 ここを勘違いした人が伝を求めて忖度そんたくしているに過ぎない。

 さらに敢えて言えば、田沼憎しで追い落とした松平定信派が後から作り出した虚像で、朱子学として善と見せねばならないのに失敗した「寛政の改革」を持ち上げるために、直前の政治まつりごとを悪し様に言い募った可能性も充分にあるのだ。

 おそらく、甲三郎様はこういったこの流れを知っていて、実力があることを明確に示すことができる結果を積み上げようとしているのだろう。

 しかも、甲三郎様は隣の部屋で聞き耳を立てているのだ。

 迂闊なことは言えない。


「身近なところから言えば、自分の力で独立して家を興すことを考えていると思う。

 ただ、将軍家や老中・田沼様の身に降りかかる不幸を知ってしまった以上、これをなんとかしたいと思って苦悶されていることは間違いない。更に、将軍家・御三卿が一橋家の治済様の血統に変わってしまうことや、その子女の多さが幕府の財政難に繋がることを知らされて、この難問を解決できる策を聞いてくると思っている。

 ただ、俺はこういった直近の幕府の中の話だけでなく、もう少し遠い時代への影響を考えてみたいんだ。できれば、第二次世界大戦で日本が負けて占領されるという事態を避けたい。そうすると、最初に阿部あべみが言っていただろ。『内政はともかく、外国との関係をきちんと整理しておくべき』と。確かに、その通りだと思う。

 徳川家康様だって、ウィリアム・アダムスやヤン・ヨーステンを顧問にしていた事例や、経済や貿易を重視していたのだから、この事実を広く知らしめるべきじゃないかな。幕府の蓄えている分銅型の大法馬金、分銅金の話を知っているかな。家康様がせっせと貯めた、もしくは豊臣政権から奪ったこの分銅金は、それ以降の将軍では使う一方で幕末の頃には底をついていたということもある。幕末を乗り切れなかったのは、政権に金が無かったことが大きいと思う。朱子学では物を転がして儲ける商人を卑しいと見る風潮に侵されていない、田沼重商主義全開の今だからこそ、木炭加工販売でこの里が一息つける見込みになっている。なので、現行の体制を継続的に維持させる方向に向うべきだと思う」


 思わず力の入った意見を開陳してしまった。

 そして、後半は甲三郎様がどう考えているか、ですらない俺の意見なのだ。


「田沼様のことも踏まえ、阿部は現実がどうなっているのかを認識してもらいたい。今日のところはもういいかな」


竹森たけー。それな、ちょっと考えてみるわ。またこんな風に話相手になってもらっていいかなぁ」


「まあ、この屋敷に居る内はかまわんがな。千代さんによろしく伝えておいてくれ」


 富美は小さく礼をすると「おやすみなさいませ」の挨拶をして部屋を出て行った。

 足音が遠ざかりすっかり消えると、義兵衛は横の部屋へ声を掛けた。


「甲三郎様、聞こえておりましたでしょうか。大変失礼な物言いをしてしまい、申し訳ございませんでした」


 部屋の壁越しに甲三郎様が応える。


「いや、なかなか面白かった。義兵衛にしては熱の籠った弁じゃった。それにしても、お前はよくワシの考えが読めておるのぉ。明日、また聞き取りじゃ。今日はもう休め」


 壁に向かって平伏する義兵衛を残して、甲三郎様の足音も遠ざかっていくのだった。


夕方の甲三郎様の思いを聞いて、つい熱く語ってしまった竹森・義兵衛でした。

次回は、その翌日の会談模様です。いよいよどう取り組むのかの具体的な検討が始まります(のかな)。

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