本格的な木炭加工準備を進めます <C218>
例えば大企業で平社員が社長へ何かを報告するといったような感じでお目見えを終わらせましたが、実際はその報告が終わった後が大変ということがよくあります。一番いい例をひとつ紹介したはずが、それが当たり前なんだ、というように捉えられてしまい、現場が頑張って繕うということをしなければならない」というような事なんか。江戸時代も今も、人がやらかすことに大差ないと思うことしきり、です。
■安永7年(1778年)2月中旬 武蔵国橘樹郡金程村
村に戻ると、しなければならないことがテンコ盛りになっている。
まずは助太郎に頼んだ実験結果の確認がある。
それから、練炭・七輪製造体制の確立、水車の設営、竹炭窯による炭増産である。
これ以外に、練炭の想定卸売り価格150文=3750円相当とした場合、小売価格は200文=5000円相当と推測されるため、派生品として更に安価な炭団を作って行きたいと思っている。
こういった木炭を加工することで付加価値による恩恵を得て、年貢米を納める義務から解放されたあと、本格的な飢饉対策として米作偏重からの脱却を目指すということを考えていたのだ。
あと3年の備蓄のあと、飢饉が始まるのだ。
それまでのどこかの時点で、俺のことを大人達に説明せねばならない。
家につくと、父・兄は土間で埃を払いくつろぐ格好になりかけていた。
しかし、義兵衛はそのまま大工の助太郎のところへ行くことを告げた。
「申し訳ございませんが、助太郎に色々無理を言って頼んだことがあるので、直ぐにでも行きたいのです」
「それは良いが、明日にはまた主だった大人共を集め、今日お殿様に認めて頂いた年貢の話しをするつもりじゃ。
明日の午後は、お前も参加して色々説明してもらうことになるので、準備しておけ。
特に、水車の話しは土地がからむので、明日一気に押し切れる位の用意がいるぞ」
全貌を説明していないにもかかわらず、父は相変わらず先読みして注意喚起してくれる。
大工の助太郎の所へ行くと、今や遅しと待っていた。
挨拶もそこそこに、まず尋ねてきたのは年貢の扱いのことだった。
「もう村の大人の間では相当な話題になっていて、何か知っていることもあるのじゃないかと、昨夕からずっと質問攻めで困りました。
最初に構想を聞いたときに、金程村では年貢を米では納めないという方針を聞いていたけど、これを説明するとややこしいことになる気がしたので、知らない振りをしました。
ただ、質問してくる大人達は、この話を最初に聞いた自分と同じように、妙に興奮して驚きました。
で、どうなったのか教えてください」
「お殿様への説明のときに、助太郎が作ってくれていた火鉢と練炭持っていったが、これが随分役に立った。
あの時ほど、助太郎に感謝したことはなかったぞ。
おかげで思っていた通り、若干の条件はついたが、増やした掛売り金の分だけ米の年貢を納めなくてよくなった。
これは、明日の集まりで正式に公表されることになると思う」
助太郎に対するとき、義兵衛は充分見え張りになっている。
そのため、お目見えの緊張で、その場ではガチガチになっていたことは伏せている。
「ところで、お願いしていた実験はどうだったのかな」
「まずは、厚さ一寸(=3cm)の板に直径2寸(=6cm)の穴を16個開けた板を4枚作りました。
この穴4個ごとに違う組成の粉炭を詰めて試料を一挙に64個、16種類作ることができるようになりました。
そして、それぞれに火をつけて、主に燃焼時間を調べました。
その結果、燃焼時間が一番長い組み合わせを見つけてあります。
また、燃えた後のカスの量も計測してあります」
「これは凄い、よくもまあ、短期間でこれだけ考えて調べたものだ。
まずはこの中から、燃焼時間が一番長い成分の組み合わせで普通サイズの練炭を作ってみよう。
あと、練炭の型について、出来上がった練炭の横に『金程』という文字が掘り込まれるように細工して欲しい。
こういった作業を指導して作らせるのに、2~3人必要かなぁ。
誰かこいつなら仕込めそうという子供の名前を、夕方までに書き出しておいてくれないか」
「練炭を作り始めるのは、作業する2~3人を得てからですか」
「そうか、これは大変失礼した。
したいことがテンコ盛りなので、混乱しているんだ」
これでは、まるで仕事をしていた時の上司の指示と同じじゃないか。
俺はすぐさま考えを改めた。
「助太郎、ちょっと知恵を貸してくれ。
したいこと、やらせたいことが沢山あって、どこから手をつけていいのか判らないのだ」
助太郎の工作机の前に向かい合わせで立った。
助太郎は俺・義兵衛に白湯を勧めて落ち着かせると、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「作業は、練炭の型の改造、練炭の原料となる粉炭の作成と調合、ですね。
それから、手伝いをしてくれる子供の名前っと。
それ以外に、依頼したい仕事をは一体何があるのですか」
助太郎は、半紙に作業の要点を書き出していく。
「すまない、そしてありがとう。
七輪の増産になる。
こちらの優先度は少し下がるが、良い粘土のアテがあるので、形や構造ももう少し詰めたい。
それから、原材料となる木炭の不足に備えて、竹炭を使ってはどうかと思う。
そのためには、竹炭の粉炭を混ぜた時にどの程度まで影響が出るのかを調べたい。
その試みが上手くいったら、竹炭窯を起すことを大人達に相談して依頼する。
次に、練炭でなく炭団の試作だ。
背景は、練炭が意外に高価になりそうなので、もう少し小さい炭の団子を作り安価に売りまわりたい。
目標価格は20文(=500円相当)からせいぜい50文(=1250円相当)位までと考えている。
今回、助太郎が作ってくれた試料が丁度いい大きさなので、そのまま使えると思う。
次に、水車の設営だ」
「水車って、あの川で田への水汲みの時に回すやつですか。
それって、一体どういうことですか」
さすがに水車という言葉を聞いて助太郎は目を剥いた。
「水車を回して、その力で石臼を廻し、石臼で炭を粉にすることを考えたのだ。
この村は結構高低差があるだろ。
谷戸の一番上の田と麻生川までの落差が結構ある。
なので、高いところにある田で小さいものを潰して深い池を作る。
その池から竹筒で水流を引っ張り、水車に水を落として水車を回す。
水車を使わない時は栓をして水を止め、池に水を溜める。
あと、田の下側の土は、焼き物の良い粘土になるので、掘り出した土を七輪の原料にする」
「なるほど、石臼を挽いて粉炭を作るのですか。
それは面白そうですが、お話頂いた水車は、小さいにせよ田を一枚崩して作るのですよね。
崩した田の下にある粘土が焼き物に良いという話は初耳です。
まあ、七輪の土をどうするかは悩んでいたので、焼き物に使えるものであれば是非使いたいです。
先ほど粘土のアテがあると言っていたのは、このことですね。
でも、この話しを通すのは、結構手間がかかりますよ」
「実は、名主に希望だけ述べて『まあ、いいか』との言質はとってある。
ただ、こちらも献策案がまとまっていないので、大枠をまとめる必要がある。
助太郎なら、どの程度の長さまでなら竹筒を用意できるかなぁ」
「作った池の底から栓をつけた竹筒で水を引き出すようにします。
そこから水路を引いて、落差のあるところまで持ってきて、そこから竹筒で水車の羽まで水を持ってくれば良いのじゃないですか。
このような作りにすれば、全部竹筒を使って水を流す必要はありませんよね。
義兵衛さんは村に新風を呼び込む中心人物なんですから、もう少し落ち着いてくださいよ」
水路を使うことは思っていなかった。
土木工事だが、この程度なら簡単につくれそうだ。
「色々と考えてくれて凄く助かった。
明日の午後、こういったことの取り組みを大人達の前で説明する必要があって、追い詰められていたんだ。
木炭加工について思っていることが書き出せているので、これを貸してくれ。
まずは、直ぐに必要となる手伝いをしてもらいたい子供の名前を教えてくれ」
助太郎は、名前を書いた紙も義兵衛に渡した。
「かんそう」といれて変換すると「乾燥」がトップにきます。練炭乾かせ過ぎです。
感想・コメントを頂けると嬉しいです。
寸法関係を尺貫法に変更しました。実感は「=」後の数値を参考にしてください。
ブックマーク・評価のほうもよろしくお願いします。