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大飢饉の噂 <C2168>

皆様からのご支援を頂き「HJネット小説大賞」の一次選考を通過できました。励ましやご指導など、初心者であるきただへ頂いた助言の賜物と大変感謝しています。ありがとうございました。通過303作品のうち、歴史ジャンルの作品が10件近くあるというのは、嬉しいですが、自分より凄い作品がエントリされているので、この分では二次選考は厳しいでしょうね。

さて、今回のお話は細山村へ戻って2日目です。

■安永7年(1778年)5月2日(太陽暦5月27日) 細山村・お館


 細江家の実家で朝餉を頂きながら、本日の予定を爺に確認する。


「本日は江戸での状況報告だとせがれの紳一郎は言ってきておったが、それはもう昨夕済ませている。なので、夕刻にお館での宴だけが残っておる。

 しかし実は、金程村より名主・伊藤百太郎がお館にもう来ており、養子縁組の御礼言上と気の早いことを申しておる。なので、このあと直ぐ奥座敷で父と対面致せ。途中でワシも参るで、その折に改めて挨拶致そう。そのまま、甲三郎様にご挨拶すれば、養子縁組の件は終わりじゃ。もともと、お殿様・甲三郎様から言い出したこと故、多少順は違うが何も問題はあるまい」


 誠に気の早い父・百太郎である。

 義兵衛は奥座敷に向うと、久し振りに父・百太郎と相対することとなった。

 座敷に入ると、百太郎が下座で平伏している。


「それは、何の真似ですか。流石に変ですよ。上座になんか座れませんよ。せめて横向き同士にしてください」


「そりゃ確かにそうだ。だが、一応立場というのがあろう。世間というのは中身ではなかなか見てくれんものだ。使い分けが肝心だ。

 ところで、江戸では大活躍だったそうではないか。お前のこともそうだが、助太郎も随分の出世と評判になっておる。村人には正確な金額は伝えぬことになっておるが、かなりの売り上げになっているという景気の良い噂が流れている。そして、甲三郎様からも頻繁に呼び出しがある。もっとも本人はこういった扱いや噂を煩わしいものとして嫌っておるがな。

 ところで、このたびの活躍で、お殿様に召し抱えられ、また細江様のご養子となったことは誠に目出度いことだ。

 伊藤家も元をただせば北条家の家臣で武家の出自だ。長く仕官を求めていたと解釈することもできる。帯刀を許されたということで、家に伝えられ隠し持っておった脇差をお前に授けよう。由来などは伝わっておらぬが、使ってくれたならば先祖も喜ぶことであろう」


 その後は、兄・孝太郎に預けた薩摩芋・赤唐辛子などの状況、新しい農器具の具合などを尋ねていく。

 やがて、細江泰兵衛様が奥座敷に入り、百太郎・義兵衛は平伏する。

 これが養子縁組の挨拶の始まりである。


「この度は、伊藤百太郎が次男・義兵衛を細江家の養子とする件、お殿様のお許しが出た故、ここに迎え入れたいと存ずる」


「当家次男・義兵衛につき、細江家の養子として頂けること、誠にありがとうございます。まだ未熟者ではございますが、細江家の御役に立つよう幾久しくよろしくお願い申し上げます」


 双方の深々としたお辞儀で一応儀礼は終わった。


「さて、『飢饉の噂』という件で、甲三郎様がお呼びじゃ。このままお屋敷へ参るので、一緒について参れ」


 昨日の報告で、村にある『飢饉の神託』に対応するため一生懸命になっていることを町奉行同心の戸塚様に知られてしまったと話したが、特に反応が無く、それは別途という話で終わった。

 実は、この件についての対応をきちんと相談する必要があるための帰郷という面もあると認識していたので、その時に反応がないため肩透かしをくらった感があったのだ。

 細江家の所から甲三郎様のお屋敷までは渡り廊下で繋がっている。

 昨日報告を行った部屋で待っていると、甲三郎様が入ってきた。

 そして『飢饉の噂』について話し始めた。


「昨日飢饉の噂について報告を受けたが、先行する噂の件につき、この一月の間こちらでも色々調べて回った。

 噂の出所は、高石神社の巫女で、明和5年(1768年)の例祭の折、神懸りの風でこれから起こる飢饉のことと浅間山の噴火のことを口走ったそうな。

 ただその時は、10年程前に陸奥むつ国で宝暦4年から足掛け4年に及ぶ飢饉があったので、それを踏まえた妄想ではないかと申すものもおって、大事にはならんかった。しかし、その翌年も、翌々年も例祭の終わりに同じような神懸りの風となり、祭りで集まった皆の衆の前ではっきりと大飢饉と噴火が来ることを語ったそうじゃ。たわいもない話かも知れんが、神事の席で3回も繰り返されるとそれはそれで何事かあるに違いないとまり、それで、皆の間の根強い噂となったのじゃ」


 もし、飢饉を防がんと何者かが手を打ったとすると、丁度10年前に一回試しに誰かを送り込んだのかもしれない。

 そいつが、何の権威もないまま行動を起こそうとしたが、具体的には何もできなかった。

 そこで俺が送り込まれたという仮説が考えられる。

 しかし、そのような神託があれば、周りはもっと変に騒ぐのではないのかな。

 その巫女はどうなったのだろう。

 甲三郎様の話は続く。


「神主は神託を語った例祭が終わった後、その巫女にただしたそうじゃが、何か要領を得ん言葉を延々と語るため、訳が判らんことが起きたと思うたそうじゃ。ただ、例祭の時以外は、普通に巫女としての役割を果たしており、この件では特に咎めはせんかったそうじゃ。ただ、流石に3度目の語りの後では、世迷い言を語ってはならぬことを説いて、それ以降飢饉のことは口にせんようになったそうじゃ。

 ただ、その要領を得ん話の中身を神主に聞いて見た。すると驚くことに『天明の大飢饉』という言葉を聞き取っておった。そちの申す思兼命おもいかねのみこと様と同じ時期を示す元号を冠した飢饉のことであろう。また、浅間山の噴火という話も符合しておる。これはただ事ではあるまいと思うたが、高石村は、旗本の加賀美かがみ殿の所領故、ことを荒立てては元も子もないということで、その巫女の息災だけ確認してきておる」


 すると、その巫女に直接糺すこともできるということかと思うと、急に胸の動悸が早くなるのを感じた。


「もっとも、直ぐ南隣の村ゆえ、細山の神事にかこつけて巫女ともどもこの屋敷に呼ぶことは造作もあるまい。そこで、ほれ飢饉対策としてこの館に新たに米蔵を作るための地鎮祭を執り行うためという口実を考えた。これなら不自然ではなかろうし、神事の後の席で飢饉の話が出ても不思議ではあるまい。なにより、要領を得ん話もひょっとしたら思兼命様の見えるところであれば、実は意味が解るやも知れんと思うて、義兵衛が来るまで待っておった次第じゃ」


「お尋ね申し上げます。その巫女というのは、どのような素性の者でしょうか」


「高石村の自作農家の三女で、小さい頃より神社で巫女として修行しておったものと聞いた。名は『富美』、歳は25であったかのう。毎朝日の出頃に警蹕けいひつにも似た大きな女性の声が高石村より響いておるのを知らんか。あの声の主じゃ」


 そういえば、村に居る時毎朝どこか遠くから女性の声が響いていたのを不意に思い出した。

 毎朝のことであったので、あまりにも当たり前で全然気にかけていなかったが、よくよく考えれば気にしなかったこと自体不思議なことだ。


「それで、予定の変更じゃ。明日は特に何もなかろう。そこで、地鎮祭と称して神主と巫女を呼んでおる。なので、そこで巫女と憑代を密かに合わせてみようぞ。明後日は金程村と工房を挙げて祝宴となっておるが、その時の具合によっては、義兵衛はちょっと顔だけ見せて戻ってきてもらう。百太郎、それで良いな」


 どうやら、明日の次第によっては江戸へ行く日がどうなるか判らないということは理解できた。


「さて、これで後は明日次第じゃ。どうせなるようにしかならん。ここからは館での歓迎会じゃ。爺、助太郎にも出てくるよう申しておろう。百太郎、白井与忽右衛門も呼んでおる。このままここへ残り歓迎会に参加せよ。ただ宴会では今の話は伏せるのじゃぞ」


 この部屋での話はここまでとなり、あとは広間での歓迎会と称する宴会となった。

 義兵衛は久々に助太郎と会ったのだが、衆人監視に等しい中では細かいやり取りができない。


『これなら、手紙でやり取りしていたほうがよほど意思疎通できていたぞ』


 そして、お館の中でお武家様中心の歓迎会とは名ばかりの宴会が開かれたのである。

 勿論、木炭加工で得られた膨大な利益が宴席の主役で、新参者の義兵衛と助太郎は御酌要員なのであったことは言うまでもない。


別の時にといわれた飢饉の噂について、実は着実に手を打っていた甲三郎様なのです。

次回は翌日の地鎮祭の様子です。

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