地鎮祭 <C2169>
8月19日に初のレビューを頂きました。自分には過分とも思える内容で、期待に応えられているのかと思うと、まだまだ努力が足りないと恥じ入る次第です。また、ブックマークもつい先ほど2000件に到達しました。嬉しいことが多すぎて夢のようです。読んで頂いている皆様に篤く御礼申し上げます。
さて小説のほうは、養子縁組ご挨拶の予定日でしたが既に終わっていることから、甲三郎様の思惑で地鎮祭の日の出来事となっています。
■安永7年(1778年)5月3日(太陽暦5月28日) 細山村・お館
お館の敷地内に新しい米蔵を建てるための地鎮祭の日である。
新しい米蔵は、間口3間(5.4m)で奥行4間(7.2m)の2階建てで、おおよそ200石(米500俵)を収容予定と聞いた。
工期は半年で、建てる費用は、1棟でおおよそ100両(=1000万円)もかける。
普通はもっと安く80両程度らしいが、急ぎということで人を集め、そのために弾んでいるそうだ。
もっとも自らが稼いだお金ではなく、萬屋の売上を使う手はずで、これが無ければとても新築には踏み切ることにはならなかったに違いない。
蔵の並びで建物がまだ立っていない平坦な敷地に四角く縄張りし、真ん中に土を盛りあげ、手前に白木で造った臨時の拝所を設けている。
縄張りしただけの場所だと結構小さいように見えるが、その横に並んでいる昔からの蔵より一回り大きいものが立つと聞いた。
大工の棟梁には、この近辺の村々の名主家で同様の米蔵を近々つくる予定があるので、資材をいくら準備しても余ることはない、と甲三郎様が自ら説明している。
どうやら、各村の名主の所へ順番に米蔵を作るヒナ型ということらしい。
棟梁にあれこれ気さくに説明する甲三郎様を見ると、お武家様というよりどこかの村の名主という雰囲気に近い。
滅多にない儀式に、屋敷の一同が回りを取り囲み、地面に筵を引いて座り込みソワソワしながら様子を見ている。
やがて、高石神社の神主と巫女2名、それに音曲を奏する楽師が3名、爺の案内で米蔵の予定地に登場した。
この地域としては銀100匁とかなりの寄進をし、普通に行う祝詞だけでなく、その後に巫女舞することを所望したとのことだ。
確かに、目的とする巫女を不審がらせずに出張らせてくるための仕掛けとしては充分であり、神事の後の接待も抜かりなく準備している。
型通りの祝詞が終わり、禰宜(神社の神主)が白紙を折った紙垂をつけた御幣を左右に振ってその場を清める。
施主である甲三郎様が蔵の建つ土へお神酒を振りまき、大工の棟梁が塩を振る。
そして、合わせると3間四方にもなる白木の大板を縄張り前の拝所の後ろに敷くと、いよいよ巫女舞の始まりである。
屋外での里神楽ではあるものの、笛・和琴・篳篥と3名が神楽歌を奏でる本格的なものが準備されている。
さすがに大枚を寄進しただけの効果はあったようだ。
本来なら神楽殿で行われるべきものだが、ここではこの白木の板を神楽殿の床に見立てるという話になっている。
二人の巫女は、純白の小袖に緋袴を着け、上から千早と呼ばれる薄絹の衣を被っている。
頭には花簪を付け、右手には稲穂をかたどった神楽鈴を持ち、そこから垂れる五色の布の端を左手で押さえている。
草履を脱いで白足袋となって白板に上がると、二人の巫女は拝所の注連縄に向かって並んで立った。
笛の音が高く響くと、巫女は左右に別れその場を清めるかのように細かく鈴を振りながら広くふわっと板全体を周り、そして真ん中で向き合うと「リン・シャン」と一際高く神楽鈴を鳴らし静止した。
ピンと張りつめた空気の中、今度は篳篥の音に合わせ和琴が掻き鳴らされると、二人の巫女はそれに合わせて舞い始める。
神主は低い声で神楽歌を唱えるように謡っているが、良くは聞こえてこない。
和琴を弾く楽師も相の手を入れるようにやはり低い声で神主に合わせて何か唱えるように謡っている。
ひとしきり舞って二人の巫女の白足袋が揃って「トンッ」と音を立てて揃い一息の静寂が広がると、今度は曲のテンポが倍ほどに早くなり、激しい巫女の舞が始まった。
ブワッと広がったかと思うとくるくるとその場で回ったりしている。
見ている皆も手に汗をかいている。
そして、笛が一際高く鳴り響くと、二人の巫女は最初のように拝所の注連縄に向かって並んで立ち、神楽鈴を「リン・シャン」と鳴らして頭を下げ深く一礼をした。
神楽の終わりである。
皆手を叩いて喜んでいる。
一同は、その場に敷いた筵の所へ酒や肴を持ち込み、即席の宴会を始めている。
そして、神主一同6名はこの後屋敷の中に入ってお館からのもてなしを受ける。
爺と義兵衛は館の中の別室に入り、聞き取りのために甲三郎様が連れてくる人を待つ。
しばらくすると、神主だけを連れて甲三郎様が入ってきて着座した。
「本日は、我が館の新しい蔵の地鎮祭をして頂き、誠にご苦労であった。
さて、率直に申す。高石神社で7~8年前に大飢饉が来るという神託を巫女が何度も述べたことにつき、お聞きしたい。
例祭で神託を下された巫女は、本日来られておりますか」
「はい、本日神楽を舞った右側の老けた方の巫女でございます。巫女と申しましても既に25歳となっており、第一線で舞うのはそろそろ恥ずかしい歳でございますが、なにせ零細な神社で領主の加賀美様の庇護でやっと回している状態です。新人の巫女などを入れたくても、とてもとてもという在り様です。由緒ある神社とは言え、地元だけが相手だといろいろと厳しいのですよ。今日のように、こういった景気の良い施主様が増えると楽になるのですが。
お礼を申し上げるのが遅れましたが、本日は、高石神社にお声掛け頂き、また過分のご寄進を頂き誠にありがとうございます」
お館で出される質の良いお神酒と、気前良く振舞う甲三郎様にすっかり気が緩んでいる。
「それで、神託を述べた後に巫女と何やら話をしておると聞いておるが、どのような話をしておったのか教えて頂きたい」
「それは、またなぜにそのようなことをお尋ねするのでしょうか。神事故、普通は明かせぬことではありますが、事情によってはお話しできぬこともないですよ」
「実は隣の金程村に、つい最近似たような神託を聞いた村人がおり、中身が似通っておるゆえ気になって仕方がないのじゃ。
そこで、丁度良い機会なので、同じ内容か照らし合わせをしたいと考えたのだ。話が飢饉ということなので、領主代理として軽はずみな扱いはできぬ。今回、米蔵を新しく建てるのもその対策のつもりでおる。それなりの費用をかけて取り組むことになるので、より確実を期すために、どのような些細な話でも構わぬので情報を集めておるのじゃ。寄進を更にはずむ故、お話下さらぬか」
甲三郎様の説明に納得したのか、神主様は話し始めた。
「その巫女の話を聞いた者が、神託を聞いたと言上されたのではありませんか。まあ、神託を下した直後の巫女は、いささか常軌を逸脱した訳の判らぬ言葉を発しておったので、それを諌めたというのが実情というところです。ずっと未来の『平成』の世から来た・そこで得た知識だ、と富美が言ったのは明確だったので覚えておるが、それ以外は何と言っているのか本当によう判らんかった。
ともかく、今日披露した神楽舞の後ろ側、音曲が早く舞も激しくなった所が神託を得るための舞で、これを皆の見ている前で何度も繰り返し踊るのが常じゃったが、神託を宜った巫女の富美が『力が無くなって押さえ込むことができずに、あの者が体を支配して言葉を語るようになる』と申して居ったので、それ以降は神楽舞の後半の舞いの所は1回だけに制限するようにしました。それ以降、飢饉の神託を述べるようなことはなくなったのじゃ。
どうせこの後、その巫女の富美にも話を聞くのであろう。『あの者』について、普段は決して話さぬように諌めておりますが、ワシが話すことを許したと説明くだされば良い。『あべみきのこと』と仰れば、話しても良いと判るはずです。しかし、富美の言うことがどれだけ聞き取れるかがいささか心配ではありますな」
いささか酔って口が軽くなった神主様の話であったが『平成の世から来た』という言葉と『あべみき』という名前に俺はギクリとした。
義兵衛もこれに反応し、富美という巫女が義兵衛と同じ立場にあることに気付いたようだ。
義兵衛は訴えた。
「甲三郎様、その巫女と是非直接に話をしとうございます」
※米蔵の大きさについて、間違えておりましたので訂正しています。ご承知ください。
ここから歴史ではなくファンタジー色の話しが数話続きます。
次回は巫女からの説明となります。
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