甲三郎様からの呼び出し <C2177>
5月5日は端午の節句です。竹森貴広がこの世界に移転して87日目です。
実家で父に状況・境遇を説明し、次いで工房で対策をとる予定でしたが、ヒマにはさせてもらえないのです。
全般に一話が想定(2500語~3000語)より長くなり、一駅区間で読み終わらないということから、前話から短めで区切るように意識しています。よろしくご了解ください。
■安永7年(1778年)5月5日(太陽暦5月30日) 伊藤家 → お館
朝餉が終わると、いきなり父・百太郎が義兵衛に問いかけてきた。
「甲三郎様は、今回の木炭加工販売で得たお金でどんなことをしようと考えておられるのか。ワシには見えておらん。どういった見通しなのか、知っているなら教えてくれんか」
「この夏までで約2250両(=2億円強)の収入がありますが、うち650両は工房の活動費用です。これには原料の費用も含んでいます。残りの1600両ですが、甲三郎様は椿井家で800両、村で800両(=8000万円)という指針を示されています。
そのお金でお館とそれぞれの村名主の所に米蔵を建てる予定はありますが、それ以外はまだ決まっておりません。
今回、飢饉が来ると神託をした巫女の身柄を甲三郎様が確保しましたが、これをどう活かすのかでお金の使い方が変わると見ています。これからそういったことを決めていかれると思いますので、今の時点では良く判らなくなっています」
義兵衛は一昨日の巫女の顛末を簡単に説明した。
また、今までの依代が方便であることも正直に説明したことを伝えた。
「こういった事情があり、今後この村や周囲の村ではいろいろと変化は出てくるのでしょうが、秋口からの練炭販売が本命で、助太郎と試算してみましたが年末で約5万両(=50億円)収益があがりそうなのです。この金額はまだ甲三郎様には伝えておりません。多分、これっきりの収入ですが、この使い道のほうが重要です。もっとも、お殿様の猟官活動に大半が消える可能性もあるのですが」
百太郎は5万両という金額にたまげているようだ。
しばらく唸った後、口を開いた。
「そんなにもの大金になると、もうどうして良いかワシにはわからん。
ところで、甲三郎様に話したことで、お前の身を守るための方便をどういう扱いにするのか」
「そこはまだ聞いておりませんが、江戸の御奉行様の配下にした話と辻褄を合わせることになると思います。
つまり、この村に流布されている大飢饉の神託は、全て甲三郎様が身柄を押さえた元巫女様に由来する、ということではないかと考えます。
そして、私はこの神託を聞いて村人が飢えることがないよう知恵を絞った、もしくは巫女様から知恵を授かったという扱いになることを想定しています」
本当に甲三郎様がそう考えているとすると、富美・阿部はあまり外に出る機会は無くなるのだろう。
このあたりの設定は、江戸に戻る前にお殿様も含めた当事者できちんと意識・意見を合わせておく必要があるだろう。
父・百太郎との話が済んだら、工房の助太郎と昨日聞いた件の話をしたいと考え始めていた時、お館からの伝令がやってきた。
「細江義兵衛様、甲三郎様がお呼びです。一刻も早く戻られよ、とのことです。それから、名主さんも同じく急いで来るようにとのことです。内々の話なので、野良着のままで良いのでこのままお出でください」
多分、元巫女がからむ話に違いない。
「話の途中ですが、どうやら先ほどの話ではないかと思われます。急いでいきましょう」
義兵衛は父を従える格好で、伝令と一緒に足早にお館に向かう。
金程村の伊藤池からお館までは坂の上り下りはあるが、約半里で、駆け足なら8分の1刻(=15分)で着く。
お館の土間で足を洗い、座敷に上がると、爺と富美が座っていた。
義兵衛は爺に小さな声で「只今急ぎ戻りました」と報告した。
爺は至極真面目な顔で「早かったのぉ。これから甲三郎様の詮議じゃ。取り乱すことなくしっかりせいよ」とやはり小声で返答してきた。
座敷の真ん中には卓が置かれており、筆紙硯といった道具と湯呑が乗っている。
長丁場を予期したのか準備万端になっている。
しばらくすると、甲三郎様が座敷に入り皆がその場で平伏した。
「百太郎、折角の家族団欒の所ではあるが、一緒に考える必要があると思って呼び出した。
さて、義兵衛、久しぶりの村はどうじゃった」
気楽に声をかけてきているが、世間話の一環であろう。
だが、ここで言うべきことは言うしかない。
「大層賑やかでした。工房も一段と大きくなっており、先行きは明るいと感じています。
ただ、父は依代の方便が使えなくなったことで、私の身の安全を気にしております。この度、以前神託を口にした富美様を奉公人として抱えましたことで、外に対して、あからさまに言うと町奉行様に対しての方便をどうするのかを気にしております」
「うむ、今回至急戻ってもらったのも、そのことをまず片付ける必要があるからじゃ。
奉行所からもいつ呼び出しがあるやも知れぬ。そして富美にからんで、ややこしいこともあるので、一度江戸の兄・庚太郎にはここへ来てもらうことにする。明日の戻り便で文を送る予定なので、9日には返事をもらえるか、もしくは兄が直接来るじゃろう。それまでに、きちんとした見通しを立てておかねばならん。
勿論、兄がこちらに来るまでの間に、奉行所から詮議を受けた時の対応も含めておかねばならぬ」
甲三郎様の説明に、珍しく爺が意見を述べた。
「庚太郎様にわざわざ御出で頂くような恐れ多いことは如何かと思います。義兵衛と富美に言い含めて江戸へ向かわせるほうが良いと思いますが如何でございましょう」
「爺、富美の身柄をこの館で確保しておくことが重要なのじゃ。ワシの読みでは富美はお奉行様に対する切り札になるはずじゃ。そして江戸に行く時が来るとしたらお奉行様に身柄を譲るときでしかない。それまで大事に、大切に預かっておらねばならぬ」
やはり、そういう魂胆なのかと納得した。
富美はこれからこの館に軟禁される運命なのだ。
もっとも甲三郎様のことだから、飼い殺しではなく、知恵袋としてうんと活用する気なのは間違いない。
「富美、気づいておるとは思うが、義兵衛の言に従って椿井家は殖産で儲け、飢饉の前に米を蓄えて村人が飢えることがないように対策を進めておる。
そして義兵衛の口を通して神託を得ていたという恰好になっておったが、同じ神託を前にしておった者、つまり高石神社の巫女の言に従ったという事にするほうが何かと都合が良い。
それでこの際、いろいろと使っていた方便を整理しようとしているのじゃ」
「はい、判りました。阿部様もそれでよいと申しております」
どうやら昨日一日ゆっくりと静養したことで富美さんの気力も戻ってきて、また阿部も平静を取り戻したようだ。
そして、この至急の打ち合わせの趣旨は、出席者5人の間で共有されたのだった。
富美・阿部と父・百太郎が入り、まずは方便の整理からはじめます。
次話では、知られている内容の確認からとなります。
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