阿部(あべみ)の仮説 <C2179>
鶴見川流域に点在する杉山神社のことが出てきます。ご祭神は日本武尊、五十猛神(スサノオの子)といった古事記にゆかりのある神様です。一方、高石神社は昔「お伊勢の森」と呼ばれた神域にあり「伊勢宮」とも呼ばれていたそうです。ご祭神は、なんと、天照大神です。この対比を見たときに、これはなにかある!何かできる!と筆者・きただは思ってしまったのですが、上手くいきませんでした。
その残滓がこの話です。
9月9日(投稿開始から232日目)で150万PVに到達しました。読んで頂いている皆様に感謝です。
阿部美紀は富美を通して、この世界に来た経緯をたどたどしく語り始めた。
「高校を卒業して大学に入ったものの、学校が違うことからそれまで仲良くしていた男に別れを切り出されて絶望し、こんな巡り合わせはもう嫌だと心から思いながら寝付いたところ『汝の願いを聞き届けた。少し前の時代で、飢饉で飢え死にする人を救えば救うほど、お前のいた世界の巡り合わせは変わるゆえ、死ぬ気で頑張ってみる気はあるか』との声が聞こえてきた。ほどほど嫌気がさしていた世界をやり直す機会がここにある、と考え同意したところ『それでは、はらへった防止作戦の実施員に任命する』という声が響いてきた。
翌朝、目が覚めると風景が一変していて、富美の目を通してものを見、耳を通して音を聞けるようになっていた。
富美の考えは注意すれば判り、こちらの考えは口に出すと富美だけに伝わることが判った。
いつしか富美はこちらの言うことに耳を貸さなくなり、私は黙るようになった。
ただ、富美の拒絶する姿勢が弱い時や、感情が冷静でないときは富美の躰や口を思うように支配でき、直接語ることができる。
ここで話題となっている神託は、高石神社の例祭での激しい舞を何度も続けた後、富美の精神の壁が薄くなった時に直接語ったものだ。3回同様の機会があったが、4回目の例祭から神主様が激しい舞を1回に止めたため、飢饉のことを直接語ることができる機会を失って10年にもなる」
おそらく、阿部の言うことを富美の頭の中で翻訳しながら話しているのだろう。
「高校、大学というのは、元いた世界での寺子屋のように学問を学ぶ機関のことです。元いた世界では、6歳から14歳まで一律学問を学ばせ、15歳から17歳の3年間は学力に応じた学問を、更に学びたいものは18歳から21歳までの4年間専門的な内容を学ぶことができる仕組みでございます。阿部は、この専門的な学習をする期間の最初の年に、こちらの世界へ来たということでございます」
多分、高校・大学という最初の学校制度の言葉は理解できないであろうことから、義兵衛を通して補足説明をした。
「すると、竹森様は16年も学問を習い、阿部様は12年習ったということじゃな。さぞかし豊富な知識をお持ちのことじゃろう。
ところで、この時代に竹森様が来た経緯も同じようなものか」
「はい。来る時に『はらへった防止作戦の実施員に任命』という声を聞いており、同じ文言であったことにとても驚いております」
「では、阿部様。一昨日に『時代を超えて来た理由』について推測したことがあると申しておったが、その内容をここで述べてみよ」
甲三郎様はここが追い込み所という感じで迫った。
「阿部様が直接お話しになると、とても疲労するということでございますので、先ほどと同じく私が中継致します。
高石神社は四方を見下ろすことができる高台にあり、私は巫女の訓練の一環として境内から富士山の方角に向って発声することを習慣にしております。基本的に毎朝夜明け頃と毎夕日没頃にこの発声をしているのでございます。
発声について、なぜか阿部様はその方法にお詳しいようで、それについてだけはご指導を受け入れたところ、かなり遠くまで響くような声が楽に出せるようになったのでございます。
そして、ある朝のことでしたが、澄んだ発声が出来た時に丁度正面に見える金程の山頂から何か返ってくるような気配を感じたのでございます」
突然、声の調子が変わった。
「この富美は感が鋭い娘のようで、なぜか見えないものを感じ取ることができるようなのよ。
あの辺りは鶴見川の支流の麻生川があって、その源流地域なのよね。鶴見川というのは他とは違う独特な川なのよ。川の流域に沿って杉山神社とその支社・末社が点在しているのよ。同じ系列の神社で鶴見川流域全体を抑え込んでいるみたいなの。それで、一度、富美をたぶらかして、神社を抜け出してその何かの気配を辿って、金程の山へ登ってみたわ。万福寺から金程村に入って村落に行く道の途中から、西に向って山頂へ行く道を辿ったの。山頂に着くと、高石神社と同じようにやはり四方が見渡せる独立峰だったわ。
そこで詳しく調べると古い祠があったの。杉山神社の末社ではなかったけど、何か由緒ある感じだったわ。
それから、周りの地形を見たけど、平成の世では、どうやら金程一丁目の所で、住宅街に造成され、削られてしまったところだと判ったの」
話が上手く伝わらないもどかしさから、阿部は直接語ることにして富美の口を乗っ取ったのだ。
「それで、ここからが推測なのだけど、鶴見川には元々何か変なものがあって、これを抑え込む仕組みが設けられていたのではないかな、って。今は杉山神社の枝社・末社という形をとっているけど、実際には本来抑え込む装置・場所が随所にあって、それだと上手くお祭りできないからだとか、城や館を作るからと事情を知らない後世の人が上の社だけ場所を移したのじゃないかな。それで、昭和の郊外開発の流れで、金程村の山頂にあった目立たない祠が消えたことで、抑え込まれていた何かが目覚めて動き始めた、と思えるのよ。
ここで、2通りの解釈があるのだけど、抑え込まれていた何かの力が蘇って丁度金程にかかわった私や竹森に及んだのがその最初の説。
それから、蘇った力を再び抑え込むために、最初に祠を各地に置いた何かが目をつけた人を送り込んだ、というのが第二の説。
1980年代に祠が壊れてから、それに気づいて移転させるまで結構年数がかかっているけど、千年単位でみると大した誤差ではないわ。それが証拠に250年なんて中途半端なところに寄越すのだもの」
突っ込み所満載で、相変わらず要点を絞った説明になっていない。
何よりも、送り込まれる時に神?からきかされた言葉との関連が全くかすっていない。
「お~い、阿部。唯一の手掛かりの『はらへった防止作戦』が掠ってもいないぞ。要点をまとめて説明できんのか」
思わず義兵衛の口を借りて突っ込んでしまった。
「おや、それはコミュ障の竹森の口ぶりじゃないか。懐かしいなぁ。それで、飢饉で亡くなる人の中に後世で重要となる人がいて、その人の家系が途切れないように送り込まれたという仮説なのよぉ。ここで突っ込まないでよね」
話の腰を折ってしまったのか、富美・阿部はそれ以上口を開かなかった。
これ以上の突っ込みを躱すには黙るのが得策と思ったのだろう。
祠のある山については話からすると春の実家の持山に違いない。
ならば、ここを確保して開発されないよう神域にしてしまえば済む話だ。
「甲三郎様、阿部の言いたいことは『金程村の中の山にある祠が未来のある時点で壊され、その結果、近傍にいた者がなんらかの意図のもと、この時代の大飢饉の影響を小さくすべく送りこまれた』ということのようです。少しも理路整然としておらず、多分に直観的な話ゆえ、仮説の一つですが重視する必要はないと思います。
ただ、なんらかの行動で未来を変えることができる、ということは言えそうです」
甲三郎様は義兵衛の言葉を聞き、少し納得した顔で頷いた。
「では、ここいらで一旦お開きにしよう。百太郎は大義であった。義兵衛と富美はここに残れ。昼食後に相談がある」
甲三郎様は一体何を考えているのだろうか。
仮説が一笑に付されてますが、筆の至らなさでこうなってしまいました。
さて、いよいよ歴史ものの本番が続くところにさしかかります。異論が一杯出ることを覚悟しています。