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「あべみき」天明を語る <C2171>

盛大に自爆してしまった義兵衛と、元凶の富美がどのようにさばかれていくのでしょうか。

 巫女様が天明年間の幕府政権・老中と将軍の代替わりに関する予言に慌てた俺は、それをさえぎろうとして爺に組み伏せられ、甲三郎様から不審の目を向けられてしまった。

 シンと静まりかえった部屋に、遠くの広間で行われている饗応の声が伝わってくる。

 良く考えれば、巫女様の言うことを遮る必要は何もなかったのだ。

 この言葉に慌てたことで、巫女様の言うことが正しいということと伏せねばならぬほど重要なことだと教えてしまったようなものなのだ。


「取り乱してしまい、申し訳ありませんでした。慌てたのには理由があります。少し巫女様と話をして宜しいでしょうか」


 甲三郎様は爺に向って小さく頷くと、爺は組み伏せた義兵衛を解き放ち正座させた。


「巫女様、『あべみき』様と直接話しをさせてください。

『あべみき』さん、もしかしてA高校24期卒ですか。そして同級生だった『竹森貴広』を覚えておりませんか。そして、日本史を野球部顧問の筬田おさだ先生から習っていませんでしたか」


 俺・義兵衛の言葉に巫女は激しく動揺し、もはや体を真っ直ぐに保つこともできないのが判る。


「確かに、高校の日本史の先生は筬田先生おさだーだし、竹森たけーという同級生もいた。なんか『たけー』はコミュ障風であんまり話も合わなかったヤツだったけど地頭がよかったのか結局C大に現役で合格して、卒業間際はドヤ顔していたがな。それで、何でお前はそのことを知っている」


 巫女様の声ではなく別の人の声調での答えだったので、多分俺の知る『阿部美紀』が巫女を乗っ取ったのだろう。

 俺は義兵衛の口を借りて話しを続けた。


「やはり阿部あべみか。俺はそのドヤ顔の『たけー』だ。持前の声を活かすといって音楽関係の大学・A学園に入ってから直ぐ、自宅から謎の失踪をし、現代の神隠しなどと言われて関係者は大騒ぎになっていたんだぞ。高校時代の元カレは失踪に何かかかわっているかも、ということで警察からも随分事情聴取されていたし、あべみと仲のよかったアミなんか何日も捜索に加わって覚えのある場所に出かけていた。両親も川和やあざみ野・溝の口の駅前でビラ配りなんかして随分と探していたんだぞ。

 そうか、この時代に来ていたのでは見つかるはずもないよな」


 これを聞いて、巫女が不意に大粒の涙を流し始めた。

 元の世界がどうなっていたのか、心配でしょうがなかったに違いない。

 俺はと言えば、ここで、甲三郎様への説明が必要なことに気付いた。

 ここは義兵衛が説明をする。


「甲三郎様、申し上げます。今のやり取りでお気付きかも判りませんが、台の上のこの仏様に憑依しているのは思兼命おもいかねのみこと様ではございません。思兼命様の名前を借りていますが、実際にはこの世の未来から来た『竹森貴広』という名前の人物です。言うことを真面目に聞いてもらうための方便として、神様の名前を借りてしまいました。

 こういった方便を用いねば、巫女様である富美の口を借りる『阿部美紀』と同様、私もたわけたことを言う人物として扱われた可能性があります。この方便があったからこそ、このように話を聞いて頂ける仕儀となっております」


 甲三郎様は義兵衛の言い分を聞いて考えている。


「ワシをたばかったな!と怒りたいところではあるが、そこの詮議は別としよう。

 神様からの神託を装うのも、それぞれの方便という訳か。それで、『竹森貴広』も『阿部美紀』も互いに知っている仲で、共に未来から来た者ということか」


 なぜか物分りの良い甲三郎様に驚かされることが多い。

 いつもことの本質を見極めようとする訓練ができているのかも知れない。


「はい、その通りです。ただ、こちらにやって来たのは意識だけで体はありません。そこで、何かに憑依して、そこから特定の人に話しかけるという風になっております」


「それで、具体的にどの程度の未来から来たのか」


「概ね240年先からにございます。ただ『阿部美紀』は俺より7年ほど前にやって来ています。誰がどう考え何をきっかけに未来から人をさらってこの世界に送り込んだのかは、さっぱり訳が判りません。しかし、俺の場合は『大飢饉があっても村人が餓死することがないようにする』という目的のためここに来たという意識です。その折『はらへった防止作戦の実施員に任命する』とだけ聞かされておりました。

 どういった基準で人選されたのかはさっぱり訳が判りませんが、大飢饉に備えて『阿部美紀』を選んでこの世に引っ張ってきたが、それでは乗り越えられそうにないため、ギリギリの時期になって俺が送り込まれたという風に考えてよいと思います」


 一応状況を踏まえ説明してはいるが、内容がグダグダになってきちんとした説明になっていないのは俺でも判る。


「それで、仮に義兵衛の言う通りとしよう。なぜに巫女様の言うことを止めようとした。天明年間に起きることを、知っていることを正直に述べて何が悪いのかがよう判らん」


 この時点になって見ると、それは俺もそう思う。

 ただ、将軍と老中の代替わりの件は伏せておいた方が良いと咄嗟に思ったのも確かなのだ。

 後付けでも良いから、ここでは理にかなった説明はできないものだろうか。

 ここは正直に説明し始めるしかないと腹をくくった。

 説明する内に、何かひらめくかも知れないのだ。


「浅間山が噴火すること、冷夏により不作が来ることについては、いわば天災なので避けようがございません。なのでことが起きた未来から見てこれを言うことに『ハズレ』はございません。しかし、老中の失脚・登用、将軍の代替わりは人為的なものでございます。そのため、これを事前に口に上せることで『ハズレ』となる恐れが充分にございます。もっとも、天子様の崩御による改元の件は先に述べておりますが、事故でない限り人の寿命も天災に近いものがあり、まあ『ハズレ』は少ないと思っています」


 予言の「アタリ」「ハズレ」を気にしてのことと言ってはみたものの説明不足は感じる。


「例えば、織田信長様が桶狭間で今川義元様の首級を挙げた件が事前に知られていた場合、これを避けることは容易であり、桶狭間の件が事前に語られることにより今川義元様が生き延び、結果としてその後の尾張の勢力は大きく変わることになります。そして、桶狭間に関する神託は『ハズレ』となり、それを言ったものは嘘の予言をしたという汚名だけが残る図式です。

 従い、人為的に起こる事象は判っていることとして述べるのは憚られるということでございます」


 もちろん、こんな簡単な話しでは納得できないだろう。

 甲三郎様は難しい顔でこちらを睨んでいる。


「俺が巫女様の話すことを止めようとしたのは、こういった背景がまずあります。

 そして、巫女様に知り合いである『阿部美紀』が憑いており、巫女様にまずいことがあると、俺の歴史の知識を補強できる唯一の可能性が葬り去られてしまうことを恐れたからです。もっと率直に言うと、元級友が危機に陥るのを咄嗟に避けようとしてしまったのでございます」


 これで納得頂けたとは思えない。

 しかし、一応外枠はこれで良いとして、問題は天明年間の出来事なのだ。


「では、人の行いによって違ってしまう可能性がある、ということも念頭の上、これから来る天明の世に何が起こるのか知っていることをこの場で話してみよ。まずは、巫女様からだ。義兵衛は邪魔立てせぬようにな」


 ここまで言われてはどうしようもない。

 巫女様の口を借りて『阿部美紀』は語り始めた。

 彼女の流していた涙はとうに治まっていた。

 口調もそれまでの巫女様のものと一変していた。

 これでは、神主様が聞き取れないのも無理はない。


「受験のため日本史を一通り習ったけど、高校でのことだから、あまり覚えてないのよね。こんなことなら学校で筬田先生おさだーの話しをちゃんと聞いて覚えておけばよかったわ。

 そう、天明の時代よね。確か、将軍家治様の側用人から老中に引き立てられた田沼意次様が天明6年に罷免され、また続けて翌月、後ろ盾になっていた将軍の家治様も亡くなられるのよね。この年は、江戸の町は長雨で大洪水に見舞われているのよ。飢饉はもう始まっていて、その上にこの混乱で色々なところで一揆やら打ち壊し・米騒動が頻発するの。もうグダグダという状態で、家斉様が新しい将軍になるの。そして、白河藩主の松平定信様が新しい老中となって、それまで幕府中枢に広がっていた田沼賄賂政治色を一掃し、将軍吉宗様の治世を理想とする緊縮政治を始めるのよ。ただ、この松平定信様の緊縮政治は結構不評で『白河の清きに魚も住みかねて もとの濁りの田沼恋ひしき』なんて狂歌が流行ったということもあるのよ。

 あと、この時期は丁度ロシアの船が色々と日本の周りに現れた時期でもあるので、内政はともかく、本当はこういった外国との関係をきちんと整理しておくべきだったのでしょうが、まあこれは後知恵よね。目の前の混乱・危機をなんとかするだけで幕府は精一杯だったというのは判っているのよ」


 巫女様ならぬ阿部美紀は、ここぞとばかりに女子大生口調で、歴史通ぶって語っているのだ。

 今までよほど語って聞かせる相手がいなかったに違いない。


富美の中に居る「阿部美紀」は「竹森貴広」と高校時代のクラスメイトの設定です。

さて、色々と天明時代に起きることを話した阿部ですが、この場面で甲三郎様が何を考えたかというと、が次回になります。

毎度のお願いになりますが、感想・コメント・アドバイスなどお寄せください。勿論、ブックマークや評価は大歓迎です。

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よろしくお願いします。


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[一言] シリアスな展開に輝く「はらへった防止」に意識を囚われてしまう。強い。
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