甲三郎様へ方便のことをさらけ出す <C2173>
一人部屋に残された義兵衛は甲三郎様に怯え、全部さらけ出すほうが良いと判断したのでした。
高石神社の巫女様からここの奉公人となった富美と、40両という大金を渡す神主を連れて、爺は部屋を出て行った。
一人部屋に残された義兵衛を見て、甲三郎はニヤッと笑った。
義兵衛は背筋が凍った。
そして、思わず額を畳に擦りつけた。
「あははは、それは何の真似じゃ。巫女様であった富美、いや取り付いておる阿部様から、知っている歴史とやらを聞くのではなく、こうなった事情をタンマリと異国言葉を交えて聞かせてもらった。それで、義兵衛が言っていた方便ということを、ワシなりに理解できたつもりじゃ。
阿部様の知識は、今回奉公人となったことで、おいおい話をしてもらうことができるようになった。なので、ご公儀のことやこの国の行く末を知ることについて今焦る必要はないと思うておる。神主がそれと認識しておらぬ高石神社の至宝を、たった40両で手に入れられたのは嬉しいことじゃ。この宝をどのように守っていくのか、その知識をどのように聞き出して活かしていくのかが、これからのワシの役目じゃ」
てっきりさっきの尋問、いや事情聴取で、この世界の歴史情報をゴリゴリと引き出したと思っていたが、どうやらそういうことでは無いらしい。
俺のことをコミュ障と言い放った阿部美紀のことだから、その身に起きたことを話せと言われたら、あの平成の女子大生言葉丸出しで、何の考えも無しにここぞとばかりに立て板に水の如く15年分の溜まりに溜まった不満を喋りまくったに違いない。
そう思えば、あのスッキリとした巫女様の様子は合点がいく。
ただ、いくら賢明な甲三郎様でも聞き取れないところも多かったと思うと、多少同情する気持ちもある。
しかし、そんな素振りを見せずに甲三郎様は、ニヤついた顔のまま話を続ける。
「さて、先に何事も方便と申しておったが、確かに方便を上手く使っておらねば、折角の竹森様も入り口のところで拒絶されて、阿部様のように何の成果・結果も出せぬまま封印されてしまった所であったわ。
まあ、それが幸いして誰も寄り付かんようになって、生き延びたという点もあるのじゃがな。
その点、竹森様は流石に知恵者よのう。いや、この点については義兵衛が落ち着いておったということかも知れん。
今回、阿部様がこちらに来てからまず何をしたかを、どのように世間に働きかけていったかを丹念に聞いてみたのよ。そうすると、最初の所で大飢饉の話を持ち出し、それが結局誰にも相手されずに、挙句に富美にまで見捨てられたという状況が見えてきた。
最初に練炭をこの屋敷にもってきた時に、ごく自然に口上を述べておった。その折に、今の阿部様のように考え無しに大飢饉の話をしては全部ぶち壊しになって、今のような流れにはなっておらなんだろうことは、よう判る。それゆえ、ワシらをたばかったことは不問としよう。
ただ、この方便を百太郎はどこまで知っておるのか。また、義兵衛の周りのものはどこまで知っておる」
里に戻ってから百太郎や助太郎とは碌に話もできていない。
依代設定で齟齬が出で、ここで父が咎を負うのは誠に不本意な話になる。
今までの甲三郎様のなさりようを見て、本当のことを全部話したほうが問題が少ないと判断した。
「様々な方便を用いましたこと、この義兵衛と竹森様と語らってのことでございます。伏してお詫び申し上げます。」
義兵衛は竹森貴広に関する憑依の経緯、依代の経緯を全部正直に話した。
そして、ことを始めるには信用がとても重要なこと、まず信用を得るための行動を方便を使ってしたこと、極論として信用とは額に汗して稼いだ銭であったこと、そして方便を駆使して努力した結果今の状況に至り、多くの人から言うことを信用されるようになった、という話をした。
「なので、最初に相談した父・百太郎は、監禁ではない方法で私の身を守るための方便として古くから家にある守り仏を依代にすることを示唆しただけでございます。そして、父は飢饉のことはできるだけ早く甲三郎様に言上するよう助言してくれておりましたが、これが遅れたのは私の判断です。なので、父に咎は一切なく、あるとすれば私にございます。
また、兄・孝太郎をはじめ助太郎など周りの者は、皆守り仏に思兼命様が憑依しているという方便のみを知っています」
「よし、どうやら本当のことを正直に話したようじゃな。阿部様の憑依の時の話ともよう符合しておる。
しかし、阿部様のあの話し方はどうにかならんかのう。あの口調では何を言っておるのか、なかなか理解できん。竹森様はその点解り易い言葉で理路整然とした話でよう理解できる。阿部様から話を聞き出す折には同席してくれんかのぉ」
「そのようなことで宜しいのでしょうか。分断したままにしておくのが、甲三郎様の手だと思っておりましたが。
口調の問題でしたら一時的に私を使うということではなく、むしろ、阿部の口調を富美さんに慣れてもらって、富美さんが甲三郎様へ話すというのがよい様に思います。経験から言うと阿部が直接に富美さんの体を乗っ取って口を借りるというのは、かなり精神力を使うので、長く話せないはずです。現に竹森様が私の口を直接借りて話すとかなり疲労するのです」
甲三郎様は義兵衛の提案に感心している。
「実は、阿部様が時代を超えてここへ来たことについて、こういうことではないか、という話を少ししてくれたのだ。しかし、肝心の中身が聞き取れん。とても重要なことのように思えるが、一言聞き返すと阿部様の言葉で100倍にも1000倍にもなって跳ね返ってくるのじゃ。しかも酷くクドく時代を行き来するのでより混乱するのだ。それで、それを判るようにひも解いて欲しい」
よほど難儀しているのだろう。
その時、丁度戻ってきた爺に、甲三郎様が尋ねた。
「どうじゃった」
この一言で爺は甲三郎様の聞きたいことが全部わかるのか、と驚いた。
「はい、神主様は小判40枚を目にするとホクホク顔で寄進を受け取り宴席へ戻られました。富美さんは宴席に戻らず、千代さんの案内で侍女部屋に行くと崩れ落ちるように倒れました。千代が侍女部屋で着替えさせてから布団を敷いて横にし、世話をしています。息は普通なので、単に疲れが溜まっていたような感じで、ぐっすり眠っているとのことで御座います。必要であれば今すぐ起して引っ張ってきますが、いかが致しましょう」
顔色ひとつ変えず、必要な時に必要なことをできるように万全の準備ができている爺の能力に、再度驚かされる。
主従の阿吽の呼吸というのはこういうことかと思った。
「いや、そこまでは必要ない。富美の疲れが取れたら義兵衛を交えて話がしたいので、そのように計らえ。ワシは宴席へ戻る。
そうだ、義兵衛。江戸に戻るのはしばらく延期じゃ。富美・阿部様からの聞き取りが優先じゃ」
甲三郎様が部屋を後にすると、爺は不在だった折の義兵衛の首尾を尋ねてきた。
俺は、方便を使った経緯を全て説明したこと、阿部の話が判りにくいため今後は同席してもらいたいと依頼されたことを話した。
「よう判った。この里におる間、富美を呼ばれる時は義兵衛も同席するということじゃな。江戸への戻り便の者を調整せねばならんな」
爺は納得してこれで事は終わったが、義兵衛と俺の間では、甲三郎様の語った『阿部美紀が述べたこの時代にこさせた理由』ということの中身が一体何か、ということについて頭の中で終わらない遣り取りをしていたのだった。
そして、その日は終わってしまった。
翌日は、金程村への里帰りの日である。
義兵衛に憑依した竹森貴広氏は、阿部美紀が推測した「なぜ金程にかかわる特定の時代の人間が過去へ送りこまれるのか」の答えを思ってモンモンとするのでした。
次回は、翌日の金程村への帰還です。
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