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甲三郎さんへの報告と細江家入り <C2167>

登戸村から細山村入りします。

■安永7年(1778年)5月1日(太陽暦5月26日)午後 登戸村 → 細山村・お館


 登戸村から枡形山と生田の間に流れる五反田川に沿って延びている津久井往環道を辿り山間に入っていく。

 左右から山が迫る隘地を過ぎると川幅が若干広がり,川の南北に広がる緩やかな斜面やさらに山間に向かう谷戸に沿って水田が広がる。

 前回江戸に向かった時には、まだ水も張っていなかった水田は、1ヶ月見ない内に畔がきちんと直され、一面稲を植え終わっており、風に吹かれると、まだそんなに丈もない稲の若葉がサワサワと波のように揺れている。

 五反田村を過ぎて高石村の手前の大作村で右側に折れ、段々に作られた水田の間を辿って登っていくと細山村の集落に入る。

 3月にはいやと言う程通った、いい加減通い慣れた道だ。

 もっとも、工房で輸送を担当する面々は、もううんざりする位通っているには違いない。


 細山村・金程村に向かう道に入ってすぐ、細山村の境界に明神社しんめいしゃという神社がある。

 この神社の本殿は大鳥居から石段を下った所にあり、普通の神社と位置関係が大きく違うことから、逆さ大門という呼び名をつけれている。

 ここにさしかかった時、ワラワラと見知った顔の面々が3人現れ、義兵衛を取り囲んだ。

 どいつも細山村の現・寺子屋組の子供達だ。


「おやおや、みんな久しぶりだな。ところで、今日は工房はお休みなのかい」


「義兵衛様、このたびは江戸で大活躍ということを聞いております。寺子屋の塾長が今朝ほど『今日の昼過ぎにでもあの義兵衛様が細山村へお戻りになるやも知れない』と仰るので、こうして待っておりました。いつもは寺子屋が終わると、午前の登戸村から戻ってくる輸送方をここで待ち、担いだ荷をここで分担して揃って工房へ向かうのですが、今回は持って帰る木炭が目一杯でないことや、ここで義兵衛様をお待ちし到着を細山村・金程村・工房に先触れしたほうが良い、と助太郎様が仰ったので、3人だけ残ってその指示に従っております。では、先触れのお役目ということなので、一足先に参ります」


 代表であろう男児は一人前にこう口上を述べると、自分が案内役となり、あとの2人を先触れとして村の方向へ走らせた。

 義兵衛は、案内役として残った一人を相手に不在時の工房や村の様子を尋ねた。


「義兵衛様と助太郎様がお武家様になられてから、工房の雰囲気が一気に変わりましたよ。

 それまでは、甲三郎様の後押しがあるにせよ、金程村の殖産事業という感じでした。割りと最初から入り込んでいた細山村のきこり組は違いますが、他の村から来ている人は『お殿様のお声掛りだから、ちょっとお手伝いをするだけ』という気持ちが混ざっているように思っていました。

 それが、助太郎様がお殿様の命で士分扱いとなったことから『工房は椿井家の事業となった。皆はお殿様の工房の奉公人である』と宣言しました。こういったこともあって、工房に働きに行くということが、それぞれの村の中で何よりも名誉なこと、となったのです。

 もっとも、それぞれの村の名主さんが、工房に働きに行く子達とその親を集めて『工房で働くことの訓戒』って言うのですか、いや、工房で働くことの大切さ・村にとっての重要性を説いた、ということもありましたがね」


 どうやら、甲三郎さんが名主を集めて意見を聞いたことが効いてきているようだ。

 それぞれの村の名主さんが、この殖産にはかなり大きな儲けがかかっているということが判っての動きかも知れないが、お金の配分で有利になるようにするということを子供に直接話す訳にも行かないこともあり、流石にそこだけは控えたのだろう。

 すると、名誉なことだという話だけが残る。


「そして、生産目標もグンと引き上げられ、今では小炭団が日産3万個です。それに合わせて、生産する列や手順もかなり効率化されました。その結果、大体3万2千個位は生産できるようになりました。それだからかも知れませんが、一昨日全員に4月の目標達成のご褒美が出されました。また、各村の名主の所へ奉公人の人数に応じた米俵を渡しています。

 頑張れば頑張るだけ、直ぐに見える成果を貰えるということで、皆大張り切りです」


 どうやら事業が上げ潮時ということも働いて、不平不満を覚える暇もなく皆心を合わせて働いている様子が伝わってくる。

 このような話を聞くうちに、細山村のお館の門が見える場所まで来ると、大勢の人達が大きな声で口々に義兵衛を呼ぶ声が聞こえた。

 見ると、お館の門は大きく開かれ、老若男女を問わず30人ほどだろうか、門の左右に広がって立って手を振っている。

 義兵衛は大変恥ずかしい思いをしながら、それでも出迎えで出てきた人達に度々会釈をしながら門の前まできた。

 門の前・正面には、お館の爺・細江泰兵衛、つまり養祖父が待っており、義兵衛が深く礼をすると爺は軽く頷き、皆に挨拶するよう促した。


「やっと無事この里に戻ってくることができました。江戸で得た成果は、この里の皆様の支援あってのものです。ありがとうございました」


 感謝の言葉を述べると自然に涙が溢れてきて、それ以上言葉が出ない。

 爺はそんな義兵衛を門から中へ入れ、甲三郎様の待つ部屋へ先導していった。

 養祖父となる爺と一緒に部屋で待っていると、甲三郎様が入ってきた。

 義兵衛は平伏した。


「義兵衛、顔を上げよ。誠に久しいのぉ。江戸での販売支援、ご苦労なことであった。

 多分、江戸の細江紳一郎からここでの予定を細かく言われておろうが、状況をいち早く聞きたくてな。里の流儀でやらせてもらうことにした。よいな」


「はい。まずは椿井家家臣としての初仕事である江戸屋敷から託された文類をお渡しします」


「それは、まず爺に渡してくれ。全部がワシ宛ではない。選り分けは爺の仕事じゃ。江戸在住の家臣からの文やら、ここの領地の農家宛の文など託されておることも多い。どうせ江戸と里の間で人の足に頼って通信するのじゃ。そこに文や軽い荷を便乗させて、江戸屋敷と里の間のやりとりの所をうちで請け負うことで、細かく銭を稼いでおる。義兵衛ほど巧みではないが、何かの足しにはなっておる。

 で、今江戸はどのような状況じゃ」


 義兵衛は、萬屋が今取り組んでいる卓上焜炉の許認可制度の大雑把な仕組みと、どこまでできているか、特に仕出し膳を作る料亭を集めて座を作っているというくだりを説明した。

 そして、『料理番付』と『献立競い』の内容を話した。


「それは面白い試みじゃなぁ。勧進元ということで行司の一人となった萬屋千次郎は、色々な料亭の最新の仕出し膳がいつも半額で味わえるのか。どこかにこのワシを入れることはできんかのう。北町奉行所同心の戸塚様が『行司の一人に加えろ』と御奉行様が言うに違いない、と言ったのも無理はない。

 それにしても、卓上焜炉でそのような騒ぎになっておるとはのう。仕掛けたのは義兵衛であろう。ここまで仕組んだら、小炭団の未来は安泰ではないのか。確か、この夏限りの儲け話、と言っておったが、まだまだ行けるのではないかな」


 そう思いたいが『木炭を同じ大きさに切るだけで同じ程度のものができる』と気づくまでが勝負なのだ。

 金程村に1個6文支払っているものが2文で作れるということであれば、そちらに鞍替えするのは当然だろう。

 そして、燃焼時間も厚さで決まるということになると、金程村の小炭団は一気に廃れる。

 かろうじて残る可能性があるのは、ゆっくりと長時間燃える炭団に違いない。


「いいえ、安価な同等品に気づいていないためで、早晩類似品を扱う木炭問屋が出ます。しかし、萬屋へ150万個納める約束で、すでに100万個納めており、あと50万個は受け取ってくれます。その後は、もう無いでしょうね。しかし、これで金2250両分になりますので、工房の取り分を除いても1600両は使える分です。当面、これで飢饉対策をするのが妥当と思っています。

 不足するなら、秋口の七輪・練炭に頼るしかありません」


「今回の江戸での状況は判った。飢饉対策の1600両のうち半分は椿井家で使い、残りの半分はそれぞれの村に分配するという方針で検討を進めてもらいたい。

 この里での予定は追って知らせるが、ここと村で行われる歓迎会・宴会は概ね知らされておる予定通りじゃ」


 一番問題である『飢饉の噂』については、一応話を聞いてもらえたが『それは別途じゃ』で終わってしまった。

 そして報告が終わり、養祖父・細江泰兵衛に連れられて館の敷地内に建てられた細江家に向う。

 細江家に入り、改めて家族・婆様と奥様の二人に挨拶を済ませた。


「お殿様の声掛けでなし崩しでこうなっているが、養子縁組にどこからも特段の異論や反対はない様なので、もうここで新しい家族での団欒と致そう。それから、義兵衛、お前は自分を示すとき『僕』と言う癖があるようだが、曲りなりにも武士だ。これからは『私』を使うように致せ」


 その後、一緒に夕餉を摂りながら、椿井家のことや細江家のことを色々と聞いて過ごしたのだった。


「僕」という一人称を今更変更できないことから、強引にここに折込みました。

次話は、養子縁組の挨拶・飢饉の噂・お館の宴会という帰省2日目の風景です。

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